第8話 つくって演じてガガガガガ~!! 畜生課員は大忙し - 1



 天空省 30階。続いて階段を下りた先にあったのは畜生課である。



「ここでは人間以外のすべての生物を担当する部署です」



 畜生課の部屋の前に着くと雪宮が京子に説明する。



「に、人間以外の全部って??」

「全部は全部です。犬や猫に鳥に魚、植物に微生物……あとは菌類も。生物に該当する人間以外のものはここが担当してるんですよ。まぁ、全部って言っても日本に生息してるものだけに限ってますけどね。全部の生物なんてやってたら1万人の職員じゃ足りないですからね~~あははっ。……まぁでも、章も適任者が不足してるんですよね~~」

「い……1万人!? そんなにたくさんいるんですか!?」



 なんと、人間以外の日本に生息している植物や動物はすべてこの畜生課が担当しているらしい。それにしても職員の数が1万人もいるとは、天国課の100倍の数だ。人間以外のすべての生物。どんな仕事をしているのか。京子の心の興味が増していく。



「入ってみても大丈夫ですか?」



 京子が天海山の方を見てそう言うと天海山は先に昇章雲に乗って部屋に入っていく。しばらくして戻って来ると雪宮と京子に向かって部屋に招き入れるように手を動かした。



「入って大丈夫みたいです。でも、今は畜生課の課長は不在みたいですね」



 天海山は無言であったが念を使って話していたようで、雪宮には畜生課の課長が不在であることが分かっていた。






 ♦  ♦  ♦






『かりかり……かりかり……』



 部屋の中では大量の人々が黙々と机に向かって何か作業をしていた。恐ろしいほどに静まり返っているその部屋には人々が何かを削っているような音が響いているだけであった。



(あれは……彫刻刀かな?)



 京子が背後から覗いてみるとそこには可愛い木彫りの猫がいた。



「あっ、猫だ」



 可愛い猫の木彫りの姿に思わず声が出た。彫刻刀のような物で削っているのは木で出来た猫であった。



『がりっ!!』



 その瞬間、猫の耳の部分がぼろっと分離して机に落ちた。



「あ~~~~~~!!! ちょっと、何なんですか~~!? 急に声をかけるから耳とれちゃったじゃないですか!? あ~~あ、……また最初から削り直しだよ、とほほ……」

「ご、ごめんなさい!!」



 京子は慌てて後ろにさがりその耳のとれた猫を握りしめている人物に頭をさげた。



「だめですよ、日下さん。職人さんたちの仕事の邪魔しちゃ。ここは生物のベースになる大元の型を作る部屋なんですから」

「型を作る部屋??」

「生き物の大まかな型はここで作ってるんです」

「そ、そうなんですか!?」



 他にも犬や鳥。蛙や蟻のような小さい生物も作られていた。



「どもども~~、この人ここに来るの初めてなもんですみませんね~~。課長もいないみたいなんで失礼致しますね~~」



 雪宮がそう告げると職人は再び新しい木材を手にとり、黙々と彫刻刀で削り始めた。その他の職人に関しては京子や雪宮の存在を無視しているのか作業に集中しているのかのどちらかは分からなかったが、無反応であった。



 さらに奥に目を向けると顕微鏡のようなものを覗き込みながら手元をゆっくりとゆっくりと動している人がいた。おそらく小さな生物。ミジンコやミトコンドリア、あるいはもっと小さい生物を作っているのかもしれない。



「ささっ、邪魔にならないうちに先に進みましょう。畜生課は他にも色んな部署がありますから、課長はいないけどせっかくここまで登って来たんだし色々見てまわっていきましょう」

「あ。……はい」



 日本に生息しているすべての生き物がここで作られていたとは驚きであった。恐ろしいほどに静まり返ったその部屋からさらに下に階段を下りていく。






 ♦  ♦  ♦






 25階。今度は先ほどとは打って変わって部屋の中が何やら騒がしい。



「……今度はやけににぎやかですね」



 京子は部屋に入ったつもりだったが、妙なことにそこは建物の外のような景色が広がっていた。というのもそこには川のように流れる水や生い茂る木々、床一面は草や花で覆われていたからである。



