第17話 恋人な二人

 翌日、学校の昇降口で千夏さんと鉢合わせた。千夏さんは遠慮なしに私に抱き着いてくる。確かに学校でも話してもいいとは言ったけれど、抱き着くことまでは許可してないのに。


 でもまぁ、いいか。千夏さんはとても幸せそうにしているし、どうせ私たちの仲がいいということはみんなにバレているのだから。女子同士なら抱きしめ合うことくらい、普通だと思うし。そんな事、千夏さん以外にしたことないけれど。


 触れ合いもほどほどに私たちは上履きに履き替えて、教室に向かう。


 それまでの間、千夏さんはずっと私の手を握っていた。肩を寄せてきたり、見つめてきたかと思うと微笑んだり、まるで恋人みたいだ。まぁ本当に恋人なんだけど。


 教室に入って席に着くと、千夏さんがすぐに私の所にやって来た。まだ皐月は来ていないみたいで、明日香さんも部活の朝練中らしい。


「今日もリレーの練習あるのかなぁ……? 足が若干筋肉痛なような感じがするんだよね……」


 運動不足ゆえの悩みである。普段から動いてないと、こういう時に痛い目にあってしまう。


「大丈夫ですか?」と心配そうに私を見下ろしてくる千夏さん。どうやら千夏さんは全く平気らしい。体育の時間、さぼらず運動しているおかげだろうか。


「大丈夫だよ」なんて話していると、クラスメイト達の視線を感じる。普段ほとんど話さない千夏さんが言葉を発しているのだ。注目を集めるのもやむを得ない。


 この調子だと、あっという間に千夏さんは人気者になってしまいそうだ。

 

「どうしたんですか? 愛華」

「なんでもないよ。体育祭の練習、一緒に頑張ろうね」

「でも、足……」

「大丈夫だって」


 休むわけにはいかない。私はきっとみんなの足を引っ張ってしまうと思うから。だからせめて嫌われないように練習だけでも精一杯頑張らないといけないのだ。

 

 そんな会話をしていると、皐月や明日香さんがやって来た。千夏さんはそそくさと気まずそうに自分の席に戻っていく。でもそんな千夏さんを明日香さんは引き留めていた。


「話せばいいじゃん。話したいんでしょ?」

「……はい」


 千夏さんはUターンしてまた私の所に戻って来る。やっぱり私以外は苦手なのか若干顔を強張らせている。


「そんなに怖がらなくても大丈夫だって。明日香さん、いい人だから」

「分かってるんですけど、やっぱりあんまり人と話すことにいい記憶がないから……」


 千夏さんは寂しそうな顔をしていた。


「本当は関わりたい、って気持ちはあるんです。でも怖くて」


 中学の頃のいじめのことなんて、忘れて欲しい。例えそれが私たちを繋げてくれたのだとしても、辛いことに囚われ続けて欲しくない。


「だったらちょっと練習しようよ。私と一緒に皐月や明日香さんと話しに行こう?」


 千夏さんは不安そうな顔をしていたけれど、こくりと頷いていた。


 お昼休み、皐月に声をかけようとするもどうやら彼氏にお熱らしく、さっさと教室を出て行ってしまった。明日香さんに声をかけると「いいよ」と快諾してくれる。流石の懐の広さだ。


 私たちは人気のない空き教室に向かい、そこで食事をとる。


「まさか愛華に誘われるなんて思わなかったから、驚いちゃった」

「そ、そうですよね」

「悪い意味じゃないよ? 私のこと避けたがってるんじゃないかって思ってたから。押しの強さは自覚してるんだ」

「なるほど……。でも全然嫌じゃないですよ。むしろ嬉しかったです」

「本当? 良かったー」


 笑顔の明日香さんに、どうしてか不満げな千夏さん。


 明日香さんも千夏さんの表情に気付いたのか、面白そうにしている。


「もしかして嫉妬しちゃった? 水無月さん」


 千夏さんは顔を赤らめて顔をふるふると横に振っている。


「可愛いね。水無月さんって」なんて告げる明日香さん。


 千夏さんは照れてしまったのか、ぷいとよそを向いてしまった。これでは会話の練習どころじゃない。


「明日香さん。あんまり千夏さんをからかわないであげてください」

「ごめんね。あまりにも可愛いものだからつい……」


 千夏さんは怒ったのか、ジト目で明日香さんをみつめている。可愛くない、って本気で思い込んでるみたいだから、その認識もなんとかしたいところだけれど、まずは会話からだ。


「千夏さん。ちゃんと言葉を発しないと練習にはならないよ? みんなと仲良くなりたいんでしょ?」

「……でも、明日香さんが」

「お、名前で呼んでくれるんだ。フレンドリーだねぇ」

「……苗字、知らないので」

「えぇー!? まぁいいけど。こんな美少女に名前呼びしてもらえるなんて、私は幸せ者だよ……」


 しみじみとする明日香さんに口を尖らせる千夏さん。私は苦笑いしながら、その微笑ましい光景を眺めた。だけど思いのほか親し気にする二人に、どこか、胸がざわつくような感覚もあって。


「千夏さん、明日香さんとなら普通にやっていけそうだね」


 少し強い声色で、そんなことを言ってしまう。千夏さんはふるふると顔を横に振っているけれど、私はそれから目をそらしてお弁当に箸をのばした。子供みたいだと分かってるのに、つんとした態度を取ってしまう。


 もしかしてこれが嫉妬なのだろうか、なんて思いながら玉子焼きを食べていると。

 

「ふふっ。二人って可愛いね」


 なんて明日香さんが笑うものだから、私たちは声をそろえて「可愛くないです」と告げる。


「いかにも相思相愛って感じだよね。ちょっと羨ましいかも」

「相思相愛……」


 千夏さんは嬉しそうにしている。でも果たして私のこの気持ちはラブなのだろうか?


「愛華が走ることになったから、千夏さんは立候補したんでしょ? 私は走るのも目立つのも好きだから好き好んで立候補したけれど、千夏さんはそうじゃないと思うし」

「……愛華はきっと不安に思ってるって思ったから。色の違う人たちに混じって、たった一人で苦手なことをして、それでもしも失敗してしまったら。なんて考えるだけで嫌なんです。傷ついて欲しくないんです」


 明日香さんは「なるほど」と真剣な目つきで千夏さんをみつめていた。


 きっと千夏さんは虐められてきたから、心をたくさん傷付けられてきたから、弱い私の気持ちを心から理解してくれているのだろう。本当に、いい人だなって思う。


「ありがとう。千夏さん」


 私は心からの笑顔を千夏さんに向けた。千夏さんは優しい表情で私をみつめてくれている。そんな私たちを見て、明日香さんは「羨ましいなぁ」とつぶやいた。


「私も二人の友達になりたいよ。そんな風に思い合ってさ、もう最高じゃない?」


 一足先にお弁当を食べ終えた明日香さんは、ひらひらと手を振りながら空き教室を出ていった。

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