第2話


 数週間後、世界の三分の一を領有する帝国が軍を編成して村を訪れた。


 それが意味するのは武力衝突を辞さない交渉か制圧の意思。安寧を願う村長はあらゆる条件を引き受けることを伝えた。


 そして帝国軍から提示された条件、それは────。


「英雄の運命を征く者を差し出せ」


 そんな人間などこの村にいるはずがない。であるにも関わらず、ヴィトレアが剣を抜いた光景が頭を過る。


 ヴィトレアは帝国軍が望むような人間じゃない。彼女は正義感が強く、いつも元気で皆を引っ張ってくれるような女の子だ。彼女は、戦場に立つ人間ではない。


 そんな思いとは裏腹に、帝国軍は剣を持つヴィトレアを見るなり連れ去った。泣き叫び、連れ戻そうとすれば帝国軍に阻まれる。圧倒的軍事力を前に抵抗することなどできず、僕達はヴィトレアを失ったのだ。


 それからしばらくして決意する。彼女がいない生活はまるで太陽を失ったかのようだった。


 だから、ヴィトレアを取り戻す為に帝国軍に入隊することを。


 ✥


 帝国にはある伝承がある。



 『一天四海、神は英雄の在る処に御剣を与える』



 その伝承に従って帝国軍はヴィトレアに英雄を強制した。正義感の強いヴィトレアは戦場に立つことを嫌い、断った。それを見越していた帝国軍の返答は残虐なものだった。


「君が戦場に立たないと言うのならば、よろしい。では、泣き叫んだ少年をなぶり殺すとしよう」


 ヴィトレアが驚きをあらわにしたのは言うまでもない。狡く、汚い手口だ。


 それでも決意を濁らせるには充分過ぎるほどの脅迫だった。ヴィトレアにとって帝国軍の言う”泣き叫んだ少年”は特別な存在なのだ。


 彼の名はリトラ。ヴィトレアと同じく小さな村で生まれ育った。子供の少なかった村でリトラとヴィトレアが交友関係を持つのは道理であったが、彼らの関係は交友の程度ではなかった。


 ヴィトレアはリトラに好意を抱いていた。そして、逆もまた然り。


ヴィトレアは唇を噛みしめることしかできなかった。自身の力ではどうしようもないと理解した時、彼女は穢れた英雄になることを決心した。


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