第3話 極楽極楽♪ 安寧の章土を目指して

 


 ここは地獄。と、思われる場所。

 日々の仕事での激務によって過労死してしまった京子は地平から閻魔の役職を引継ぐこととなった。しかし、そこは京子が想像していたような地獄ではなく、罪人たちが罪を償うことなく腐敗しきった場所であった。

 うつつで自分らしく生きることが出来ずに死んでしまった京子はここあかしなる地で己の役職を全うすべくここを真の地獄にすることを心に誓うのであった。



(見てなさい……あたしがここを罪人がしっかり苦しんで罪を償える地獄に変えて見せるんだから!! ふふっ、ふふふふふ♪)

「おいっ…何をぶつぶつ言ってんだ……」



『どかっ!!』



「いたっ!!」



 京子が一人で決心していると地平は京子の背中に蹴りを入れて来た。



「ちょっ!! な……何するんですか~~!!」

「何勝手にぶつぶつ喋ってんだ……。言っとくけどあんま余計なことすんじゃねぇぞ?」

「……え??」

「地獄って言っても昔のように厳しく罰するっつ~のはしねぇようにってこと……ほらっ……あんまりしっかりやると収容できる罪人の人数も限られてるし、なるべく早く済ませて次の転生をするようにしねぇといけねぇし……」

「な、何でですか!? 悪いことした人たちをそのままにしちゃったらまた同じことを繰り返しちゃうんじゃないんですか!?」

「…………それじゃ、行くか」



 京子の問いかけを無視するかのような素振りをする地平。



「え?? む、無視? それに……い、行くって。どこにですか??」



 京子は恐る恐る地平に尋ねる。辺り一面には何もない荒れた大地だけがひたすらに続く大地から一体どこに連れて行かれるというのか。



「んっ……」

「あっ。ば、バイク」



 地平に見ている先に目を向けると視線の先にはバイクが用意されていた。



「ここは途方もなく広いからな、歩いて移動するにはバイクくらい使わねぇとしょうがねぇのさ。さぁ、後ろに乗んな」

「ふ~~ん、そうなんですか」

(バイクまであるなんて。どこのメーカーのだろう?)



『ブォオオオオン!! ブロロロロロッ!!』



 京子は地平の後ろのスペースに乗り、バイクは音を立てて荒れた地を進んでゆく。






 ♦  ♦  ♦






「……ほらっ、見えてきたぞ」

「うわぁ……何あれ」



 京子が地平の運転するバイクに乗って30分ほど。先ほどまであれほど何もないひたすら荒れた大地が続いていた目の前に何か大きな物が見えてきた。



「……あれが職場だから」

「えっ!? あんな大きい建物が!?」



 目も前に現れたのは巨大な建造物。おそらくは建物であった。どうやら目の前の建物が目的地がらしい。その目的地まで30分近くかけて到着したことからもここが相当な広さであることがうかがうことが出来た。

 さらに目の前の建物は高さ100m以上はあるであろう立派な建物であった。しかもその建造物は横幅にも100mほどの長さはあるであろう巨大な建物。



「あれは天空省……まぁ、六道のそれぞれを担当するための省ってとこかな……。ここはその内の地獄課の1つの階だから」



 バイクを走らせながら地平は京子に目の前の建造物を説明する。



「……六道??」

「ん?? ……知らねぇのか? ったく……本当に何でこんな奴が俺の後任なんだよ…。いいか? 六道っていうのは輪廻の輪のそれぞれの道のことさ。あらゆる者はその六の世界のどこかに振り分けられるんだ。それを管理したり教育するのがここ天空省なんだよ」



 六道……それは人は死んだ後に6つある世界のいずれかに転生するという概念である。



「へぇ~~……じゃあ地平さんの他にも働いてる方がいらっしゃるんですか?」

「ああ…ここ天空省はすべての省で一番人数が多いからな。俺の他にもそれぞれの課に課長がいてそれぞれ業務してるからな。上から天国てんごく課、人間にんげん課、畜生ちくしょう課、修羅しゅら課、餓鬼がき課……んで……一番下の階が地獄じごく課だ」

「ほ、他にも色々な省があるんですか?」



 京子は間の前にそびえる立派な建物を見て少し心を躍らせながら周囲をキョロキョロと見渡しながら地平に質問した。



「ああ、他にもあるぜ。あとは普通に章で暮らしている一般の人間もいる……一応動物もな」

「えっ!! 人間以外にもいるんですか!?」



 会話に夢中になっているとバイクはそのまま扉の無い建物の中へ突っ込んでゆく。


 




