第12話 お休み少ない……章の勤務
「ふぃ~~、到着っと!! あぁ~~疲れましたよ~~」
「浮いてたんだから疲れてないじゃろ!!」
雪宮の言葉につっこむ京子。
天空省の地下11階。先ほど京子と雪宮が天空省の70階を目指して計8100段の階段を上り始めた場所である。
「いえいえ、浮くのだって疲れるんですよ~~、眼を酷使しますからね……帰ったら眼のケアしなくっちゃ」
「もう帰るんですか?」
「いえ、まだ就業時間中ですから家に帰ったらです」
京子の問いに雪宮は答える。
「あ、そう言えば天海山部長から天空省の予定表をもらってたんでした。はいっ、これ!!」
そう言って京子に紙を差し出してきた。そこにはカレンダーのように日付が黒字と赤字の漢表記で記されている。しかし、その赤字の箇所は京子のよく見慣れたカレンダーの土曜日と日曜日の位置ではなく、数字の8,14,15,23,29,30の6か所であった。
「この赤字の日付って?」
「はいっ、そこはお休みの日付です!!」
明るく反応する雪宮。
「なんか……休みが少ない」
少ない。そう言って見つめる暦には休日を示すであろう日にちが6つしかなかった。現代社会の働き方では月曜から金曜が平日、土日が休暇というサイクルが標準であるため少ないと感じるのは当然のことであった。
「何言ってるんですか~~、ここは現よりも忙しい場所。休んでる暇はそんなにありゃしません!!」
「ふぇええ~~!! そんな~~」
「まぁ、でも現でもあるじゃないですか~~、土曜日が隔週で休みとか……そう考えればあら不思議、八引く二で六…六日も休みがあるんですから~~前向きに前向きに!! 慣れれば大丈夫ですって」
「この赤字の日付って何なんですか? 何か他の月の赤字日付も全部同じ8,14,15,23,29,30なんですけど~~」
休みが少ないことに文句を言いつつ、京子は後ろの月の予定もパラパラと確認する。
「
「
オウム返しする。
「六斎日とは月の8、14、15、23、29、30の日のことです。その六日間は仏教において人々は五戒と他の三の戒律の
「はぁ……」
「その六斎日は現ではその戒を守る、その逆でここ章ではその六斎日を休日としているわけです。その日は色々と娯楽を楽しんでもいいんですよ?」
雪宮は説明をしてくれるが
「あれ、この太い赤字は何ですか? この4月8日のとこ」
4月の8日の一際太い赤字を指さして雪宮に尋ねる京子。
「その日は
「え、えっと……しゃ、
京子の戸惑った反応に京子以上に戸惑った表情を見せ、雪宮は京子の両肩を掴んでぐわんぐわんと前後に揺さぶる。
「お釈迦様のことですよ!! お釈迦様~~!!」
「あうう~~」
「あっ、何だ~~。お釈迦様のことを釈尊って言ってたんですか? お釈迦様なら知ってますよ~~もう……意地悪して分かりにくい用語使っちゃって~~!!」
「まったく、本当に仏教のことをほとんど知らないんですから」
「あ、あははっ……ところで今日って何日ですか?」
仏教用語や釈尊という言葉も知らない気まずさをごまかすかのように京子は日付を尋ねた。
「はぁ……今日は3月3日、日下さんの命日じゃないですか~~」
3月3日。世間では今日は楽しいひな祭り~~。ひなあられや手まり寿司などで祝う桃の節句。京子はそんな日に現での生涯を終えた。
「そっか……3月3日」
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでくださいよ。終わりであると同時に始まりでもあるんです。ここ章でのね。形を終えた
落ち込んだ様子の京子を元気づけるように話す雪宮。
「今日が3日だから次の休みは8日かぁ……はぁ、本当なら次の日土曜日だったのになぁ」
「あれ? あんまり気にしてなかったですか?」
雪宮の気づかいに対して次のお休みを気にする京子。日々の激務の中で京子にとって休日は心と身体をゆっくり休ませられる貴重な日であったのだ。呑気なように休みのことを考えている京子に雪宮があきれた様子でいると、ふと京子が雪宮の方に目を向けた。
「……私って、何のために生きてたんですかね? 一生懸命生きてきたつもりだけど……生きてて誰かの役に立てたんですかね」
急に弱気な表情を浮かべて京子は雪宮につぶやいた。
「それって私に聞いてどうするんですか?」
「……え?」
先ほどまで何を言ってもあっけらかんとした表情で色々と楽しそうに話してくれていた雪宮の表情が突然変わった。
「頑張って生きたね。とか…言ってもらいたかったですか?」
「えっ……いやっ…あの。。」
雪宮の急に真剣な表情におもわず面喰い、たじろぐ京子。何か気に障るようなことを言ったのであろうか。頭の中でぐるぐると自分の言葉を思い返してみる。そんな京子の動揺した様子を見ていた雪宮は再びいつものあっけらかんとした表情を浮かべ直し、京子に話しかける。
「ふふっ、そんなに周りの評価や目を気にして怖がらなくてもいいんですよ? 日下さんは自分で色々考えて、頑張って生きた……それで十分じゃないですか!」