「あれ? ここ屋外ですか?」

「いえいえここも天空省の中ですよ。畜生課はあらゆる生物が生存競争で絶命津しないように適切なバランスを取ることも役目なんです。ここではそのための実験をしてるんですよ。訓練場のような場所ですね」



 雪宮からそう説明されてあたりを見渡してみると人々が川の中に潜っていたり、草の上にうつぶせになって何かを観察している。さらには穴を掘って中を入念に調べているような人までいる。



「あれは一体……」

「あれは出来上がった生物が現でしっかりと生存できるように訓練しているんです。せっかく作ってもすぐに他の生物や人間にやられちゃったりしないようにですね。そうやって試行錯誤を重ねて生物の弱点があればそれを上の階にフィードバックして生物に反映させるんですよ。そのための演劇なんかもここではやってるんですよ~」

「え、演劇……って??」



 京子が不思議そうに説明を聞いていると遠くの方から何やら声が聞こえて来た。





『ドドドドドドドドドド!!』





「早く早く!! 急がないと始まっちゃうよ!!」

「ま、待ってったら!!」

「おい、急がないとまた係長に怒られるぞ!!」

 遠くから聞こえて来た声はあっという間に京子たちのもとへ到着し、さらに先へ先へと進んでゆく。

「わ、わわっ!! ちょ、ちょっと~~!!」

「あ~~れ~~、何で私まで~~」



 大量の人の流れに飲み込まれどんどんと先へと連れて行かれる京子と雪宮。天海山は1人だけちゃっかりと昇章雲で浮かび上がりその波を回避した。





『ドドドドドドドドドド!!!』






 ♦  ♦  ♦






 あれよあれよと流れに流され辿り着いたのはだだっ広い草や川が流れている中にポツンとあった建物の前。そえは何やら演劇を行う劇場のような建物であった。その中にどんどんと流されて吸い込まれてしまった京子と雪宮。



 すると先ほどの人々が建物の中にある椅子に座り整列している。京子と雪宮もその中に紛れて整列する。



「一体、何が始まるんですか??」

「まぁ、せっかく来たことですし、見ていきましょうか。もうすぐ始まるみたいですし……っあ、来ましたよ」



 京子の質問に対し雪宮はそう答えて前を見た。雪宮の視線の先に京子も目を向けると一人の男が現れた。周囲の人々は静まり返っている。その状況からも緊張感のある空気がひしひし伝わって来た。



「ええ、そ~~れ~~で~~は~~今から予定していた演目を開始する~~~!!! 今日の演目は~~~~こ~~れ~~だ~~~!!!」



『題目:ミミズとトリ』

 男は持っている紙を広げるとそう書かれていた。

 


「そ~~れ~~で~~は~~~~……っあ、お楽しみください」



 男がそう言うと、周囲が暗くなり目の前の暗幕が左右に開き始めた。



『ブ~~~~~~~!』

 ブザーの音と共に舞台上には2つの影が見えた。



「……私はミミズ、小さいミミズ。。」



 声の方を見ると舞台上に何やら大きな茶色っぽい布をまとった人が床に伏せてくねくねと動いている。



「ピヨ……ぴよぴよ……」



 すると、その物体の近くに今度はもう1つの何かが近づいてくる。それは両手に黄色い鳥の羽のようなものと口に同じく黄色いくちばしのような形状の小道具を付けて両手を後ろで組んで小刻みにはねている人であった。



 その様子はまるで幼稚園で見るようなお遊戯会ゆうぎかいであった。



「あっ、と、鳥さんだ。……食べられちゃう。に、逃げなくちゃ!!」



 そう言うと地面をはう茶色の布をまとった人間は先ほどのように再びくねくねと動き出した。しばらく続くそのくねくねとした動き。しかし、その布をまとった人はまったく移動しない。



「ぱくっ」

「きゃあ~~~~!!」



 



