英雄論

紗斗

第1話


 曇天の下、無数の剣が突き刺さる荒れ果てた大地に、幾千の屍を背に立つ女性がいる。


 戦場の最中、一際目を引く英雄の剣を手に、銀色に輝く鎧は地位の高さを示している。その双方の輝きを濁らせるかの如く赤黒い鮮血は、強者であることの証。


歴戦からそれは返り血のはずだが、刻下の戦ではそれだけではない。彼女に見て取れる生傷は既に人間の限界を超えている。


 ついに膝を折った彼女は限界を悟り、項垂れた。


 後方で待機していた少年兵はその姿を見て駆け寄る。少年兵は歪んだ表情のまま、口を開いた。


   ✽


 彼女の名はヴィトレア。白銀の髪に凛とした表情で、いつも人々の中心にいるような女の子だった。


 彼女は外交とは無縁の小さな村で生まれ育った。森に出かければ果物の採取や動物の狩猟、畑を耕して自給自足の生活を送っていた。


 幼かった僕でさえ、彼女が正義感に溢れていることを理解していた。動物を狩猟した時、彼女は必ず黙祷をする。尊い命を奪ってしまったことに罪悪感を抱き、涙を流す。彼女は、そんな女性だ。



 ある日、そんな彼女に転機が訪れる。



 荒れ狂う暴風雨と雷の轟音が村を襲ったのだ。天災に為す術などなく、震える体を抑えるように抱き合った。


 一刻も早く嵐が過ぎ去るようにと祈った刹那、今までとは比べ物にならない鳴動と雷光が天地を轟かした。


 あまりの衝撃に悲鳴をあげる村人達。もちろん、僕もその一人だった。しかし、僕達は彼女の行動に驚かされることになる。


 なんと、彼女は臆することもなく一目散に家を飛び出したのだ。危険だと思った僕は彼女を引き戻そうと後を追って外へと出る。


 その先に辿り着いた光景は……目を疑うことしかできなかった。空を覆い尽くしていたはずの雷雲に不自然な穴が空いている。そこから差し込む光の下に存在する金と銀の剣。それを囲む生い茂った深碧の草原。


 不可解でしかないその光景、その光の下に歩みを進めるヴィトレア。あまりにも美しく、神秘的なその姿。まるで天地が剣を抜く人間を選別したようで、その光景に見惚れた。


 彼女が剣を抜いた瞬間、それに呼応して雲翳は晴れて太陽が村を照らし、祈りが届いたと村人達は歓喜して宴を開いた。全員が無事であることに感謝し、生きているという事実を分かち合った。



 しかし、僕達は気づくことになる。

 


 全員が無事であることの代償に、ヴィトレアを地獄に突き落とさなければならないことを。


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