第11話 餓鬼がきガキ!! 課長不在の無法地帯



「え~と、今の場所が修羅であたしの担当が地獄。つまり修羅道課と地獄課の間にはさまれているこの課は、え~~っと、天、人間、畜生、修羅、地獄……あとは……」



 階段を下りながら次の課を確認する京子。先ほど亜修羅から学んだ仏教用語を反復する。六道以外にも色々と学んだ用語はあるが、まずは自身が所属する天空省の用語が重要である。



「餓鬼課ですよ。もう~~、六道くらいすっと言えるようになってくださいね。一応、六道を担う地獄課の閻魔なんですから」



 考えている京子の間に口をはさみあっさり答えを出してしまう雪宮。



「わっ、分かってましたよ! 今言おうとしたのに雪宮さんが先に言うから……もうっ!!」



 京子はそう言って子供みたいに口を前に突き出し、頬を膨らませる。



「……ガキか」

「あっ!! ちょっと、今のガキって何のガキじゃ!? ねぇ、ひょっとして今バカにしたでしょ!? ねぇ!!」



 雪宮のつぶやきに食いつく。



「やだなぁ、餓鬼課のガキっていう意味ですよ~~。まったく日下さんは子どもみたいですね~~」

「あっ!! やっぱり餓鬼課の意味じゃないじゃろ!?」 

「さっ、到着しましたよ。ここが餓鬼課です」



 到着したそこはまたもや他の課とは異なる雰囲気である。目の前には扉のようなものは一切なく、代わりに左右に何かが刺されておりそれが左右の松明の炎によって燃え、もくもくと大量の煙が立ち込めている。



「けほっ、けほっ!! なんなんですか? これ!?」

「イワシの頭を焼いてるんです」



 そこには灰色の何かを焦がしたような煙がもうもうと広がっていた。



「けほっ、おほっこほっ…だから、な、何で……けほっ! い、イワシ!? な、何でイワシなんか、こほっ! や、焼いて……」



 煙を大量に吸い込み、せき込みながら問いかける。



「もちろん脱走しないようにですよ……弱点なんですよ、彼らの。ほらっ、行きますよ~~」



 雪宮はそのまま煙がもうもうと巻き上がる中を進んでいってしまう。



「あっ、ま、待ってってば……こほっ、えほっ!! 弱点って、な、何の……こほっ」



 京子も雪宮に続くように煙のなかを進んでゆく。






 ♦  ♦  ♦






 進んでも進んでもなお左右からもくもくと大量の煙が襲ってくる。よく見ると進みゆく道の左右でも先ほど同様に何かが燃やされ、それが煙となっていた。



「この先にいるのは餓鬼課の管理している生物、餓鬼です」

「えっ……こほっ、お、餓鬼って…えほっ、もしかしてあ、あの……角のある…ごほっ、お、鬼のこと?」



 もうもうと炊かれている煙の中を進んでいくと次第に視界が開けて来た。



「そうですよ~~、餓鬼道って言ったじゃないですか? もう、しっかりしてくださいね~。六道の中でも天国課の課長と地獄課の課長はまた別格。本来なら昔から章では格式の高い職位なんですから。私だってなりたいくらいですもん」



 煙の中を進んでいても一向にむせることなく平然と話す雪宮。



「えっ? こほっ、そうなんですか!? もしかして私って…こほっ、すごい大出世……こほっ、何ですかね……けほけほっ!!」



 嬉しくなり興奮気味に話したため、ますます多くの煙を吸い込みせき込む。



「あっ、私がなりたいって言うのは楽だからですけどね」

「……え?」



 呼吸を止める。必然的にせきも止まる。



「昔の地獄はそれはもう大変だったそうですよ? 八熱地獄と八寒地獄という炎と氷の地獄があって罪人がそこで五蘊を浄化され、再び六道に戻るという循環ができていたんです。輪廻っていうやつですね」

「……はぁ」



 次第に言葉数が減る。



「それが80年前くらいにその門が突然閉じられちゃいましてね……。そこからは前任の地平課長からも聞いたかもしれないですけど、適度な地獄を与えてまた輪廻の中に戻すという構造になってしまっているんですね~~、これが」

「…………」

「まぁ、中々難しいらしいですよ。六道の地獄も修羅課の修羅たちも収容スペースが限られますからね。足りない部分はどんどん現に送っていかないといけませんしねぇ」

(……なぁんだ。やっぱりあたしの役職って……閑職なんだ)

「あっ、でもそれだとえっと……五蘊でしたっけ? 五蘊が浄化されないまま輪廻しちゃって良くないんじゃないですか?」



 京子の問いに前を歩く雪宮が身体をびくっと浮かび上がらせる。どうやら痛いところをつかれたと言った様子である。



「さ、流石は地獄課長を任される人材……物事の本質を見る力は逸品ですねぇ。まぁ、今の地獄は場所が限られてますから仕方のない部分ではあります。でももし日下さんが地獄の門を開門させたら話は別です。きっとどこの課よりも一番忙しい課になって誰もやりたがりませんって。さっ、着きましたよ。あれが餓鬼……というか鬼です」