 ♦  ♦  ♦






 建物内でバイクを止め、2人はバイクから降りた。バイクから降りると地平は京子を建物のさらに奥へと案内する。その道中も先ほどまでの会話を続ける。



「ああ……いるぜ? ここにたどり着いた奴等はここで生活をしながら章土しょうどを目指すのさ」

「しょ……章土しょうど??」



 またまた聞き覚えのない言葉に京子は困惑した。



「ここは地上の日本国とその上の極楽章土ごくらくしょうどである日章国にっしょうこくの間にある世界なんだよ」

「ご……極楽章土ごくらくしょうど?? ……それに…にっ…日章国にっしょうこくって…??」

「ここ章は六道の輪から抜け出た四聖ししょうの内の声聞しょうもん縁覚えんがく菩薩ぼさつが集まる地。六道から抜け出た五蘊ごうん……っつっても分からんか……魂はここで声聞しょうもんとして暮らしていくのさ」

「声聞……ですか」

「そうだ。ここで声聞として現のために働くのさ。声聞から縁覚、菩薩と昇道して行って最終的に如来にょらいとなれば、極楽の地である章土しょうど……つまりは日章国にっしょうこくへ入ることが出来るのさ」



 聞いたことがある。仏教の世界では極楽浄土というものがあるということを。ということは地平のいう章土というのはどうやら浄土のようなものらしい。



「遥か昔に日本で死んだ奴らがその浄土を参考にして創り上げられた地。それが極楽の地である日章国にっしょうこく……通称、章土しょうどだ。ここでは章土に行くためにみんなが暮らしている地なのさ」

「ふ~~ん、そうなんですか」



 そんな話をしながら地平の後をついていくと現世……ここでは現と言われている場所と変わらないような部屋についた。通常のオフィスのように並んだ机。その机を見渡せるように並んでいる大きめの机。典型的な職場の形状だ。






 ♦  ♦  ♦






「ん~~……これが閻魔様の正装かぁ……」



 地平に案内されて引継ぎの机や書類を受け取った中に閻魔としての仕事を行うための衣装が入っていた。その衣装は地平が今着ているのと同じ真っ赤な和服とドクロの面、大鎌の三つであった。



「なかなか様になってるじゃねぇか」

「あ、ありがとうございます。……あれ? ……そう言えば、あの閻魔様が持ってる棒は? 棒はないんですか?」



 京子は絵本なんかでよく見ていた。鬼のような形相の閻魔大王が持っている棒のようなものがどこにあるのか尋ねた。



「ん? ああ、もしかしてしゃくのことか? 笏ならねぇぜ? 閻魔は裁判官じゃねぇからな」

「え!? だって、本なんかでは『お前は天国行き~~!! お前は地獄行き~~!!』ってしてるイメージが……あるんですけど」

「それは現でのイメージだろ。ここではしっかりと権限が分割されてんのさ。まぁ、三権分立ってやつだな」

「さ、三権分立」

「そ、ここでのルールを章会しょうかいっていう議会で決めて、それを執り行うのが天空省、転生省、分配省なんかだ。天国行きや地獄行きを決定する権限は調査省の管轄だな」

「へ、へぇ」



 驚いた。あの世にも色々とルールがあってしっかりと権力が暴走しないように統制されていることに。と同時にそれは京子の真の地獄を作るという野望を砕くものでもあった。



「はぁ~~……じゃああんまりあたしには権限はないんですね……」

「まぁ、そんなに気を落とすなよ。地獄をどんな風にするかや罪人の地獄での裁き方の権限は閻魔に一任されてるんだからよ」

「え!! そうなんですか!? じゃあ、あたしが地獄の裁量は決められるんですね?」

「あ、ああ。まぁ一応地獄法に明記されている八大地獄はちだいじごくにそれぞれの罪を考慮して送ることになってるんだが、最近はその八大地獄はずっと閉じられたままなんだ」

「は……八大地獄?」

(また知らない言葉がどんどんと……)



 地平も話では地獄の罪人たちの処遇は閻魔に一任されているらしい。が、地平は何故か浮かない顔をしている。



「まぁ、詳しいことは机の六法全書の地獄法の場所を読んでくれ。じゃあ、俺は次の職場にいくわ」



 京子に一通り引継ぎの説明をし終えると地平はそそくさと逃げるように背を向けた。



「あっ、待ってください!! ……最後に一つだけ……もう一回だけ聞かせてください」

「……何だよ?」

「………地平さんは……地獄がこういう場所でいいと思ってるんですが? 罪を犯した人達が正しく罪を償わないでまた次の転生をするっていうことを……」

「………………」 



 どうしても聞きたかった。罪人を……悪事を働いた人間が何の罰も受けないでいることを地平は本当に何とも思っていないのかを。



「正しいとは……思ってねぇよ。でも、今の地獄の設備じゃそうでもしねぇと適切に輪廻を巡らせることは出来ねぇんだよ。それぐらい罪人が多いんだ……しょうがねぇんだよ」

「………でも、やっぱりこのままじゃいけないと思います」



 京子の言葉に何も返さない地平。京子は言葉を続ける。



「現世では……あたしが暮らしてた現では平和に暮らしているだけの人たちが突然傷つけられたり、命を奪われたりして。大事な人が簡単にいなくなっちゃうような場所なんです。それでも罪を犯した人達はたいした罪にもならないでまた平然と転生する。正直言って……思っていた地獄とはかけ離れ過ぎれる」

