第16話 どこでも話したい水無月さん
私は公園で走る練習をしていた。そのコーチ役のクラスメイトが目の前にいるわけだけれど……。
「明日香って呼んで!」
出たよ。明るい人特有の名前よび……。でもここで苗字で呼んだりしたらきっと空気が読めない奴だとか思われるんだろうなぁ……。
「あ、明日香さん」
「うん! よろしくね。愛華さん!」
えっ。私の名前知ってくれてるんだ。なんだか意外。ちょっと嬉しいかも。でもやっぱり恥ずかしいな……。
明日香さんはショートヘアの典型的なスポーツ少女といった風な見た目。でも肌は焼けてないからバスケ部とかなのだろうか? モテそうな見た目だと思う。
「ところでだけど愛華さんって、胸大きいよね……」
明日香さんはじーっと私の胸をみてくる。水無月さんはチラチラ見て来るだけなのに、なんというか流石陽キャ。肝が据わっているというか……。
「そ、そうですね。結構見られるので恥ずかしいです。動き辛いですし」
「だよね。走るのが遅いのも、まぁ仕方ないよ。というか、ありがとうね。ちゃんと練習に来てくれて」
明日香さんは満面の笑みで私の手を握って来る。身体接触の多さも光の者の特徴なのかもしれない。私にはちょっと刺激的すぎる……。体を強張らせながらつげる。
「……足を引っ張るのが確定してるから、せめて練習くらいはしないと」
私がうつむきながら笑うと、明日香さんは「違うよ」と真剣な表情でつげた。
「人には得意なこと、不得意なことがあってさ、助け合って生きてるんだよ。だから足を引っ張るとかじゃないんだ。たまたま今回は私たちが助ける立場だってだけだよ」
ま、まぶしすぎる。こんな博愛の精神で生きているのか、この人たちは。本当に自分が矮小に思えてくる。
「すごい、ですよね。明日香さん達って。誰とでも分け隔てなく仲良くできるわけですから。友達だって、たくさんいて……」
「まぁ深い関係の友達とかはいないけどね」
「……えっ?」
「人ってやっぱり一緒にいる時間が長いほど仲良くなっていくと思うんだよ。関係が広いってことは特定の誰かとは深い仲に慣れないってことなんじゃないかな。少なくとも私はそうだよ? だから私からすると愛華さんが羨ましいしすごいなーって思うよ。私はさ、たった一人を大切にするのって怖いから」
明日香さんはその活発な容姿を曇らせて、微笑んだ。私だって、たった一人を大切にするのは怖い。だってその人が消えたら、誰もいなくなってしまうから。でもたくさんの人と関わるほどの勇気もなくて、仕方なくそれを選んだだけで……。
水無月さんの恋人になったのだって、消極的な理由からだ。
私は水無月さん達の方に視線を向ける。水無月さんは他の人たちに混じって、練習していた。腕の振り方とかフォームから練習をしているらしい。みつめていると、明日香さんに声をかけられた。
「愛華さんってさ、水無月さんと仲いいでしょ?」
「……えっ?」
「よく見つめ合ってるから。みんな知ってると思うよ? なのになんで会話しないんだろうー、ってみんな言ってる」
「……と、友達なんかじゃないですよ。釣り合わないじゃないですか」
だって私と水無月さんが恋人でいられるのは、水無月さんが周囲から避けられているから。もしもそれがなければ私たちは恋人どころか、友達ですらいられないだろう。
「釣り合わない、なんて私は思ってない。水無月さんだって思ってないよ? 水無月さん、とっても寂しそうにしてるから。前までは完全な無表情だったけど、最近はね」
私はじっと遠くから水無月さんをみつめる。ちらりと私をみつめてくる水無月さんは、確かに寂しそうな表情をしているような気がした。
「ま、お話するのはここまでにして。そろそろ練習はじめよっか」
「……はい」
明日香さんは基本的な走り方のコツとかを教えてくれた。実感はわかないけれど「良くなってるよ!」とまぶしい笑顔で笑ってくれる。人を褒める天才なんだなって思った。上手に褒められればやる気も出てくる。私は夕方になるまで、明日香さんと二人で練習をした。
「ありがとうございます。明日香さん。ずっと付きっきりで……」
「ううん。勉強でもなんでも人に教えるのって自分の学びに役立つからウィンウィンってやつだよ。こちらこそありがとう。愛華さん」
私はずっと明るい人に抵抗感を抱いていた。だけどそんなのは虚像だったのかもしれない。この知らなかった人と親しくなる高揚感みたいなものを、水無月さんにも感じて欲しいと思う。
「ねぇ、愛華。このあと水無月さんと三人でファミレスでも行かない?」
気付けば明日香さんは私を呼び捨てで呼んでいた。でも不快感とかは無くて、嬉しかった。仲良くなれたんだって気がして。
「水無月さんがいいのなら、行きましょうか」
「うん!」
ちょうどあちらも練習を終えたころのようで、私たちはリーダーたちの所に向かう。
水無月さんは私の言いつけをきっちり守っていて、あくまでも他人のふりをしていた。でもその表情はやっぱり寂しそうだった。
それからなんだかんだあって、結局、クラス対抗リレーのメンバー全員でファミレスに行くことになった。水無月さんは緊張しているようだったけれど、みんなの優しさに触れて少しずつ心を開いているようだった。
ファミレスを出て帰路につく途中で、私は水無月さんと二人きりになった。その瞬間、水無月さんは私の手を握って来る。目を向けると悲しそうな顔をしていた。
「……なんであの人、愛華って呼び捨て。私も愛華って呼びたいです……」
明日香さんのことを気にしているのだろう。
「二人のときなら、別に呼んでもいいよ」
「……愛華」
水無月さんはひとりでに顔をぽっと赤くしている。本当に私のことが好きなんだろうなって思う。でも私はどうなんだろう、なんてふと思ってしまう。私が水無月さんと一緒にいるのは、ただ孤独が怖いからだ。
「愛華。みんな私たちが仲いいってこと、気付いてるみたいです」
「私も明日香さんから聞かされたよ」
「……私のことも千夏さんって呼んでほしいです。あの人のことは明日香さんって呼ぶのに、恋人な私を呼んでくれないのはずるいです」
「分かったよ。千夏さん」
私がそう告げると、千夏さんはにこにこしていた。でもすぐに不安そうに表情をしぼませる。
「仲良さそうにしてましたよね。あの人と。……私と話してる時よりも」
「あの人って明日香さん?」
「……はい。やっぱり愛華さんは、暗い私なんかよりも明るい人の方が好きですか?」
「明るい人は会話をリードしてくれるからいいけど……。でもそれはそれでプレッシャーもあるよ。つまらないって思われてないかな、とかさ。だから私は千夏さんと話してる時の方が落ち着くよ」
千夏さんはほっとした様子で、息を吐いていた。だけどすぐに不安そうに眉をひそめる。
「私、やっぱり学校でも愛華さんと話したいです。他の人が愛華さんと話してるのに、私だけ愛華さんと話せないのは、その、嫉妬してしまいます……。だめ、ですか?」
私としても悩んでいる所だった。みんなから千夏さんを遠ざけるのはきっと正しくない。だから本人が私と話すことを望んでいるのなら、拒めるわけもない。
「……分かった。学校でも話していいよ」
「ほ、本当ですか!? 極力笑わないようにします。ありがとうございます!」
千夏さんは私の手を握って、頬を緩ませている。ぴょんぴょんと飛び跳ねてしまいそうなくらいの喜びにあてられて、私も思わず微笑んだ。
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