第15話 溶けてしまいそうな水無月さん

 教室で体育祭のクラス対抗リレーのメンバーを選んでいた。運動部の活発な人たちが我先にと手をあげていたけれど、他のみんなは消極的なようでメンバーが二人足りない。


 私はさらさら手をあげるつもりなんてなかったけれど、それはみんなも同じようだ。泥沼化しそうになったその矢先、委員長が「じゃんけんで決めましょう!」なんてとんでもないことを口にした。


 教室がざわめくけれど、反対意見はない。気の進まないクラスメイト達の中からメンバーを選出する方法としては、もっと合理的だ。私は憂鬱な気持ちでみんなと一緒に立ち上がり、委員長とじゃんけんをした。


 一回目は私の負け、勝ち抜けたクラスメイトたちは安堵の息を吐きながら、座っていく。なんとなく嫌な予感がしていた。私は運動神経が壊滅的だ。だからどうしてでも避けたいのに、そういう時に限って避けられない。経験則は案外当たってしまうようで、二度目も負けた。三度目も同様だ。


 最後に残ったのは三人。水無月さんと皐月はもう座っていた。案の定、三人のうち私一人だけが負けてしまい、やる気のあるメンバーには何とも言えない目線を向けられた。私の運動神経が壊滅的なのは周知の事実だ。


 本当に憂鬱だ。どうせまた馬鹿にされたり、笑われたりするのだろう。クラスの足を引っ張れば、みんなの心証はなおさら悪くなる。黒板に書きこまれる名前を見てうつむいていると、突然水無月さんが手をあげた。


「……私もでます」


 無表情でそう告げる水無月さん。するとやる気のある人たちは「おぉ」と騒めいていた。水無月さんの運動神経は素晴らしい。それでも私を帳消しにできるかは怪しいけれど。


 とにかくそういうことで、私と水無月さんはクラス対抗リレーに出ることになった。


 放課後、帰り支度をしていると、一番にクラス対抗リレーに立候補していた男子に声をかけられた。


「これから近くの公園で練習したいんだけど、弥生さんも付き合ってくれるか?」


 ただでさえ足を引っ張るのに、断るわけにはいかない。


「……分かりました」


 そんな様子を遠巻きに見ていた水無月さんは、歩いてきて「私も行きます」と男子に告げた。男子生徒は嬉しそうにしていた。水無月さんは高い能力ゆえに孤高とみなされている。そんな人がやる気なのは心強いだろうし、なにより水無月さんと一緒に練習をできるのが嬉しいのだろう。水無月さんは綺麗だからね。


 放課後、リレーのメンバーたちと一緒に近くの公園に向かった。緑が多くて、遊具がないタイプの広大な公園だ。


 私と水無月さんはあくまで他人同士のふりをする。じゃないと水無月さん、きっと笑っちゃうだろうし。そうしたら水無月さんは人気者になって、私の元を離れてしまうと思うから。恋人だって、その気になればよりどりみどりなはずだし。


 公園でリーダーの男子生徒がそれぞれの走る速さを知りたいと告げたので、私たちは50mを走ることになった。正直、あまり走りたくない。胸のせいで目立つから。でも、和を乱すわけにはいかない。


 みんなすごい速さで走っていくから、私はますます心細くなってしまう。そんな私をみてどう思ったのか、水無月さんはわざと遅めに走ってくれていたみたいで。


「水無月さん。もっと本気で走ってよー」


 と馴れ馴れしい声が聞こえてくる。自分から立候補してくれたから、仲間意識でも感じているのかもしれない。でも相変わらず水無月さんは無表情だ。無言は流石にまずいと思ったのか「ごめんなさい」と返しているけれど、それくらい。


 最後は私が走る番だったけれど、言うまでもない。胸が揺れて走り辛いのだ。50m走っただけで息が切れてしまうし、本当に走るのに向いてないなと思っていると、水無月さんが近づいてきて「よく頑張ったね」と褒めてくれる。


 きっと私のために立候補してくれたのだろう。水無月さんは優しい。

 

 有難く思っていると、女子メンバーが声をかけてくる。


「二人とも。一緒に勝とうね!」


 とてもキラキラした明るい笑顔に、私たちは思わずひるんでしまって、返事がワンテンポ遅れる。


「そ、そうだね」

「……うん」

「そのために練習、頑張ろうね!」

「はい」

「……うん」


 私たちの反応の悪さも気にする様子もなく、その女子生徒はニコニコしていた。


「それじゃあ、水無月さんはリーダーたちのところに行って。弥生さんの練習には私が付き合うから」


 私たちは思わず顔を見合わせる。お互いコミュニケーションが得意でないが故のシンパシーだった。果たして、水無月さんは知らない人たちの中で練習できるのだろうか? 私だって不安だ。こんな明るい人と一緒にいたら溶けてしまいそう……。


 でもただでさえ足を引っ張っている私が断れるわけもなく、出荷される動物のような表情で水無月さんと見つめ合いながら、離れ離れになるのだった。

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