第13話 キスして欲しい水無月さん

 人気のない別館にて、私たちは向き合っていた。


「……なんで私とは友達であることを隠すのに、皐月さんはいいんですか?」

「いや、それは……」


 水無月さんの笑顔を誰にも見せたくないからだ、なんてよく言えたものだ。あんな恥ずかしいセリフ、二回も言うのはちょっと……。


 黙り込んでいると水無月さんは頬を膨らませて、ぷいとよそを向いてしまった。だけど何かを期待するようにちらちらと私の方に視線を向けている。


 どうやら、頑張って言うしかないみたいだ。


「……水無月さんの笑顔を、他の人に見せたくないから、です」


 すると水無月さんは目をキラキラさせて私をみつめた。


「……ハグ、してほしいです」

「えっ?」

「友達ならハグしてもいいんですよね?」

「う、うん」


 本当に水無月さんは何を考えているのだろう。私なんかのハグを求めるなんて。そもそも最初から変だ。どうして私にだけは微笑んでくれるのか。心を開いてくれるのか。


 もしかして、大昔、水無月さんと会ってたりする? アニメや漫画でよくあるみたいに、小さなころに結婚の約束してたりするの……? そんな記憶はないけれど、でもまったく接点のない私に、このコミュ力ゼロ美少女が興味を持つなんて、思えない。


 私は誰も周りにいないのを確認してから、水無月さんを抱きしめた。すると水無月さんも私をぎゅっと抱きしめてくる。友達の皐月や妹の小春とすらこんなことしたことないのに、どうして水無月さんと……。本当に変な気持ちだ。


「笑うの我慢しますから、学校でも友達でいてくれませんか?」


 耳元で水無月さんはささやいた。


 本当に無表情を貫いてくれるのならいいんだけど、水無月さんにそんなことできるのかなぁ……? 私と一緒にいるとすぐに表情ころころ変えてる気がするけれど。


「……それはちょっと。学校終わりは友達でいるから」

「やっぱり私なんかと友達でいるのは嫌ですか……?」


 水無月さんは私を抱きしめるのをやめた。目の前で瞳をうるうるさせている。


「そ、そんなわけないよ。本当に大切だって思ってるから。だから学校では友達だってこと、隠してほしいんだよ。少しでも、水無月さんの笑顔が他の人のものになるの考えたら、我慢できない」


 私がそう告げると、水無月さんは顔だけでなく耳の先まで赤くしていた。

 

「そ、そこまで思ってくれてるんですね……。そんなに私のこと好きだったんですねっ」

「大切に決まってるよ」


 だって水無月さんは私の大切な友達だ。皐月は彼氏を作りそうだし、私は水無月さんがいなければ一人になってしまうのだ。水無月さんには離れてもらいたくない。私だけの友達でいて欲しい。


 水無月さんは目を閉じてささやいた。


「だ、だったらっ、私とき、キスしてくれませんかっ?」


 もしかしてまだ水無月さんは、仲のいい友達同士ならキスするって信じてるの……? そんなわけないのに。……でももしも拒めば、水無月さんまで私から離れて行ってしまうかもしれない。


 そんなの、嫌だ。


「……分かった。でも学校では流石にできないよ」

「それなら、私の家に来るというのはどうでしょうか?」

「……それなら、いいけど」


 そうして私は放課後、水無月さんのおうちにお邪魔することになったのだった。

 

 学校が終わった後、私たちは別々に校門を出て合流した。私が水無月さんの友達だと知られたら、水無月さんは意外とフレンドリーなのかもしれないと思われるかもしれない。そうしたら水無月さんに友達ができてしまう。


 そんなことを考えた時、私は自分の行動に違和感を感じた。まるで水無月さんを邪魔しているような、そんな気がしたのだ。でも深く考えないようにする。だって、こうしなければ水無月さんと一緒にいられない。


 だから、仕方ないのだ。

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