第10話 永久の苦。修羅課長はまさに修羅!?
再び下の階を目指す京子たち。
その間も畜生課の階では先ほどの20階で聞こえたような機械音がひたすら聞こえている。おそらく他の階にも先ほどのような大掛かりな設備があるのだろう。
と、そんなことを考えていると昇章雲に乗っていた天海山が止まった。天海山の方に目を向ける雪宮。おそらく何かを念で話しているのであろう。京子には聞くことのできない念で。
「はいはいっ。なるほど……そうですか。ではここから下の階は私が日下さんをご案内いたしますので部長はどうぞ章の会議にご出席ください」
「………部長、何て言ってるの??」
雪宮に尋ねる京子。
「天海山部長はこれから章の大事な会議があるそうなのでこれで帰るみたいです。なのでここからは私がちゃんと日下さんを残りの課に紹介しますので安心してください!」
(とか言って本当は飽きたんじゃろ!? 上司はいっつもそうやって下に仕事を丸投げするんだから!!)
疑う京子。生前自分が働いていた省でさんざん丸投げされてきた記憶がまだ十分に残っていた。
「疑うのは良くないぞ、日下くん。痴に囚われていてはいつまでも縁覚になることはできんぞ? って部長がおっしゃってます~~」
「はうっ!! 心が……よ、読まれてる!!」
念によって心が読まれる京子、天海山の声を代弁する雪宮。品のランクの違いにより生じる奇妙な光景である。
天海山が帰り心が読まれる人数は1人減った。
♦ ♦ ♦
再び下に降りること数刻。ここは天空省10階 修羅課である。今までの課同様に扉がある。が、その扉が大きい。まるで巨大な金庫のような扉であり、何か中のものが外に出ないようにしているようであった。
「なんかすっごい大きな扉ですね……よっ!! ……あれっ…ふんっ!! ……んんっ!? なかなか……お、重たい、扉……」
その巨大な扉は京子1人の力ではびくともしない重さだった。
「あの~~……日下さん。。」
「あっ……ゆっ……雪宮さんもっ……ほっほらっ!! 押して押して!! ふんっ……よっ!!」
雪宮に協力を呼びかけつつ懸命に鉄の大扉を押していく京子。
「そうじゃなくって……こっちに呼び鈴あるんで……呼びましょうね」
『ピンポ~~ン!!』
『ずこ~~~~!!!』
思わず盛大にこける京子。
「さっ……さきに言ってよ!!」
「日下さんが先に押し始めたんじゃないですか~~? だめですよ~~、周りをよく観察しなくちゃ。勘違いや思い込みは
「……その痴って何ですか?? 部長もさっき言ってたけどなんかの専門用……」
京子が雪宮に"痴"という聞きなれない言葉を聞こうとしたその時、
「は~~い!!」
『ゴゴゴゴゴゴゴ………ゴ~~~~ン!!!』
「うぐっ!!!」
鈍い音が響いた。巨大な鉄の扉はなかなかのスピードで開き、そして京子の額にヒットした。その音はまさに除夜の鐘のようなゴ~~~~ンという音であった。
「いっ……つ、つつ……もう!! 何するんじゃあ!!」
京子が額を抑えながら目の前に視線を向けると大きな足が見えた。そのまま顔を上げるとやけに体格の良い胴、上裸。そして――、
「えっ、えっ……? ぎゃええええええ!!! う、う……うで……腕が、6本もある~~~~!!! 化物じゃ~~~!!!」
京子は絶叫した。腕が6本もある生き物。身近で言えばそんなものは昆虫くらいである。しかし今目の前にいるのはまさに人間。のような容姿をしたムキムキの上裸の男。
「何だね……急に。俺の容姿はそんなに珍しいかね? この姿、どこかで見たことないかね?」
上裸のムキムキの男にそう言われ、京子はその姿をじっくりと見る。
「ん~~~……んんっ!? あっ、仏像の!!」
そう、その容姿はまさに仏像。腕が6本の仏像が何仏像なのかは知らなかったが、その姿からは咄嗟に仏像という言葉が出て来た。
「そう、俺は
「こちらは日下京子さんです」
目の前にいる見知らぬ女を何と呼んだらいいか迷う亜修羅に京子を紹介する雪宮。
「おうっ、雪宮君か!! 久しいな、調査省の仕事はどうかね?」
「ご無沙汰しております~~。おかげさまでそれなりに楽しくやらせてもらってます~。で、今日はですね部長の代わりにこの日下さんの挨拶回りを担当しております。こちらの日下さんが今日から地平課長の後任として地獄課長になりましたので亜修羅さんにもご挨拶に伺いました」