 その後しばらくの間、舞台の上は静寂に包まれた。観覧側の席からも物音1つ聞こえない。完全な静寂。






 ♦  ♦  ♦






 何とも言えない静寂の後、2人の演者がすくっと立ち上がり――、



「おしまいっ!!」



 と、声を揃えてそう口にした。すると暗幕が観客席と舞台の隔絶かくぜつを始めた。その時、京子は気が付いた。演者の目がおびえていることに。何を恐れているのか。



「な、なんかあの演者の人たち……怯えてません?」

「しっ、静かにしといたほうがいいですよ」



 京子は雪宮の方に目を向けると雪宮の隣の人物、さらにはその隣の人物も目の前の舞台上の演者たちと同様の目をしている。何かを……とても恐れているような目を。



 その理由が分からぬまま舞台上の暗幕が舞台と観覧席を仕切った。――――と、その瞬間、



「ばっきゃろう!!! 何度言ったら理解するんですか? てめぇは?? ああ!? 今まさに鳥に食われそうになってる、命の危機にあるミミズさんが~~~……そんな動きすると思ってんのか~~てめぇは!!!」




『ごすっ!!!』




 鈍い音が暗幕の向こう側から聞こえて来た。京子は今どきうつつでも見たことのないようなえげつないパワハラ――、暴行事件を目の当たりにした。正確に現場を目撃したわけではないが、恐らくは殴られた音であると推察された。



「どうだ?? ミミズさんになった気持ちは? 何もないだだっ広い砂利の上でただただ食べられるのを待つだけの気持ちは?」

「うっ、ううっ……ミミズさんは。こ、こんなにつらい思いをしていたんですね。わ、私もうちょっと頑張ってみます。……よしっ、明日からまたミミズさんが現で生き残れるようによく観察します!!」

「よし。それでいい」



 再び開かれる暗幕。そこには今度は男が1人だけで立っていた。先ほどの寸劇の開始の合図をした人物であった。



「な、何だったんですか? 今のは……」

「ま~~、いつものことなんで」



 目の前に現れた男は屈強な体格の人物であった。ビビる京子に対して雪宮は隣でへらへらとしている。しばらく固まっていると男はこちらに視線を向けてくる。気が付くと周囲にいた観客たちはそそくさと会場をあとにし始めている。取り残された京子。



 徐々に屈強な男との距離が縮まっていく。



「ややっ、雪宮君ではないか!! 何か用事かね? ん?? そちらのお方は……お見かけしないお顔ですな??」



 男はそう言って京子の方を見た。



「この人は新しく赴任してきた地獄課の課長の日下京子さんです。 何とこの方は章ではなく現からいきなり地獄課の課長に昇進した珍しい経歴の方なんです!!」



 雪宮が男に対し少し自慢げに話すと男は少し驚いたように応えた。



「ややっ、な、なんと!」

「ひ……日下きょ、京子と申します。よ、よろしくお願いいたします」

「どうりでお見かけしたことのないはずですな!! 私はこの畜生課の演目部を担当する、ま~~さ~~か~~り~~~~~っあ!! 銀十郎ぎんじゅうろうです……以後いごお見知りおきを」

「は、はい……」

「ここでは生物の生存競争のバランスをとるのを任されている係長をしております。先ほどは少々お見苦しい場面をお見せいたしましたがこれも現にて我々が作った生物がすぐにこちらに戻ってこないようにするため……」



 自分の暴力行為を正当化するまさかり



「あっ、はい……よろしくお――」

「銀は金よりも良し~~~~~!!!」

「わわっ!! ………えっ、な、何ですか!? 急に」



 突然の大声に再びビビる京子。



「はいはいっ、銀は金よりも良し~~!! ですね~~。良き良き。仕事に熱くて時々ああやって手が出ちゃうんですけどね。悪い人ではないですから怖がらなくて大丈夫ですよ」

「そ、そうですか?」



 そう言われ、京子は雪宮にぴたりと寄せていた身体を離す。



「今日は馬面うまつら課長はいないんですか?」



 今の謎の掛け声を適当に流す雪宮。



「ええっ、課長は来期の生物の生産数の決定のため転生省との会議に出席中ですな」

「そうですか~~。じゃあ、私たちもこれで今日は失礼します」



 雪宮は先ほどのような光景を目の当たりにしても呑気にぺらぺらと会話している。きっといつものことなのだろう。



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