「えっ……えっと、はい。ありがとうございます」
とくに怒らせたわけではなかったことに安堵する。
「もうっ、これだから現代っ子は……すぐに周りの目を気にするんですから。
他を思う心は大事ですけど他を気にしすぎたり、他の影響を受けすぎないことですよ~~」
「ゆ、雪宮さんだって私と変わらないじゃないですか!! ……若そうだし」
自分と同じくらいの雪宮に説教めいたことを言われ、言い返す京子。
「え? そう見えます? いや~~嬉しいですね~~お世辞だとしても。
ふふっ、でも私は最期に現にいたのは大正時代ですから日下さんよりもずっと章にいる時間は長いんですよ?」
「えっ!! た、大正時代!? そんな前からここにいるんですか!?」
「ええ、でも私は結構ここでの年数は少ない方ですけど……因みに転生省の他の課長はたしか皆さん幕末よりも前に来てたんじゃないかったかな?」
「ば……幕末」
どうやらここ章は六道の中から出て来た存在が辿り着く地。そしてこの雪宮や他の天空省の課長たちは京子よりもはるか昔にここ章にたどり着いていたということが分かった。
「ということで色々説明しちゃいますけど、次は日下さんの章での家についてです。……と言いたいところですけど家の場所や説明は就業時間が終わったらにしましょう」
そう言って雪宮が指す方には時計があった。ただ、京子の知る1から12の数字が書いている時計ではなく、動物が数字が本来書かれている場所に描かれていた。
「あれは……ねずみ?」
12の数字があるべき場所にはねずみらしき動物が描かれていた。
「あれが章での時計です」
「へぇ~~、なかなか可愛いデザインですね」
京子のいた現世の時計とは異なり数字ではなく動物、ネズミ、ウシ、トラ、ウサギと時計回りに描かれており最後がイノシシ。おそらくは干支の12の動物なのだろう。
「で、就業時間っていつまで何ですか??」
時計の動物を指さし、京子は尋ねる。
「辰の刻から戌の刻です」
「え~~と。竜が5の場所で犬が10の場所にいるから……5時から10時までってことですか? 5時かぁ、ちょっと早いなぁ。あ、でも10時までなら午後はフリーで色々遊べるからいいかも……」
京子が時計を見ながら嬉しそうに話していると雪宮が申し訳なさげに話に入って来た。
「あの~~、日下さん、時計の見方間違ってますよ?」
「……え?」
「あの時計はネズミの場所が0時…つまりその日の始まりを示すんです。で、次のウシが2時間後の2時。ほらっ、よくお化けが出る時間帯を丑三つ時とか言うじゃないですか」
「あ、聞いたことあります……ん? ということは……」
「はい、辰の刻はだいたい7時から9時、戌の刻は19時から21時ということです。つまりはだいたい12時間勤務ですね」
「な……なんじゃと~~~!!!」
(……まぁ、普通か)
驚いては見せたものの、休みの日数が少ないとこは衝撃ではあったが、就業時間に関しては日頃から多くの業務をしていた京子にとっては12時間業務はさほど衝撃的というほどのものでものでもなかった。
「あれ? でも今、7時から9時くらいって言ってましたけど……具体的には何時に来たらいいんですか?」
辰の刻が7時から9時と言われても何時が始業時間なのかいまいち不明確である。
「辰の刻は辰の刻です。要するに7時から9時の間なら何時に来てもいいんですよ?」
「えっ、じゃあ終業時間の戌の刻っていうのも……」
「はい、19時から21時までということです。つまり勤務時間は10時間から最大で14時間ということですね。ただ、章ではその時間外での勤務はご法度ですのでその時間できっかり業務を終わらせないといけないですからね」
「なるほど、結構柔軟な働き方なんですね」
章での勤務は辰の刻から戌の刻。勤務時は長めであるが、比較的柔軟性のある働き方のようである。だらだらと残って業務をするという現のようなことでもなく、メリハリのある勤務体系なのかもしれない。一通り説明を受けると2人は部屋を出て天空省の入口から外に出た。
「ではでは、私はまた三途の川に戻って業務をしてきますんで日下さんはここで終業時間まで色々見ててください。前任の地平さんが残した書類とか、色々あると思うんで!」
雪宮はそう言って天空省の建物の中に止めてあったバイクにまたがった。京子がここに来た時に出会った地平が乗っていったバイクと同じものである。
「あ、そのバイク……」
「ああ、これですか? バイクはここでは必需品ですよ~~、特に私や日下さんみたいな低階層で業務をしていると道も悪いですからね……小回りの利くバイクは最適な移動手段なんですよ。日下さんもバイクが支給されるばずなので支給されたら乗れるように練習した方がいいですよ。バイクがないと移動がたいへんなので」
「は、はぁ……」
「それでは戌の刻にまた戻って来ますので」
バイクのエンジンをかけると雪宮は先ほど京子がやってきた三途の川の方へ走り去っていった。
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