第11話 自分だけのものにしたい弥生さん
「弥生さん!」
カラオケに二人で行き、家でアルバムを見た翌日、水無月さんが昇降口で話しかけてきた。以前までの無表情はどこへやら、私に笑顔を向けている。それも無表情をほんの少し動かすだけではなく、表情筋をフル活用しているのである。
「……水無月さん。学校では笑わないで」
「どうしてですか?」
水無月さんは不思議そうに首をかしげている。私は肩を落としてつげた。
「私以外に、笑顔とか、見せないでほしいの。……ずっと無表情でいて欲しい」
笑いさえすれば誰とでも仲良くなれる水無月さんに、そんなことをお願いするのは自分勝手だ。でも皐月だけじゃなくて水無月さんまで離れていくのは、怖い。
どうしてか水無月さんは目を見開いて、とても嬉しそうにした。左右に揺れるしっぽを幻視してしまいそうな笑顔だった。その表情のまま、私に抱き着いてくる。
くっ。低すぎるコミュニケーション能力はどこにやったんだ。水無月さん……。昇降口で抱き着いてくるなんて、こんなの並大抵の陽キャでも相手にならない光の力だ。影に潜む者にはまぶしすぎる。
いや、それよりもこれを誰かにみられるのはまずい。私は慌てて水無月さんを引き離した。そして昇降口を見渡す。どうやら誰にも見られていないようだ……。と思った矢先。
「弥生。いつの間にそんなに水無月さんと仲良くなってたのー?」
下駄箱の影から、ニヤニヤした皐月が私たちを覗き込んでいる。その瞬間、柔らかい表情をしていた水無月さんが、すん、と無表情に戻る音が聞こえたような気がした。
私は水無月さんに目を向けてから、皐月をみつめて「違うんだよ。これは」と話す。
「えっ。違うんですか? 仲良くないんですかっ……?」
背後からは寂しそうな水無月さんの声。正面には面白いおもちゃを見つけたみたいな笑顔を浮かべる皐月。前門の虎後門の狼とはこのことか……。
「ち、違うんだよ。水無月さん。いや、違うくないよ。皐月もニヤニヤしない!」
私は左右に首を振り動かして、二人にそれぞれ弁明をする。
「と、とりあえず皐月。このことはみんなに秘密でお願い……」
皐月は「どうしよっかなー?」とニヤニヤしていた。きっととてつもなく緊張しているのだろう。水無月さんがいつもの冷たい無表情で告げる。
「お願いです。弥生さんは私の笑顔を独り占めにしたいんです。私たちの関係は秘密にしてあげてください」
「ほぉ?」
「ちょっ。水無月さん!?」
皐月は水無月さんの無表情の威圧感に圧倒されて顔を強張らせながらも、それでもその言葉の興味深さに笑みを隠せないようだった。
「ほとんど言葉を発しない水無月さんがそこまで言うのなら、秘密にしておいてあげるねー。でも後で私には詳しく教えてねー? 弥生っ!」
ひらひらと手を振りながら皐月は昇降口から消えていった……。
「ふぅ。危ない所でしたね! 弥生さん」
「そ、そうだね」
どうしてか水無月さんは満足げな表情だ。どう考えても満足いく結果ではないと思うけれど……。いや、水無月さんからすると満足いく結果なのかもしれない。
でも私は皐月に弱みを握られてしまったのだ。もしも皐月が望めば、水無月さんは人気者になって、私たちの関係なんてあっという間に壊れるだろう。それだけは阻止しなければ。
「水無月さん。学校では友達じゃないふりをして欲しい」
「えっ。どうしてですか?」
「それは……。もしも友達として振る舞えば、水無月さん、笑うの我慢できなくなっちゃうでしょ?」
「……確かに。弥生さんは私の笑顔を自分だけのものにしたいんですもんねっ!」
「う、うん……」
水無月さんは幸せそうにニコニコしている。初めてできた友達がよっぽど嬉しいのだろう。
私は水無月さんと距離を取って、教室に向かった。教室で水無月さんはいつも通りの無表情を浮かべていた。私はそのことにほっと安堵する。時々視線を私に向けて来るけれど、それはいつも通りのことだ。
私にしか分からない程度の笑顔で、笑いかけてくれる。
私も小さく微笑んで笑い返す。そんな様子をみていた皐月がお昼休み、私に声をかけてきた。好奇心をあふれさせた表情だった。
「ちょっと、話さないー? 誰もいない場所でー」
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