第7話 人間課課長は事なかれ主義?



「まったく……何なんじゃ!! あの女は!? 失礼すぎるじゃろ。性格も最悪じゃ!! あ、あのキラキラしたお兄さん、お姉さんも同じくとんだ性悪しょうわるじゃ!!」



 怒りのあまり無意識についつい方言が出る京子。怒りや喜びなど感情が高ぶった時にはついつい上京して随分と時間がたっても直らない。



「まぁまぁ、そんなに怒んないでくださいって……天国課っていうのは各省のどこよりも最上位の憧れの課なんですから、定員だって約100名……他の天空省も優秀な人材は多いですけど中でも天国課に行くには最低でも中品上生。本当に優秀な者しか行けないんですから」

「ん!! そうなんですか? じゃ、じゃああたしが地獄課長になったのもやっぱりゆうしゅ――」

「いえ、違いますね。地獄課は不人気部署なんで……」

「な!! そ、そんなストレートに言わなくても」



 天国課が憧れの存在でも地獄課はそうでもないらしい。当然と言えば当然の結果である。人は誰しも死んだら天国に行きたいに決まっている。その職務を全うする側であってもそれは同様で誰もあんな暗い地下にあるじめりとした部屋で仕事をするようりもあんなオシャレな職場でキラキラと輝いて仕事をした方が楽しいだろう。その気持ちは京子も例外ではなかった。



 キラキラわいわいと賑やかな声が聞こえなくなってひたすら階段を下ること約30分。人間課のある50階にやっと到着した。






 ♦  ♦  ♦






「あれ……部長はどこに?」



 京子が雪宮とともに天国課から人間課に来るまでの間に天海山がいなくなっていることにやっと気が付いた。階段を下りている間に談笑の1つでもあれば存在の有無に気が付いただろうが、 "念" によって雪宮を介して意思疎通をしていたため、いなくなっていることに気が付かなかった。



 人間課と書かれている階に到着し、中央の吹き抜けになっている場所を見上げていると天海山が上から雲のようなものに座って下りてきた。



「あっ、こ、これは一体……」

「あれは昇章雲しょうしょううんですよ」

「しょ……昇章雲しょうしょううん??」



 京子が天海山の乗っている雲を不思議そうに見つめていると雪宮がそう答えた。



「そうです。徳をたくさん積んだ者に渡されるものなんです。いわゆるご褒美ってやつですね」

「へ、へぇ……」



 昇章雲。羨ましい。あの雲があればこの建物中央の吹き抜けを利用して天海山のように階段を使わずに自由に移動ができるかもしれない。すでに乳酸が溜まりきったように重い両脚で京子はひらめいた。足を止めている今、ようやく頭に考えるための酸素が回っているような気がした。



 と、京子の心を読んだのだろうか。天海山が京子に向かってくいくいと手招きする。

 


「えっ、乗ってもいいんですか?」



 天海山の乗っているぷかぷかと浮かんでいる雲。小さい頃に本やアニメの世界で見たことのある空飛ぶ雲。それが自分の目の前にあるのだ、わくわくしないはずはない。



(よしっ、せっかくだし……乗ってみよう)

「え~~い!!」



 いきよい良く、昇章雲に向かってジャンプする。



「え!? ちょ、ちょっと日下さん!?」



『すかっ』



「………あれ?」



 ところが、京子の身体は着地するはずの昇章雲をすり抜けた。そこは吹き抜け……。下を見ると先ほど上って来る時に見た1階の床が見えた。その高さ約750m。東京タワーの2倍以上の高さだ。




「きょえぇえええ~~~~~!!!」

「あっ、ひ……日下さん!!」



 猛スピードで建物中央を落下していく京子を慌てて助けようと雪宮が京子の後に続いた。雪宮はなんとか京子の手を掴むとすぐに近くの床に着地した。雪宮の能力である浮遊のおかげである。



「はぁ……はぁ……はぁ……こ、怖かった」

「も~、勝手な行動しないでくださいって。びっくりしたじゃないですか~~。昇章雲は上品のランクにならないと乗れないんですから」



 雪宮に助けられ近くの床に両手をついて膝まづく京子。もう少しで床に激突する恐怖から生還したものの息は絶え絶えである。その姿たるや何と無様なことか。

 そんな無様な格好の京子に真横から辛辣しんらつな言葉が投げられる。



「これが私のやり方だ。初めにしっかりと怖い思いをさせる。ここでは自分を高める努力をしない者は多くの能力も得られないし、いつまでも苦労をすることになるぞ~~。悔しかったら日下さんも貪欲に精進して早く上品になりなさい……わ~~はっはっはっは」

「な、なんじゃと!?」



 あまりの挑発に京子は思わず上を見上げ、近くにいた雪宮を睨みつける。その目は恐怖と怒りの涙が蓄えられていた。



「あ、あたしが言ったんじゃないです。ぶ、部長の声を代弁してあげただけです」

「あっ……」



 雪宮にそう言われ再び建物中央の吹き抜けに目を向けると天海山が昇章雲に乗ってゆっくりと上から降りてきた。なるほど、この部長格好からしてなかなかの人格者かと思っていたが、そうでもないらしい。赴任あいさつそうそうに部下を罠にはめて一気に下まで落とそうとするなんて……。



「あっ、でもここはいわゆるあの世なんで死ぬっていう概念はないですよ。

まぁ、しき……身体はバラバラになると思いますけど」



 さりげなく部長をフォローする雪宮。



「身体がバラバラになったらダメでしょ!! まったく……」



 余計なことをしたことで15階付近まで一気に落ちた京子。再び階段を上り50階まで戻って来た。15階なら修羅課の方が近かったが、どうせまた人間課の50階まで戻るのなら順番通り行こうと考え、黙って50階まで上り続けた。






