『ローラ・ディーンにふりまわされてる』  マリコ・タマキ 作  ローズマリー・ヴァレロ・オコネル 画

『ローラ・ディーンにふりまわされてる』

 マリコ・タマキ 作  ローズマリー・ヴァレロ・オコネル 画  三辺律子 訳


 フレディはカリフォルニアのバークリーに暮らす十七歳の高校生。学校の人気者の女子・ローラ・ディーンとつきあっている。しかしローラはこれまでに、他の子のことが好きになってフレディを一方的にフり、その子のことが面倒になるとまたフレディのところにもどる。これを三回も繰り返していた。その都度フレディは深く傷つくのだが、ローラのことをどうしても拒むことができない。

 親友のドゥードルを含め、友人たちはローラ・ディーンに傷つけられているフレディのことを心の底から心配している。それがわかっていても、フレディはローラ・ディーンのことをつい受け入れてしまい、友達よりも彼女を優先する毎日をすごしてしまうのだ。そんなフレディに皆も次第に呆れだして──。


 

 バイセクシャルで特定の恋人を作らないと公言している人気者の女の子ローラ・ディーンに振り回されているアジア系でレズビアンの女の子フレディが、自分たちの関係にある決断をくだすまでを語ったグラフィックノベル。というわけで本作は日本語で言うと漫画にあたる。感想を書くのは実は全然好きではないのでこの連載では漫画は扱わないことにしていたのだけど、例外的に扱うのは本作が傑作だったからである。


 本作の舞台であるバークリーは、非常にリベラルな土地柄らしく、フレディも自分のセクシャリティをオープンにしているし仲間の中にはゲイのカップルもいる。学校内でセクシャリティを中傷するような生徒がいれば即座に教師の指導が入るし、学校の外にもアクティビストたちが普通に暮らしていてそこにつながることは出来る。

 本作の序盤には、セクシャルマイノリティのティーンたちへの悩み相談をしている人物へフレディが送ろうとしていたメール形式のモノローグがある。


「もちろん、わかっているんです。

 LGBTQIAの活動家アクティビストたちが何世紀ものあいだ闘ってきたおかげで、今のわたしはこんな風にフラれたりできてるって」

「感謝すべきだってわかっています。ヘテロの友達と同じようにフラれたり、みんなの前で恥をかかされたりできるわけだから。私の悩みは〝進歩″の結果だって」


 ──手元のノートに書き残していたので引用ができた。


 フレディを悩ませている、というか、読む限り完璧なハラスメントではないか? という勢いで振り回している女の子ローラ・ディーンは、ブロンドをショートカットにしている白人の女の子(しかも「ターミネーター2」に出ていた時のエドワード・ファーロングをそのまま女の子にしたような、そらモテるわ! というタイプ)。男女ともつきあえることも、そして人にに縛られないことも公言して、それがクールだと見做されるタイプの女の子。

 対してフレディはアジア系だし見た目もそんなにクールではない。仲間の友達もナードっぽい子達だ。そんな自分が、学校でも一、二を争う人気者の女の子の彼女のことになるなんて無いし。つきあうきっかけが「アジア系の彼女がいるのってクール」だったとしても、なんだかんだで三回もつきあえばローラ・ディーンは放任主義の親に育てられていて寂しさを抱えていることも分かってきて離れがたくなってしまう。

 よくありそうな恋愛の悩みやセクシャリティ上の悩みに加えて、人種間やスクールカーストの悩みまで抱え込んでいるフレディの内面を絵と言葉で語られるとそれはもう辛くなってくる。フレディの仲間たちと読者はローラ・ディーンは問題のある子だと理解しているし、フレディ自身も薄々感づいているけれど、どうしても「人気者である」というポジションも含めた彼女の魅力に逆らえない。読んでいて歯がゆくなるが、分からなくもない。

 違う人種間で同性同士の、お互いを認め合った恋人たち。そんな二人を本当に離れがたくしているのは、お互いを慕いあい労りあう心遣いではなく、人種間と学校社会でのポジションの差による権力勾配だった。リベラルな土地のリベラルな学校で繰り広げられているこの光景。その痛ましさと哀しさが直に突き刺さるようであった。ローラ・ディーンが単なる嫌な子ではないのがまた辛い。

 

 とはいえ、そこでハラッサー彼女の彼女に振り回されている女の子の話で終わっていたらわざわざこうして感想文にしないわけで。


 さて、本気で心配している仲間たちを後回しにしているフレディに、彼ら彼女らも次第に愛想をつかす。その為にフレディは親友のドゥードルが深刻な事情を抱えていることに気づくのが遅れ……という展開になるのだけれど、そこからは是非お読みいただきたい。

 振り回されてばかりだったフレディが下した決断に、私は泣きましたよ。


 マリコ・タマキがシナリオを担当しているグラフィックノベルはいくつか翻訳されているので、機会があったら読んでみてください。ハーレイ・クインが主役の『ハーレイ・クイン:ガールズ・レボリューション』というコミックがいいですよ。

 

 

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