雪宮の視線につられるように京子に目を向ける亜修羅。
「えっと……日下京子です。よ、ろしくお願い致します」
ムキムキ上裸男にぺこりと一礼する京子。
「なるほど、よろしくな地獄課長の日下君。う~~む……なかなか綺麗な眼をしているな」
亜修羅はそう言うとまじまじと京子の左眼を見始めた。
(うわっ……っ、ち、近いな)
「あ、あの……私の目、何か変ですか?」
亜修羅の圧視線にたじろぐ京子。
「え? あ~~すまんすまん! あまりにいい眼をしていると思ってな。いや~~、君のその眼は実に良き眼だな~~。きっと良い閻魔になれるだろうさ。いやぁ、これはまた章が大きく変わりそうな予感がするな~~はっはっは!!」
「は……はぁ。。」
「どれ、どうだね? せっかくだしここ修羅課の業務の見学をされていかれては?」
今までの課ではなかったような積極的な提案をしてくる亜修羅。
「えっ、えぇ~~と……」
とまどう京子。修羅課という言葉におもわず身体がこわばる。
(修羅……って何か聞いたことあるけどやばそうな気がするんだけど。いきなり
「あ~~、それはいいですね~~。日下さんはこの章に来たばかりだし、そもそも仏教のことも六道のことなんかも全くしらないですから、ここで少し見学していきましょう!」
「むっ!! 仏教のことくらい少しは知っとるわ!! あれじゃろ? 仏像とかお寺とか……なんまいだ~~……とか……あっ、あと七福神、とか?」
雪宮にそう言われ、京子は自身が知り得る仏教用語を口にしてみた。
「やっぱり良く分かってないみたいなのでお願いします。亜修羅課長!!」
「うむ、そのようだな」
肯定も否定もなく見学することを決定する亜修羅と雪宮。そう言うと亜修羅はあれほど重かった鉄の巨大扉を片手で支え、京子と雪宮を扉の中へと手招いた。
「あっ、ちょっと、だから知ってますってばぁ!」
扉を開け、さっさか歩き始めた2人を追って中へ入っていく。
♦ ♦ ♦
亜修羅に案内されて部屋の中を進む。相変わらず雪宮はふわりふわりと浮遊して付いて来る。もはや歩くふりすらせずにただた幽霊のようにふわふわと。
中を歩いている最中に京子は前を歩く亜修羅に尋ねる。
「あの……亜修羅課長。六道って何なんですか? 何となくは聞いたことがあるんですけど、私、よく知らなくて……」
先ほど知ったかぶった京子であったが、やはり仏教に詳しいわけではない。ここへ来てからずっと気になっていた六道という言葉について亜修羅へ尋ねる。
「ん~~? そうか。六道をしらぬか。だが、分からぬことを素直に聞けると言いのは実に良い。三毒のないけがれなき
亜修羅は歩きながら日下の方にゆっくりと首だけ振り向けた。尋ねた早々、聞きなれない言葉が増えた。
「六道とは簡単には迷いの世界だ。その中には天道、人間道、畜生道、修羅道、餓鬼道、地獄道の6つが存在している。生き物はその6つの世界を行ったり来たりして経験を積むのだ」
「んっと……じゃああの意地悪女がいた天国課が天道で、子どもがたくさんいた場所が人間道。さっきのパワハラ部署が畜生道で……ここが修羅道じゃな」
亜修羅に説明を受けて京子は指で1本、2本と折りながら説明を理解する。
「そうか。もう空谷課長、琴流課長、馬面課長のところには行っておったのだな。それにしても……空谷課長が意地悪女とは、な~~~は~~はっは!!」
大笑いする亜修羅。
「だ、だって!! あの女、皆の前であたしのこと中品下生だってばらしてバカにしたんですよ!? なんであんなのが課長何ですか!! ……しかも、一番良さそうな天国課の~~!!」
さきほどの出来事を思い出し、感情的に亜修羅に話す。
「まぁまぁ、そう怒ってはいかんいかん……ほら、到着したぞ」
そこには先ほどよりもさらに頑丈そうな硬そうな扉があった。その横側には内部が見えるような窓ガラスが付いている。そこから中を覗き込むとそこには想像を絶するような光景が広がっていた。
「キエエエエエエエエエ!!!!!」
「ウリャアアアアアアアア!!!!」
案内された扉の内側からは窓ガラス越しにも聞こえてくる。けたたましい叫び声が響き渡っていた。