「………………」

「……それでも、悪い事。罪を犯した人は閻魔様に裁かれて地獄で罰せられているって、そう思っていたのに……。なのに、こんなただ業務をこなすためだけに慣習のように罰することは……間違ってると思います」



 死ぬ前の京子なら地平と同じように思ったかもしれない。「しょうがない」と。

 自分が何かを言ったところで何も変わらないし、変えられない。でも、もう後悔なんてしたくない。後悔は死ぬ前に死ぬほどしてきた。死んでからも後悔なんてしたくない。今の京子にはそんな思いがあった。そしてそれは地平の心も動かした。背を向けていた地平は京子の方を再び振り向く。



「確かにそうだな……今の地獄は腐りきっている。そして俺もその腐った地獄を作り上げることに手を貸しちまった……まったく現から来たばかりの奴に気が付かされるなんてな。……でも、お前ならできるかも知れないな。地獄の業火ごうかを灯してこんな地獄を変えられる地獄の門を開門されることが」

「地獄の業火?」

「ああ、罪人の罪を裁くために必要な業火さ。八熱地獄はちねつじごく八寒地獄はちかんじごくのある地獄の門を開門させるために必要な物なんだ。もっとも最近は俺も含めて地獄の業火を灯せずに門を開門することができねぇでいるけどな。その地獄を復活させることが出来れば多くの罪を正しく裁いて次の転生をしっかりと出来るんだろうけどな」

「そ、その業火は一体どこにあるんですか!?」



 地獄の業火。それがあればきっと理想の地獄を作ることが出来る。何としてでも手に入れたい代物だ。



「地獄の業火は閻魔の役職になった奴の瞳が灯すことが出来るんだ。ほらっ、俺の左眼……右眼と違うだろ?」



 地平はそう言うと自分の顔を京子に近づけて両眼を見開いた。その両眼を見て見ると右眼は京子と同じような日本人によくある茶色も眼であったが、左眼は瞳が赤くその中の瞳孔はどこか人とは異なるするどい縦長の形状をしている。長く見つめているとどこか恐怖のような感情を覚えるような瞳である。



「あっ、本当だ。なんかちょっと……怖いですね」

「何言ってんだ、お前も同じようになってるんだぜ? ほらっ」



 そう言うと地平は今度は部屋のがら空きの机の上に置いてあった鏡を手に取り、京子の顔の前にそれを出した。そこに映る京子の右眼。それは地平と同じような赤い瞳をしていた。さらに驚くことに京子の変化した瞳の周囲の髪は真っ白になってしまっていた。



「え!! こ、これは一体!? 何で、何でこんなことにぃ!!」

「ここでは片眼が開眼した奴が課長以上の役職につくのさ。いわゆる悟りの前段階。地獄の業火はこの開眼した瞳から出るはずなんだが…いくら頑張っても炎が出ねぇんだ。だから、もしお前が瞳から地獄の業火を出すことができればきっと……って何やってんだ、お前!」



 鏡を見ながら京子は自身に生える白髪をむしり取ろうとしている。



「ううっ……ど、どうして…どうしてこんなことに…あたしまだ32歳なのに……

ど、どうしてこんなに白髪が…ううっ…………」

「そこかよ」



 京子は鏡に映った自分の眼の変化よりも左髪が白髪になってしまっていたことに大きなショックを受けた。まだ32歳、その年齢で左髪が一気に白髪になってしまったことにショックを受けた。






 ♦  ♦  ♦






「じゃあ、俺はもう行くわ……頑張ってな。この後また案内してくれる奴を用意するからここで待っててくれ」

「はいっ、ありがとうございました」



 そう言うと地平はバイクで去って行った。極楽章土。ここで暮らす人たちの最終目標らしき場所の情報も知ることができた京子。さらに地獄を変えるためにはこの左目が鍵になるという情報も得ることが出来た。



「よ~~っし!! とりあえず死んじゃったみたいだし……もう帰ることも出来なさそうだし………………今日からここでまた仕事を頑張るぞ~~!! 目指せっ、極楽章土じゃ!!」



 死んでしまったことにショックを受けてはいたが死んでしまったものは仕方がない。この切り替えの早さが京子の長所でもあった。実際、さきほどまであれほど嘆いていた白髪の件もすでに頭の中から消え去っていた。



「あっ、んぐっ。……ま、また訛りが……いかん、いかんぞ!!」



 自分がいる状況をある程度理解した京子は安堵の気持ちとともに上京してから使わないようにしていた方言が口をついたのを慌てて手で押さえた。こうしてあかしでの京子の暮らしが始まるのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る