第16話 功徳、陰徳、悪徳。それが章の財源です
ここは章の
「あっ、でも腹八分目って八割ってことだから真ん中の中道じゃないんじゃない?」
「あ~~、確かにそうかも!!」
日天の店内でおにぎりを4つ持って京子と雪宮は会計へ向かう。何となく雪宮の容姿が同年代に見えるためか、京子は徐々に雪宮と敬語で話す回数が減っていた。
雪宮もまた京子の口調にあわせるようにくだけた口調になってゆく。4つのおにぎりはすべて京子が持っている。そのため落とさないように若干腕と胸の間に挟み込むように運んでゆく。雪宮と半分ずつおにぎり運べばそんな手間は不要のはずだがそうしていたのは――、
「いらっしゃいませ~~!!」
「あっ、そっか! この姿じゃ ”
そう言うと雪宮の身体は再び煙に包まれ、その姿は先ほどまでの人間型に戻っていく。先ほどまでの楽しい会話は人と鶴の楽しい会話であった。よく見る会計のレジのような場所には店員らしき男性の姿があった。店員はスーパーのようにおにぎりを4つ反対側へ通してゆく。
「合計で400徳ですね」
「あっ、じゃあ1000徳でお願いします」
「はい、1000徳頂戴いたしますね」
ここまではよく見る光景というところではあるが、奇妙なのはその発している用語である。
(と……徳って。何??)
京子が不思議そうに会計の様子を見ていると、雪宮が京子の方を振り返った。
「今日は私がご馳走しますね、というか、日下さんは次の配徳日までは徳がないと思うのでそれまでは私がご馳走しますよ」
「あ、ありがとうございます」
(……じゃなくって……徳って何? 配徳日って何?)
「では、お釣りの600徳です、ありがとうございました~~」
「はい、ありがとうございます~~」
京子がもんもんと考えている間に会計が済んだようで店員の男性は雪宮にお釣りらしきものを渡していた。先ほど手渡していた1000徳というのが紙、今貰っているお釣りが硬貨のように見える。
使用している単位は円でもなければ、江戸時代に使用していた両でもなく不明ではあるが通貨としての役割があるようである。しかし、さらに驚くべきことはその支払って紙の行方である。
「えっ!? あっ、か……紙が!!」
なんと先ほどまで会計のトレーに置いていたその1000徳とかいう紙はもくもくと煙が生じ、煙と共にたちまち消え去ってしまったのである。
「あ、ああ……お金が。消えた……」
が、目の前の現象に
「あ、すみません。この人は章に来たばかりなので~~」
「あぁ、そうでしたか…それはそれは。では、またのご利用お待ちしております」
「はいっ、ありがとうございました~~」
雪宮は店員と会話を交わすと、驚きて硬直している京子の手を引いて店内を後にした。
♦ ♦ ♦
「あの。雪宮さん。……さっきの徳って言って渡してた紙って何ですか?」
「何って……そのまんま徳だけど」
期待するような回答は帰ってこなかった。
「いや、だから徳って何ってことです。……通貨の単位ですか? 日本円みたいな?」
京子の問いに対して雪宮は少し沈黙し、口を開いた。
「う~~ん、何だろうな……私ももうこれが当たり前の暮らしが長いからうまく説明は出来ないけど……つまりは、お金というよりかはその行為に対しての対価っていう感じなのかな」
「対価??」
「そうです。要するにこの梅のおにぎり。梅のおにぎりを作るのにはお米が必要。その梅とおにぎりを使っておいしいおにぎりを作ってくれる方が必要。そうした行為に対しての対価がこの徳というものなんだよ」
雪宮はそう言ってニヤリと笑って先ほど会計で支払ったのと同じような紙幣を1枚人差し指と中指の間に挟んで顔の前でひらひらと羽ばたかせる。
「へぇ~~、何か面白いのう……その考え」
雪宮の説明は現から来た京子にとっては新鮮に感じられた。
「ふふっ、でもお金だって本来はそう言うものなんじゃない?」
「……え?」
「誰かの行為や善意や頑張りに対して支払われるのがお金。お金っていうのは何にでも変えられちゃうからついついお金を使う側の方が偉いんだって勘違いしちゃってるのが今の現だけど……ここ章は違うんだよ」
雪宮は優しい顔で京子に説明した。
お金という決まりは本来物々交換の手間を省くための手段であったはずである。社会において『まぐろ』が欲しい場合にその『まぐろ』を手にする交換条件が『さつまいも』だったとする。
するとまずはこの『さつまいも』を入手する必要がある。その『さつまいも』の交換条件が『米』だったとする。
するとさらに『まぐろ』を手にするためにまず先に『米』を入手する必要がある。さらにその『米』の入手には『茄子』、『茄子』の入手には『みかん』が必要であるとなれば、最終的には『みかん』、『茄子』、『米』、『さつまいも』を入手し、最後にようやく目的の『まぐろ』を手に入れることが出来るという訳の分からない動作をしなければならない。ひいては『まぐろ』が持続的に欲しい場合にはみかん農園を開園せねばならないことになるかもしれない。
こうした手間の内容に作り上げた仕組みがお金なのであってお金はこの行為の一連の代替え品にすぎない。
本来であれば雪宮の言う通り、買い手と売り手の立場は太古の物々交換の時代と同じく対等であらねばならない。そうした考えやお金の本質を太古の昔に忘れて来た現ではお金の価値が膨張し、しまいにはお客様は神様です、などという本質を理解しないとんちんかんな考えまでが蔓延り、横柄な振舞いがとかく目立つのが現なのである。
「そっか…お金…じゃない、さっきの徳って言うのは対価なんですね」
「そう、少しは分かってくれたかな?? 」