 もうもうと炊かれている煙の中を進んでいくと次第に視界が開けて来た。






 ♦  ♦  ♦






「わ~~~!!」

「これは俺んだろうがよ~~!!!」

「や~~だ~~!! あたしのお菓子だってば!!」



『ぱくぱくぱくぱくっ!』



 そこには赤い服や青い服を着た小さな子どものようなものが走り回っている。それらは何かを奪い合ったり、何かを懸命に口に放り込んだりしている。



「あれって?」

「はいっ、あれが餓鬼です。赤餓鬼と青餓鬼」



 雪宮は目の前にいる賑やかな存在は餓鬼だという。そこには京子が想像していた餓鬼とはまた違ったずいぶんと小さな可愛らしい容姿であった。



「わ~~、なかなか可愛いじゃないですか?」

「あっ、ちょっと!! 日下さん!?」



 雪宮の後ろからぐいっと前に出ると京子はそのまま丸腰でその可愛らしい鬼たちに不用意に近寄って行く。



「……なんだぁ? お前」



 青い髪と青い服を着た餓鬼が話しかける。



「こんにちは、あたしは日下京子。この下の階の地獄課の新しい地獄課長じゃ。よろしくね!」

「ふ~~ん……」



 しばし無言になる餓鬼。すると、その様子を周囲で見ていた餓鬼たちが京子の元へ近寄って来た。



「何か……弱そう」

「こいつ鎌持ってないよ~~」

「あっ、本当だ~~。じゃあやっちゃう?」



 京子の腰程度の背丈しかない餓鬼たちは何やら京子をじろじろと観察しながら囁きあっている。



「えっ…ん、な、何…ちょ、ちょっとぉ!!」



 餓鬼たちは次第に京子の周囲を囲み、京子の手足を掴む。そして、



「それ~~~!!」

「え~~い!!」

「わあああああ!! な、何するんじゃ!! い、痛い痛い!! ひ、引っ張らないで……さ、裂ける~~!!!」



 餓鬼たちは京子の手足を掴むと各々東西南北の方向へと一斉に駆け出す。必然的に四方向に四肢が引っ張られる京子。



「あはは!! 痛がってやんの~~!!」

「よ~~し、このまま引き裂いちゃえ!!」



 そう言うと餓鬼たちはますます京子の四肢を強く引っ張る。



「いぃやあああああああ!!」



 絶叫し、悶える京子。



「こらっ!! だめですよ~~、もう~~、しっし!!」



 すかさず雪宮はそう言って服の袂から何かを取り出しそれを餓鬼たちに向けてパシパシと叩く動作を繰り返す。



「ぎゃあああああ!!」

「や、やめてよう!!」



 餓鬼たちは京子の四肢を手放し、四方に散ってゆく。



「………はぁ、はぁ。い、痛かった。あ、ありがとうございます……」

「まったく。呑気ですねぇ、丸腰で餓鬼に近づいて……もうちょっとで四肢がばらばらになるところだったのに……小さくても一応は餓鬼なんですから、力は強いんですってまったく……まぁ、無事だったからいいですけど……」



 しかし、雪宮が呆れて目を瞑り話してから京子の方に目をやると京子は再び雪宮に何かをされ泣きじゃくっている赤い髪と赤い服をきている鬼に近づいていた。



「ちょ!! 日下さん……また!!」

「よ~~しよし!! もう大丈夫じゃぞ?」



 泣きじゃくる餓鬼の頭を不用心に優しくなでる。



「うえっ……ううっ………えいっ!!!」

『ぐさっ』



 撫でられた矢先にすかさず飛び上がる赤餓鬼。手が角に刺さる。



「ぎゃああああああああああ!!! いたたたたたあたたっ!!」

「あ~~、だから言ってるのに……ほらほらっ!! しっし!! 油断しちゃだめですって!」



 雪宮は再び手の何かつかって餓鬼を追い払う。



「きゃあああああああ!!」



 後ずさりする赤餓鬼。



「あ……ありがとうございます。……ところで、その手に持っているものは一体」



 京子は雪宮が先ほど2度も餓鬼を追い払ったものを指さした。



「あ、これはヒイラギですよ、ヒイラギ。餓鬼の弱点なんです。知りません? イワシの頭もヒイラギも。だから餓鬼課に来るときはヒイラギは必需品なんです。まぁ、地獄課長なら閻魔の大鎌でも餓鬼には有効ですけどね」