「こ、これは一体……」
「キィィィリャアアアアアアアアアアアア!!!」
「ううっ。う、うるさい……」
耳をつんざくほどの奇声。京子はたまらず耳を
「ここは修羅の世界さ。俺たち修羅課はこの修羅たちの管理や観察を担当しているのさ」
「こ、これが……修羅課……?」
「いやぁ…いつ来ても修羅の皆さんは血気盛んですね~~…まさに終わることのない永久の戦いってやつですよね~~。本当にこわぁいなぁ」
雪宮が呑気にしゃべる横で京子はガラス窓に手をつき、中でうごめく者たちをじっくりと見る。
「あ……あれは」
そこには全身が血だらけの……
「な、何で頭が無いのに……動けるの!? うぐっ」
目の前では頭部のない浅黒い身体が走り出していた。そのあまりに不気味な光景に咄嗟に口元を覆い、目を背ける。
「あの修羅たちを構成しているのは
「
またもや聞きなれない難解な言葉に困惑する京子。
「通常の身体というのは
京子が直視を避けながら観察している横から話しかけてくる亜修羅。
「は……はぁ。。」
説明される言葉の用語をまったく理解できない京子であったが、何となく分かっているような感じで話を聞く。
「だが、彼らの身体は三毒……つまり貧、瞋、痴で成り立っている。三毒というのは思い込みの感情である痴からそれに囚われ怒りの感情の瞋を呼び起こし、自己さえよければそれで良いという貧の感情に囚われる。その三毒がある限り修羅は不死。つまり死ぬことがないのだ」
「し、死なないって……そんな……」
「だから頭の有無など関係ないのさ。俺はここで彼らを観察し、修羅の時が終わるのを待つのが仕事なのだ」
「修羅の時がおわるとき……」
そう説明を聞きながら京子が修羅の方に目を向けると、なおも無残な光景が広がっている。
刀を振りかざし腕を切り落とす修羅。それに応戦するように相手の首を切り落とす修羅。さらには真っ赤な目をして目から赤い液体を流しながら戦っているものまでいる。その目から流れ落ちる液体が血であるのか涙であるのかは判別は出来なかったが、その修羅の目からは何かがこぼれ落ちていた。
「……見てるだけなんですか?」
目の前の
「ああ。そうだとも。……俺にしてやれることは何もないからな。自分で考えるしかない。仏教とは、いや、生き方とはそういうものだ。どう生きたいのか、そのためにすべきことは何なのか……自分で考え、そして気が付く。それが重要なのだ」
亜修羅はあっさりと答えた。まるで罪悪感のかけらすら見せない程にあっさりと。
「どうしたらあの人たちはここから出られるんですか? …………可哀想じゃないですか!!」
その京子の問いに対し亜修羅は少しきょとんとした様子を見せ、その次に大笑い。
「な~~はっは!! そう思えるということは実に素晴らしいこと!! まさに貧、瞋、痴を克服したということだな…なっはっは~!! だが、油断は禁物!! 油断をすれば貧、瞋、痴はたちまち五蘊を支配して君という存在を変えてしまうからな! 実際、今、君は俺に対して少しむかついているだろう?」
「うっ!! ……あっと……そ、それは。こ、心を読んだんですか?」
「いや、今のは受だ。俺の受が君の
「そ……そうですか」
首をかしげる京子から窓ガラスの向こうの修羅たちに目を向けると亜修羅は再び喋り出す。
「彼らのことを可哀想に思うことは悪い事ではないが、物事をよく観察し、その行為の意図をよく考えることが重要だ。仏教の教えの大原則はあくまでも中道中道!! 勘違いや思い過ごしで突っ走りすぎるのは危険だぞ?」
「ぶ、仏教って。私は別にお坊さんでもなければ仏教徒でもないですし……。それに仏教って宗教でしょ……何か、あ、怪しい」
京子がそう答えると亜修羅は再び京子の方に目をやり、またまた大笑いした。
「なっはっは~~!!! 今度の地獄課長は宗教はお嫌いか~~!! 俺の知っているお方とよく似ている
「……な、何がおかしいんですか!? だって宗教って怪しいじゃないですか!! お金とか取られちゃうんでしょ!?」
仏教、宗教。変なもの、怪しいもの、怖いものと反論する。
「ははっ!! ……まぁ、確かに今の現の宗教は怪しいものも多い~~なぁ。……だが!! 仏教の本質は……生き方にある」
亜修羅は手で握りこぶしを作ると笑いながらも目を鋭くさせながら話す。
