第13話 八熱地獄と八寒地獄
雪宮を見送り、再び地獄課の部屋に戻って来る京子。何度来ても相も変わらず室内には机と椅子がならんでいるのみで、業務をしろと言われても特段なにをしたらよいのかは分からない。
とりあえず時計を再確認。針の指す位置は雪宮が戻って来るであろう戌の刻と2つとなりの申の絵の間の酉を指している。
酉の刻。つまりは18時というところであろう、迎えが来るまで2~3時間ほどはかかりそうである。
「犬と猿の間にいる鳥……犬と猿。犬猿の仲……う~~ん、間にいるあの鳥さんは可哀そうじゃな~」
何をしたら良いかも検討が付かず京子はのんきにそんなことを考えていた。しばらく時が流れる。
「……はっ!! いかんいかん!! 雪宮さんが帰って来るまでに何かしとかなくっちゃ」
京子はあいさつ回りに出かける前にいた自身の机に戻り、先ほどまで眺めていた本を読む。
”地獄の裁きに関して”
先ほど見ても理解できなかった文言が再び目に入る。
第壱条 次に掲げる事項に該当する者は調査省からの調査書の引き渡しを受けたのち速やかに地獄の刑の執行を開始しなければならない。
第壱項
第弐項
第参項
第四項
第伍項
「えっと…ふせっしょう……ふ、ふ…なんて読むんだろう? あっ! でも、このふ何とか。全部で5つ……ってことはこれがさっき色々言ってた五戒ってやつ!? よ、よしっ、ちょっと分かって来た……かも」
さらに先を読み進めていくと再び漢字の羅列が目に入る。
”地獄に関しては下記の3地獄”
ここより遥か西方の地、浄土にて釈尊より教えを賜り、その浄土の地に習い、ここ章にて八熱地獄ならびに八寒地獄を建立することとし、より下層の地獄を下記の地獄とする。
八熱地獄その一:
八熱地獄その二:
八熱地獄その三:
八熱地獄その四:
八熱地獄その五:
八熱地獄その六:
八熱地獄その七:
八熱地獄その八:
八寒地獄その一:
八寒地獄その二:
八寒地獄その三:
八寒地獄その四:
八寒地獄その五:
八寒地獄その六:
八寒地獄その七:
八寒地獄その八:
「釈尊……これはさっき言ってたお釈迦様のことか……で、他の八熱地獄と八感地獄ってのは何だろう? ……まぁ、地獄の種類のことなのかな。もうちょっと何かこの地獄に関しての資料はないかな。っと!」
京子は横に備え付けられている棚をあさり始めた。大量のホコリが周囲に舞う。
「けほっ…けほこほっ!!」
ホコリの中から引っぱりだしてきた分厚い資料の1つに何やら絵が描かれているようなものが出て来た。よく見るとそれは精巧な直線や数字が描かれている。図面のようであった。
「ん……んんん~~??」
ひたすらただその絵を見つめ続ける京子。が――、
「……わから~~ん!! 何が描いてあるのかさっぱりじゃ!!」
配筋図、鉄筋、型枠……。見慣れない言葉や文字が羅列されていた。現での業務でも大学での専攻もこうした図面とは縁遠かった京子にはいつまで眺めていても何度眺めて見ても理解できないような難解な代物であった。
「………はぁ、なかなかここでの仕事も難しそうだなぁ…。この絵もよく分かんないし、不……かんとか戒もよく分かんないし……」
難しい図面をながめながら京子は椅子の背もたれにもたれかかったり、地平から引き継いだドクロのお面を頭に乗せ、それを顔のほうに下げたり、再び頭の方にやったりを繰り返しながら考える。
「天国があって幼稚園児みたいな子たちがいる。人以外の生き物が作られて修羅が戦っていて、地獄で働く餓鬼がいる……あたしがするべきことって…なんだろう? 地獄の門も結局開いてないし……。地獄の刑を執行しなければならない……か。……あたしに……出来るのかな……」
雪宮もいなくなり一段と静まり返った部屋で次第に気持ちが落ち込んでゆく。
「はっ!! いや!! いやいや!! まだ諦めんぞっ!! 部下の鬼は50万人……匹もおる。一応餓鬼課も併任なんだし……うんっ、大丈夫大丈夫」
こうして部下もいない地獄課長、通称閻魔となった京子はぼろぼろの部屋で1人図面や地獄の説明を読み込み雪宮の帰りを待つのであった。
♦ ♦ ♦
とりあえずはそれぞれの地獄の概要だけでもつかもうとする。手元の本の文字を読み進めていく。
”地獄に来た者には生き物に対する慈しみ、利他の精神を与え、再び輪廻に戻すこととする。なお、八熱地獄並びに八寒地獄は各々同位の地獄が存在している。その場合、調査省の調査書に記載される罪人の生前の寒暖適応能力の不得手により選定することとする”
「ふん、ふん……なるほど」
”次に八大地獄並びに八寒地獄の概要を記す。下記の地獄は罪人の刑期及び必要と判断される地獄を適切に選定し、柔軟に運用しなければならない。各地獄の特徴は下記の内容である”