「そ、そうなんですか。ヒイラギ。……っていうかこんな危険な生き物放置してここの課長は何やってるんですか!? もうちょっとで身体裂かれるとこだったんですけど!?」

「いないですよ、課長」



 あっさりと答える雪宮。餓鬼課という課を名乗っているにも関わらず課長が不在というのは一体どういうことなのか、意味がまったく分からない。



「は? い、いないって……何でですか!?」

「職務放棄ってやつなんですかね? 今の餓鬼課の課長は結構やばい人…ん? 人? 鬼? ……まぁ、とにかくやばい奴なんです」



 少し怯えた様子で京子から視線をそらす雪宮。



「や…ヤバい奴……。それって昔話の桃太郎にでてくるような凶暴な?」



 雪宮にそう言われて京子は昔話の桃太郎に出てくる赤鬼、青鬼の容姿を思い描いた。

 京子自身、出身が岡山であることもあり、幼少期から桃太郎は鬼という悪を成敗する英雄であり、憧れであった。そんな英雄と対峙した鬼であればさぞ凶暴に違いない。



「ま、まぁ、そんな感じですよ。とにかくヤバい奴ですよあの人……鬼は。でも、そのヤバい奴がいてもいなくてもさして問題ないんですよね。……ここの餓鬼たちも使い切れないですからねぇ、今の地獄の規模じゃあ……。地獄の門も閉まってるし」

「む……無法地帯……」



 今までの課とは大違いでそこは赤い色の餓鬼と青い色の餓鬼が入り乱れてお菓子を奪い合い貪育う混沌とした光景が広がっている。



「まったく……こんな無法地帯にしてこの餓鬼課の課長は何しとるんじゃ~~!! いっそあたしがこの餓鬼たちを教育し……あたたたあっ!!」



 三度身体を裂きにくる餓鬼たち。それをヒイラギで追い払う雪宮。



「ったた…………あたしがこの餓鬼たちを教育したいくらいですよ!!」



 京子はあちこちでお菓子を食べたり駆けずり回る餓鬼たちを指さして雪宮に言い放った。その気合のこもった言葉に雪宮は目を瞑ってうんうんと頷き、言葉を続ける。



「そうですか、そうですか……そんな日下さんだからこそめでたくこの餓鬼課の課長併任という任が付いたわけですね。やったね!! 日下さん♪」



 雪宮は京子に右手の親指を立ててグッっと手を差し出して来る。




「………はい??」



 突然の併任命令である。



「いやぁ、すごいじゃないですか~~、50万匹の餓鬼……じゃない部下を持てるなんて~~。そんな数の部下がいる課長なんて天空省でも他の省でも日下さんだけですよ~~いや~~すごいなぁ……すごい、すごい」



 まったくの棒読み。



「ちょ、ちょっと…ちょっと待って!! あたし……そんな話一言も聞いてないんだけど!! あ……天海山部長から!!」

「あ~~、そう言えばこの話は念を使って部長としてたんで日下さん聞いてなかったんですね~。部長が話してたのに日下さん全くの無反応なんで私部長のことガン無視してるのかと思ってましたよ~~」

「そ、そんな大事な話してたんなら教えてよ!!」



 念という中品下生以下のランクには使用不可の能力で重要な併任を言い渡されたことに怒る京子。



「まぁまぁ、そんなに怒らないでくださいって。部長言ってましたよ?」

「えっ。な、なんて言ってました?」

(もしかして期待してる……とか? だったりしてぇ)



 期待を寄せる言葉を待つ京子に雪宮は部長の言葉を告げる。

 


「『日下君。君は通常なら章にいるものから選ばれる課長という役職に現から抜擢された。君は久しぶりに現からやって来た期待の新人なのだよ、日下君。これから地獄課の課長として頑張ってくれたまえ!! ……ついでに餓鬼課の課長も併任してくれたまえ。距離的にも近いし、今の地獄課は暇だからな!!』って」

「いや!! 褒められてるの!? 単純に所属の課の距離で決めてるじゃろ!! しかも暇って!! ちょっと、部長!?」



 思わずつっこむ。そんな京子の様子を見て思わず笑みを浮かべる雪宮。



「ん~~、でもうやっぱり日下さんって面白いですね。亜修羅課長も気に入ってたし、もしかしたら日下さんなら本当に地獄の門も開けちゃって昔みたいにどんどん罪人を裁いてくれちゃう……そんな気がします。そうすれば私も三途の川での業務にも少しは身が入りそうですよ~~」

「はいはいっ、暇な地獄課長として頑張りますよ~~。餓鬼のお世話をしながらね……」



 またもすねる京子。



「はいはいっ、じゃあ頑張ってくださいね~~。あっ、因みに下の階に行くにつれてより狂暴な餓鬼がいるので注意してくださいね」

「えっ……凶暴な、餓鬼?」

「本来はより下層の地獄で仕事をする餓鬼たちなんですけど何せ地獄の門が閉まっているのでそいつらも下層の餓鬼課の階でうろついているので要注意です。そいつらは身体を裂かれるとかじゃすまないですからね、しき……つまり身体をばらばらにされて中の五蘊喰われたら日下さんの存在……消えちゃうんで」




「な、なんじゃと~~~~!!!」



 あやうく身体の四肢を引き裂かれそうになった京子。そんな狂暴粗雑そうなガキ……餓鬼たちが50万匹もいるということ、そして下層にはさらに狂暴な餓鬼が存在していること。



 それが自分の部下になるということに頭を悩ませながら京子は自身の所属することになっている地獄課へと戻るのであった。



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