 ♦  ♦  ♦






「ここが人間課です」

「……はぁ………はぁ………はぁ……」



 再び息絶え絶えの京子。少し浮遊して上るフリをしていた雪宮と昇章雲に乗って中央の吹き抜けからエレベーターのようにすいっと上がって来た天海山はのんきなものである。部屋に入るとなにやら賑やかな声が聞こえて来た。



「先生~~これ取って~~!!」

「先生~~今日のおやつ何~~??」

「は~~い、今日のおやつは桜餅ですよ~~」

「わ~~!!」



 そこはまるで幼稚園のような場所であった。小さな子供たちがあたりを縦横無尽に走り回ったり大声ではしゃいだりしていた。その小さな幼稚園程度の子供たちの中心には1人の大人が子供たちに囲まれていた。



 先ほどの天国課の様子とは異なり、机や椅子がものすごく小さかった。それはまるで幼稚園生が使うような小さな机や椅子である。視線の先では子供たちに囲まれた1人の人物が桜餅を1つずつ手渡している。



「わ~~~!!」

「あっ、そ…そんなに走っちゃだめですよ」



 桜餅をもらって喜びのあまり縦横無尽に駆けずり回る子どもたちの後ろを追いかけている1人の女。女はこちらに気が付くとにっこりとしながら近づいて来た。



「部長お疲れ様です。今日は何かご用でこちらにいらしたんですか?」



 そう言って女は天海山の方に寄って来た。無言の天海山。しばらくすると女は京子の方を向いてにっこり微笑みかけて来た。



「あっ、あなたが地平課長の後任の地獄課課長の日下さんですか。どんな方かなって思っていたんですけど女性の方だったんですね~」



 天海山が何も話していないのにその女は京子の名前を知り得ていた。そのことからもこの女が自分よりも上位ランクである念の使用が可能な中品中生以上であることを京子は理解した。服装は先ほどの性悪女や京子のような和風の服装ではなくオレンジ色の上着に青いジーンズのような物を穿いていた。どこか現代風の格好である。



「こちらが人間課課長の琴流ことながれなぎさんです」



 念によって目の前のその女の名前を知るすべのない京子にはまたしても雪宮が通訳として紹介をしてくれた。



「あっ、あなたが……は、初めまして。今日からこの天空省の地獄課のか、課長をすることになった、ひ、日下京子です。よろしくお願いいたします」

琴流ことながれなぎです。よろしくお願いしますね、日下さん!」



 京子が緊張気味に挨拶をすると琴流はにっこりとした笑顔で挨拶を返してくれた。琴流がそうして京子に挨拶している間も子供たちは琴流の足の間を通り抜けたり、背中に乗って髪を引っ張ったり、服を引っ張ったりしていた。



「わ~~~ん、あたしの桜餅~~~~!!!」



 すると琴流のそばにいた一人の女の子が泣き出してしまった。

 見ると近くにいる男の子が両手に桜餅を持って両手の桜餅を交互に口に運んでいるのが見えた。おそらくその内の1つは女の子からとったものだろう。



「こ、こらっ!! 何してるのっ!!」

「や、やめてください!! 子供たちにそんな言い方し……しないでください」



 慌てて男の子に注意して女の子の柏餅を取り返してあげようと動いた京子の前に割って入る琴流。



「え? で……でも、悪い事をしたらしっかり怒らないと」

「わ、私には私のやり方があるんです。だ、だから余計なことしないで……ください!!」



 語気を強めて京子に詰め寄る。その迫力に京子はおもわずたじろいでしまった。



「は~~い、新しい桜餅だよ~~もう泣かないでね~~」



 そう言って琴流は泣きじゃくる女の子に新しい桜餅を渡す。先ほどまでの和やかな雰囲気が一転、どこか重苦しい空気が空間を支配する。



「じゃ、じゃあおやつも食べたし……つ、次はお勉強しよっか」

「え~~、やだ~~~!!」

「お勉強いや~~~~!!!」

「あっ…えっと……じゃ、じゃあ次はお、お勉強はやめて…………お、お昼寝しよっか?」

「「は~~い!!」」



 子どもたちのわがままに従いっぱなしの琴流。それはどこか今の日本の行く末を象徴しているかのような光景に京子にはみえた。



(甘やかしすぎじゃろ、まったく……)



 結局、そのまま挨拶のみで部屋をあとにしてしまった。






 ♦  ♦  ♦






「あんなに甘やかして大丈夫なんですか?」



 納得のいっていない京子。あんなに甘やかしていてはきっと将来ろくな大人になれるはずがない。隣の雪宮に愚痴る。



「知りませ~~ん、人間課の教育方針は人間課課長の権限なので。でも、琴流課長が課長になってから現の人間もちょっと変わったような気がしますね~~。何か自分勝手な人間が増えたって言うか。自分のことしか考えられない人間が増えちゃった気がしますね。あたしも地獄行きを伝える度になんで自分が地獄行きなんだって…何度詰め寄られたことか……はぁ……」



 そう言うと雪宮はため息をついた。



「ここには答えなんてないんですよ。みんながそれぞれ考えてしたい信念を信じて貫く……それがあかしなんです。うざったい外野ががやがやいちゃもん付けて正義面してるうつつとは違うんです。ささっ、次は畜生課ですよ~~」



 さらっと毒づく。



(確かにあたしがいた場所では周りの意見に流されてがんじがらめになって苦しくなったり悲しんだりしたこともあったなぁ……。それに比べたらここはいい場所なのかもしれない)


 

 廊下からまだわずかに見えている琴流と子供たちを横目に見ながら京子と雪宮は次の畜生課へ向かうため階段を下って行くのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る