罪人の五蘊を清めることを主たる目的とする。五戒の戒律の内、比較的軽微な戒律の違反の罪人を裁くこととする。
いたずらに生命を絶つ罪人を罰することとする。とりわけ不殺生戒を破った罪人を裁くこととする。雨のようにふりそそぐ蛇と螺旋にかざまく
いたずらに生命を絶つ罪人を罰することとする。とりわけ不殺生戒、不偸盗戒を破った罪人を裁くこととする。燃える蟲である赦飢は罪人の三毒を喰らい、発火し続け罪人を焼く。
いたずらに生命を絶つ罪人を罰することとする。とりわけ不殺生戒、不偸盗戒を破った罪人を裁くこととする。極寒の地において硬度な雹によりて四肢を裂傷せしめる。
現にて自己の欲望に溺れ、他を騙し、陥れ、生命に対する慈悲の精神を忘れたものを罰することとする。とりわけ不殺生戒、不偸盗戒、不妄語戒を破った罪人を裁くこととする。罪人は恥辱にまみれ、餓鬼による罰を与えることとする。主たる罪人はその時代時代の為政者等の日の元を作った者とする。
生命をいたずらに殺め、妄や盗により他をあざむきし罪人を罰することとする。とりわけ不殺生戒、不偸盗戒、不妄語戒を破った罪人を裁くこととする。罪人は首がうずもれるほどの高さの雪にまみれ、千里の道を永遠と歩み続けることとする。
傍若無人な振舞いを続け、他の悲しみや憎しみを一切意に介さずに生きた罪人を裁くこととする。とりわけ不殺生戒、不偸盗戒、不妄語戒、不邪淫戒、不飲酒戒の五戒すべての行動から著しく外れた罪人を裁くこととする。
灼熱の地においてひたすらに全身の汗が消閑するまで身を焼き、邪である三毒を五蘊からとりはらうこととする。
傍若無人な振舞いを続け、他の悲しみや憎しみを一切意に介さずに生きた罪人を裁くこととする。とりわけ不殺生戒、不偸盗戒、不妄語戒、不邪淫戒、不飲酒戒の五戒すべての行動から著しく外れた罪人を裁くこととする。
酷冷の地において上から降り注ぐ灼熱の水が針状となり罪人の身体を裂傷せしめ、邪である三毒を五蘊からとりはらうこととする。その針状の水針は白き鋼のごとく強固であることとする。
五戒すべての行動から著しく外れた罪人を裁くこととする。とりわけ五戒すべてを破り、それにより他を苦しめし者を裁くこととする。振り子刀が振れる幻覚の中で幸福な時をすごしたのち、振り子刀に大切なものを奪われ続ける苦しみを与えることとする。
五戒すべての行動から著しく外れた罪人を裁くこととする。とりわけ五戒すべてを破り、それにより他を苦しめし者を裁くこととする。
氷の大地において呶呶の強靭な足により、罪人を硬き氷にめりこむほどの力で踏みつぶし続けることとする。
五戒すべての行動から著しく外れた罪人を裁くこととする。とりわけ人を殺めし者を裁くこととする。巨大な金棒や鉄の
五戒すべての行動から著しく外れた罪人を裁くこととする。とりわけ人を殺めし者を裁くこととする。四肢が引きちぎれんほどの極寒の中、罪人をいたぶり、その血を喰らう羅刹により罪人を滅する。
五戒すべての行動から著しく外れ、悔いの念もない罪人を裁くこととする。とりわけ人を殺めし者を裁くこととする。忍の猛虎の術により現れ出ずる炎の虎により罪人を焼き喰らい続けることとする。
五戒すべての行動から著しく外れ、悔いの念もない罪人を裁くこととする。七色の氷、すなわち炎、水、風、雷、土、氷、光の7つの氷の中で罪人を裁き続けることとする。
五戒すべての行動から著しく外れ、悔いの念もない罪人を裁くこととする。とりわけ多量の人や生き物をいたずらに殺めし者を裁くこととする。
身が砕けるほどの強熱の血の煮え湯の中にてただひたすらにその三毒に侵されきった五蘊を浄化することとする。
五戒すべての行動から著しく外れ、悔いの念もない罪人を裁くこととする。
無幻狂熱にて浄化することのできなかった三毒や
以上、上記の八熱地獄および八寒地獄をもって罪人の罪をさらうこととする。
なお、凶奪打轍より下層の地獄は八熱地獄を炎鬼、八寒地獄を氷鬼の上位の鬼の管轄下とする。
「うわぁ……なんかどれもこれも。こ、怖そうじゃな……。でも、この
京子は図面に描かれている虫のようなものや恐竜のような容姿をしたものを指さしながらあれこれ考える。
「まぁ、蛇とか栄螺…とかはなんとかなりそう……でも、誰が考えたんだろう……こんな変な地獄……痛そうではあるけど。それにしても、ふ~~ん…八熱地獄に八寒地獄……ねぇ、聞いたこともないや」
『ブオンブオン……ブロロロロロ…カチャ 』
「……あっ」
京子が静寂した部屋で図面や地獄に関する資料を読み込んでいると外から機械音が聞こえて来た。
ふと時計を見ると針は犬の絵を少し過ぎた位置を指していた。
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