「い、生き方……ですか?」
「そうさ。生き物がどのように生き抜くか、あらゆる苦を与える三毒である貧、瞋、痴を克服し、より生きやすく自分らしく生きるためのものなのさ」
力説する亜修羅。手が6本あるため作った握りこぶし6本の腕がその力説の迫力を増す。
「……やっぱり、よく分かんないです。いきなりこんなとこに来て三毒とか
京子がそう言うと、亜修羅は今度は握っていたこぶしを開いて指差しのポーズに変え、6本の指で京子を指さした。
「そう!! それなのだ!!」
「えっ……ど、どれ??」
きょどる京子。
「君は自分のしたいことをしっかり見つけて自分で考えて行動しようとしている。やりたいことも分かっている。貧、瞋、痴に囚われずに自分をしっかりと持って現を生きた……まぁ結果的に死んでしまったからここにいるのだろうが……。いやぁやはり課長になれるだけのことはある。どうぞこれからよろしくお願い申すぞ!! 日下君!!」
「は、はぁ……よろしくお願いします」
「うむ!! こちらこそ。その君の持っている可哀想という他を思いやれる慈悲の心……それは当たり前に持てるものではない。ということだけは覚えておいてくれ…それはとても幸せなことなのだ。それさえ覚えていれば三毒だろうととんちんかんだろうと大した問題ではない。では俺は仕事があるので失礼するぞ!! な~~はっはっは!! 愉快愉快。楽しくなりそうだな~~!!」
『ゴゴゴゴゴゴゴ………ゴ~~~~ン!!!』
「あっ!! ちょ、ちょっと!!」
そう言うと亜修羅はけたけたと大きな声で笑いながら修羅たちのいる鉄の扉の向こう側へと消えていった。
「な、中に入ってだ、大丈夫なのかな?」
中を観察すると修羅たちはたちまち亜修羅のもとに集まり一斉に切りかかっていた。
「ああっ!! やっぱり! た、大変ですよ!! 雪宮さん!! あ、亜修羅課長が~~~~!!」
慌てる京子。たいして雪宮は冷静だった。
「ああ~~、大丈夫ですよ? いつものことなんで。まぁ、見ててくださいって」
「み、見ててって、ああっ! 亜修羅課長~~~!!!」
が、修羅たちの刃は亜修羅に傷一つつけることが出来ていない。そして次の瞬間――、
「甘~~~~い!!!」
亜修羅は6本の巨大な腕を回転させながらあっという間に修羅たちを蹴散らしてしまっていた。
「す、すごっ。あの腕って……あんな風に使えるんだ……」
感心と同時に安心した京子は雪宮と共に入口まで歩き出す。
♦ ♦ ♦
「ねぇ、あの課長……あたしのことバカにしてたんですかね……何かずっとけたけた笑ってたし……」
先ほどの亜修羅の態度が腑に落ちない京子は雪宮に尋ねる。
「いえいえ、褒められたんですよ。素直に受け取りましょう。その勘繰りは痴をうむ考え方です。素直な心で褒められたと日下さんが受け止められたら日下さんは幸せじゃないですか?」
「ま…まぁ、そうなんですけど……」
「日下さんの心も現にいる間に随分とすすこけちゃったんですね……」
「だ~~れの心がすすこけとるんじゃ!!」
可哀想と感じただけでここまで褒められる。それが京子にはどうにも引っかかった。他を思い可哀想という感情を抱くのは多くの人は誰しも持っている感情だと思っていたから。
「亜修羅課長も言っていたように日下さんのその慈悲の心……それって言うのは当たり前に持っているようなものじゃないってことです。そしてこれを持ってるってことはとても幸せなことなんですよ~~」
「幸せ……ねぇ。。」
「少なくともあそこにいた修羅たちにはない心なわけです……。人で持ってない人すらいるわけですからね。ふぅ……さっ、行きましょうかね」
そう口にした雪宮の顔はいつものようなへらへらとした元気な顔ではなくどこか悲しそうに見えた。
(あの人たち……大丈夫かなぁ。あ。……人っていうか……修羅……なのか)
修羅。それは自己の存在が不確立であり、貧、瞋、痴に囚われた存在。その輪を打ち砕かぬ限り、永久に続く戦いの日々……。そんな永遠にも感じられるような終わりなき戦いに後ろ髪を引かれつつ、京子は修羅課をあとにするのであった。
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