『貴族の階段』 武田泰淳
『貴族の階段』 武田泰淳
侯爵西の丸秀彦の娘氷見子は、秘密の記録係として父と来訪者たちが繰り広げる会話を記録している。父とその客が語らう部屋の隣で筆を走らせながら、陸軍大臣から青年将校らが決起を企てていることや、父がその動向を見極めんとしていることを知る。計画にはグループには氷見子の最愛の兄・義人が参加している可能性が相当に高く、何も知らない風を装う氷見子も心の中では気を揉んでいる。学習院の学友グループを通じて独自に情報を集め、義人が陸軍大臣の娘の節子に熱い恋心を抱いていることや、節子も義人に惹かれながらも秀彦との間に関係があることからその気持ちに応えることができないことなどを知る。青年将校の決起にまつわる情報を手元に集め、関係者の心の内を知りながら、氷見子はただ兄の身を案じながら歴史が流れゆく様を見守るしかない。そうしてついに二月二十六日を迎える──。
若い貴族の娘目線で、二・二六事件を語るという小説。大昔に一度読んだことがあったのを新しい版で再読した。以前は筋すら追えていなかったので、それを思えば各段に読む力は上がっている。……上がっていると信じたい。
なんといっても語り手を務める氷見子のキャラクターがいい。美人で洗練されていて、父に記録係を命じられる程度には頭がよく、情に溺れることなく、かといってスレすぎもせず、気取り屋ではないけれどほどほどに冷たいところもある。特に西の丸家より家格が劣っている家の娘で兄に崇拝されている美人の節子にはちょっと意地悪ですらある。そこがいい。先祖代々貴族をやってる家の娘というのはかくあってほしい。ついでにいうとかなりの美貌の持ち主で嫋々とした性格の節子が、氷見子を姉のように慕っているところもよい。氷見子はエス的な関係を軽んじているし、兄の義人と節子が相思相愛なのは把握できていても、節子が父のいわゆる「お手付き」であることは本人に打ち明けられるまで見抜けず「こいつが私より先に進んでいるなんて……!」とショックを受けるところなどが特によい(しかしまあ、節子にしてみれば酷いし惨い話である)。
ともあれ、若者たちの純粋な気持は結実することはなく、清らかに愛し合う恋人たちは別々の場所で悲劇的な最期を遂げ、賢い大人たちは事をまるくおさめてのうのうと生きている格好になり、先に上げた節子とこともあったりで、「汚い、大人って汚い!」となる小説であった。
──あと、ブラコンの妹目線の物語ということでお兄様大好き描写があるところや、学習院らしき女学校ライフがあるところ(青年将校によるちょっとした軍事教練みたいなミリオタの人が好きそうなシーンもある)、氷見子と節子の関係などが、なんとなく大昔のエロゲっぽさも感じさせたのだった。というか本作を参考にしたエロゲがあるのではないだろうか。エロゲやったことないので全く無責任な感想になるけれど。
二・二六事件がモチーフの小説なので、近現代史に興味がある人やミリタリー好きの人が読むと違った感想も出てくることかと思われます(「エロゲみたい」で感想を〆るのは避けたかった)。
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