第15話 常識? 非常識!? いえいえ、それは中道です
天空省から遠ざかるように京子と雪宮は章の街を歩いてゆく。
(まったく。とんでもない発想だなぁ……地獄なんて絶対行きたくないよ。あれ?? でも、あたしお肉とかお魚とかいっぱい食べちゃったけど地獄に行かなかった……見逃されたのかな、良かった……ラッキー!!)
ほのかな灯りの中を進んでゆくと雪宮は一つの建物の前で立ち止まる。
「ここです」
”
「これって、スーパー?」
「まぁ、そんなものです。さぁ、入りましょう」
中に入るとやはりそこは京子のよく知るスーパーのような内装であった。が、その肝心の商品はというと……トマト、にんじん、かぼちゃ。さんま、まぐろなど。見慣れた名前の表示がある。あるのだが――、
「全然、ない……」
驚くべきはその品ぞろえの悪さである。ほとんど物がない。トマトもにんじんもかぼちゃもない。店内を色々みて回りようやくあったのは、
「これは……かつ丼? 1個ある。あとは……おにぎりが1、2、3……4……こ、これしかないの!?」
「ああ~~、今日はこれだけみたいですねぇ……まぁ、別の日天を周ってもいいですけど、おにぎり4つ買って2個ずつ分けましょうかね」
「そうですね……って!! そうじゃなくって! ちょっと、このスーパー品揃え悪すぎないですか!?」
今まで通ったスーパーの中で断トツに品揃えが悪い、というよりも品がない。そんな京子の様子をみて雪宮はたしなめるように語り始める。
「いいですか日下さん。仏教の本質とは何でしたっけ?」
「えっ、……と、たしかあらゆる苦を与える三毒である
修羅課で教えてもらった貧、瞋、痴という言葉を使って雪宮の質問に答える。
「その通り。ここで今の考えが関係してくるわけです」
「……この店の品ぞろえの悪さと?」
「まぁまぁ、ちょっと黙って聞いてくださいよ。例えば日下さんはお昼に梅のおにぎりを食べたかったとします」
「いや、別に食べたくないけど……嫌いですし……梅」
「ところが何と言うことでしょう、その日のコンビニでは梅のおにぎりは売り切れ。しかたなく日下さんはとなりにあったヒレカツのサンドイッチを食べたのでした」
京子のつっこみを無視して話を進める。
「食べたかったおにぎりがない。そしてこう感じる。『あ~~あ~~、梅のおにぎり食べたかったのに……まったく品ぞろえの悪いくそコンビニじゃ!!』……と日下さんは思いながらヒレカツのサンドイッチを食べるのでした。とこうなるわけですね」
とんだアテレコである。この数刻の間、京子の印象は雪宮にどう映っていたのであろうか。顔を引きつらせる京子。
「つまり仏教において世の中は一切皆苦……この苦とは思う通りにことが運ばないことによって五蘊が苦を受け、それによって品揃えが~~!! とかくそコンビニ~~!! という考えが浮かんでくるわけです」
「だ、だから言っとらんじゃろ!! そんなこと!!」
たまらず両目をつむり両手を握り、その手を胸もとで構える。
「……というわけでここ章ではそんな現の常識とは違って、残っているものをありがたくいただく…という販売方法となっております。そうすることで『あ、今日は食べ物まだ売ってた……あ、今日は私の好きな梅おにぎりがまだ残ってる。きっと親切な方が私のために残しておいてくれたんだ、ありがたやありがたや』……ということで今日はこの残ってるおにぎりを買っていきましょう!」
雪宮の話にも一理ある。人は一度あげた生活水準を下げられない傾向がある。広い3LDKから手狭な1Kの部屋へと引っ越すことが苦に感じるように。子供の頃にあんなに輝いてみえていた納豆巻やカッパ巻も上質なマグロやエビの味を知ってしまったとたんに色あせてしまうように。
「な、なるほど……」
妙に納得してしまう京子。
「現での生活は確かに便利です……ですがどうでしょう? 毎日エレベーターやエスカレーターを使っていたら? 身近に色々な物で溢れていたら? それは目先の幸せにすぎないのかもしれません……」
「………はぁ」
またまた小難しい話が始まる……そんな嫌な予感がある。が、構わず雪宮は自分の世界に入ったかのように視線を上の遠い方角を見ながら話を続ける。
「たしかにエレベーターやエスカレーターを作る会社は儲かるでしょう。またそれにかかる電気を供給する電力会社も。ですが、そこには必ず同時に
「………縁。ねぇ……」
京子は面倒くさいと思いながらもしぶしぶ雪宮の話に付き合う。
「そう、縁です。エレベーターやエスカレーターで楽をしていればそれは幸せでしょう。しかしそうやって楽をして足を使わなければ老いてから足が悪くなる可能性があがる。すると病院にかかる人が増える。するとどうでしょう? 現で一般的に人々が負担している社会保障費が多く必要になりますよね?」
「社会保障費とかって知ってるんですね」
大正時代以来、章にいるわりには社会保障費などという現代で問題になっているような用語を知っている雪宮。