「あっ、でもちょっと待って!! あの雪宮さんが払った1000徳……あれ消えちゃったけど、あれは良かったの!? お釣りも雪宮さんに渡しちゃってたから結局お店は600徳減っちゃっただけなんじゃ…? 」
そう。確かに先ほどのやりとりでは店は1000徳が消えて、600徳を雪宮に渡しているから店側がただただ600徳分を失ったように思える。
「ふふふっ、そこがここ章での徳の意味。あの時の400徳はあの方の徳になったんですよ」
「と……得になる?? 損したのに?? 」
いまだに理解が出来ない。京子から見ればただただ店側が損を被ったようにしか見えない。
「いや、たぶんその考えてる得じゃないよ……。ここ章は現と同じように社会活動があるんだけど、ここと現の違いは徳を積むことであってお金を稼ぐことじゃないのよね」
「……徳を積む?? 」
「そう。簡単に言うと他のために頑張るってことかな。商品を必要な者に与える。街灯や水道を整備する。もちろん私や日下さんのように省で現のために働いたりね。そうやって章のみんなは誰かのために頑張って徳を積んでいくと中品から上品とどんどんとランクがあがって章土への道が近づいていくわけです!! 」
中品、上品。それはここ章のランク。中品中生になった者は念を使って相手と意思疎通ができるという九品のランクである。
「なるほど、つまり徳を積んでいくと中品から上品にランクが上がっていくと。……あれ?? ……でも、あたしの今のランクってたしか中品下生。もしかしてあたしって現であんまり徳を積めなかった!? そんなぁ……一応お寺でお賽銭とか入れたことあるのになぁ……100円とかだけど…」
雪宮の徳と九品のランクの話を聞いて自分の今のランクを考えると生前にそれほど徳を積めなかったのではないかと少し肩を落とす京子。
「ふふっ、そんなに焦らなくても大丈夫。ここ章で現のために働けばすぐに中品から上品にだってなれちゃうって。それに日下さんは片目がもう開眼しているし……見込みあるよ。だから、地獄課の課長に選ばれたんだと思う」
雪宮は京子の左眼を人差し指で指さして笑って見せた。
「えっ、この眼ってそんなに珍しいんですか? 」
京子は指で差された左眼に左手を近づける。
先ほど地平にも言われて気が付いた眼の変化。右眼と大きく異なった真っ赤な瞳の眼である。
「うん、その眼の変化は開眼の証。開眼は九品のランクと同じくらい大事なものだけど、ここ章でも開眼している者は1割にも満たないかな……」
「そ、そうなんですか」
そう言って説明してくれている雪宮の左の眼も京子と同様に左右非対称。
階段を上っている時にも見たが、左の眼の色は綺麗な黄色い瞳といった色である。雪宮も同じように瞳の色が異なっていたため気にすることもなかったが、どうやらこの眼の左右非対称は貴重なものであるようだ。
(あれ……地平課長はあたしと同じだったけど、もしかして他の課長もあたしと同じ…なのかな? )
先ほどまでのあいさつ回りであったが、初めて目にする光景に気を取られて天国課や人間課、修羅課の課長の眼の色など気にしなかった。
「現からここにきていきなり開眼しているなんていないんじゃないかな? 私だって最近になってようやく開眼したばっかりだし……ね。その調子ならきっと地獄の門を開いて地獄を元の地獄に戻せるって。期待してますよ、日下さん。ここ章の財源のためにも頑張ってください」
気になる用語が出て来た。財源とは一体……何の話であろうか。
「え……ざ、財源って……何ですか? 」
「えっ…て、徳のことですけど? 」
「ええ!? 徳って財源とかあるの!? さっきお金じゃないって言ってたのに……」
京子の言葉に少し気まずそうに雪宮は答える。
「えっと…まぁ、お金じゃないんだけど…財源は決まっていると言いますか……何というか……ここで使える徳は現で生じた徳のみなんですよ…」
「現での徳? 」
「そう、その徳にも種類があって功徳、陰徳と言った善の徳はプラスの徳。逆に詐欺や窃盗なんかの類は悪徳、文字通りの悪の徳はマイナスの徳。その差し引きで使うことが出来るのがここ章での徳になるの」
「へぇ~~、じゃあ悪い事をする人がいっぱいいたら悪徳が増えて章も大変になっちゃうって
ことですか? 」
京子が呑気に雪宮に聞いてみると雪宮の顔が少しこわばった。
(あれ…なんかあたし変なこと言ったかな……? )
「そうそう……だからねぇ…日下さんには期待してるんですよ。そういう悪人を地獄に叩き落としてしっかりと裁いてもらいたくてね……じゃないと私が何のために天国と地獄に振り分けてるか分かんないじゃない? 」
「あれ……急にどうしたんですか?? 雪宮さん? 」
先ほどまでただひたすらに明るかった雪宮の目が急に鋭くなった。
「今まで長らく地獄の門が閉じていて自分が地獄行きを告げてもたいして裁けずに輪廻の輪に戻って行くのを見るしかできなかったけど……日下さんを見てて思う。あなたなら出来る!! 地平課長や他の閻魔も久しくできなかった地獄を取り戻してこの章の財政を立て直すことが~~!! 」
急に何かのスイッチが入ったように京子の両肩を持ちぐわんぐわんと前後に揺さぶる雪宮。
「あうう~~、目……目が回る~~~!! 」
「ああっ、すみません…私ったらまた…。熱くなったりするとついやっちゃうんですよね~~。だから最近は平常心を保つために話し方も語尾を伸ばして心にゆとりを持つようにしてたのに~……ついまたやっちゃいました~」
この女。どうやら名前とは異なり本当は心に熱い想いを持っている……京子はそう感じた。その身をもって。
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