「はい、一応現と章の間の三途の川で働いているので死んだ方々の井戸端を小耳に聞いてます」
「……そうですか」
「はい。で、結果的には製品や電力で
「な、何ですか!? 急に。資本主義の否定ですか? 共産主義賛美ですか? いやいや、皆等しく貧しくなろうの精神ですか!?」
小難しい話がいつの間にか現代社会の否定……資本主義の否定のような話になってきた。危なさそうな思想が見え隠れするような気がして、京子は先ほどまですっかり気を許していた雪宮に身構える。
「あははっ、そんな身構えなくても。私は資本主義者でも共産主義者でもないので……。まぁ、要するに仏教というのは信じることから始まるのではなく、思案し物事を論理的に考察し、その本質を捉える……というところでしょうか?」
「本質を捉える?」
「はい。……生き物は弱い生き物でついつい自分さえよければ、今さえよければと気持ちがそちらに動きがち……。でも、それに関わる遠い因縁や後の結果を考えるという思考には仏教の教えがとても有効に働くものなんです。すべても物事というのは遠かれ近かれ何かしらの因縁があるものなんですよ。目先の欲望に目がくらんで物事をよく思案しないと後々に困った状況に追い込まれたりするものです。日下さんも心当たりがあるんじゃないですかぁ? 今の現はまさにそんな感じでしょう?」
「ぎくっ!!」
たしかに心当たりはあった。現在の日本では目の前の金品を貪りたいがために多くの弊害が見過ごされている。
それは当人たちが気が付いていないのか、はたまた気が付かないふりをしているのか、自分がよければよいと思っているのか、周囲も行っているから自らも行っているのか、それが常識だと考えているのか。
真意のほどは不明であるが心当たりはあった。結果的に現在の日本は国家の安全すら脅かされる状況にある。
にも関わらず、相も変わらず目の前の欲望を貪り続けるという愚行のかぎりをつくす者ばかりである。それはここ章の街並みの様相というよりかは先ほどまで見ていた修羅課の修羅や京子の部下となる餓鬼に近しいと言った方が正確なのかもしれない。
「じゃ、じゃあ物やお金を儲けない方が良いってことですか? ……それが章の常識なんですか??」
雪宮の持論からすればそう言うこと、そんな気がする。
「いえいえ、仏教の本質はあくまで中道中道!! 亜修羅課長も言ってたじゃないですか。お金はないと困る。でも、一部の人が持ちすぎていても仕方のないこと。一部の人への富の集中という
「な、なるほど……」
たしかに共産主義の成立には18世紀、19世紀の資本による社会の私有化に対抗する思想として成立してきたという時代背景がある。いうなれば共産主義は資本主義という因によって生じた縁なのである。
そして現代においてその2つの主流である主義、思想は世界に大きな危機をもたらしつつある。
「資本主義と……共産主義の対立」
壮大なテーマである。京子はそう感じた。
「まぁ、そんなに対立とか難しいことじゃあないんですけどね。要するに、『その都度常識を疑って物事の本質を捉えようよ、まずすべきことは何なんだろう?』ってよく考えることが仏教の本質といった感じですかね。……何より楽しいじゃないですか? 考えるのって!!」
考えることは楽しい。雪宮はあっけらかんとした楽しそうな表情でそう語った。
仏教は寺や経、墓、座禅といった物質的なものということよりもその本質は物事の事象を論理的に考え、その原因を明らかにし、苦を取り除くといったことにあるようだ。
「なるほど、仏教ってお経とか座禅とかお墓とか……そう言うものばかりだと思ってました」
「お経や座禅ばかりが仏教だと思っているのはもったいないことです。仏教の本懐を知らないなんて言うのは分かりやすく例えるなら……う~~そうだなぁ……あっ!!
「いや……栄螺のその部分は人によるんじゃろ。あたし……嫌いですし……って、あっ。栄螺……螺…………雨蛇螺旋……」
「あれ!? 上手く響かなかったかぁ……釈尊は教えを説くときにたとえ話が上手だったからそれにあやかってみようとしたんですけどねぇ。あっ、じゃあこれは? 中道の例えはこんな感じです。腹八分目ってあるじゃないですか? お腹いっぱいでも苦しいし、何も食べなさ過ぎてもお腹が空いて苦しい。腹八分目がちょうどいい、これが中道です。ねっ、これなら分かりやすくないですか?」
資本主義、共産主義の話から一気にスケールダウンする。
「は、はい……それは、分かりやすいですね。。」
「でしょ?」
雪宮の余計な栄螺のたとえ話のせいで先ほどまで読み込んでいた地獄の雨蛇螺旋を思い出しながら京子はこれから自分の担当する地獄課でどう地獄を作って行けばよいかを思案しながら、会計に向かうのであった。
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