第10話 初めてが弥生さんで良かった水無月さん

 部屋に入れたことがあるのは、友達の皐月か妹の小春か母親か。せいぜいそれくらいだ。だから私も少なからず、緊張していた。


 クッションを部屋の中央のローテーブルの横に二つ用意して、その上に座る。水無月さんはその上にゆっくりと座る。


 我ながらつまらない部屋だと思う。私はWeb小説こそ読むけれど、本はそんなに読まない。だからベッドに机に小さな本棚だけで私の部屋は構成されている。小物とかもない、ミニマリストみたいな場所だ。


 でも精神面は違う。人間関係から無駄なものをそぎ落とした結果一人になったのではなくて、気付いたらこうなっていた。それだけのこと。唯一の友達の皐月だって好きな男子と仲良くなって、私なんてどうでも良さそうだ。


 だから、どうにかして水無月さんとは仲良くなりたい。願わくば、ずっと友達でいて欲しいものだけれど……。でも私と水無月さんはローテーブルを挟んで、無言で向かい合っている。何を話せばいいのか、さっぱりわからない。


 水無月さんは美人だけど、内面は私に似ていると思う。でもそれはあくまで推測であって、私は水無月さんについて何も知らないのだ。会話の種がない。


 困っていると水無月さんの視線が本棚に向いていた。そこには私が子供の頃のアルバムや小学校、中学校の卒業文集なんかが並んでいる。


「……気になるの?」

「はい……」


 水無月さんは小さく頷いた。ちょっと恥ずかしいけれど、気まずさの方を強く感じていた私は、本棚から卒業文集や子供の頃のアルバムを取り出した。水無月さんは目を輝かせて、私のアルバムをみつめている。


「ここに、弥生さんの写真が……」

「そんなにいいものじゃないけどね?」

「そんなわけないです。これはいいものです!」


 そう告げて、水無月さんはアルバムを開いた。そこにはずらっと赤ちゃんな私の写真が並んでいる。ハイハイしていたり、ニコニコ笑っていたり、手を叩いていたり。


「うわぁ。これが弥生さん……。可愛すぎます! こ、ここは天国ですかっ?」

「天国って。赤ちゃんなんてみんな可愛いものでしょ」

「弥生さんは格別です!」


 鼻息荒くする水無月さんはいつもとは別人みたいだった。無表情の仮面は外れていて、思いのままに自分の感情を表現している。もしも学校でもこんな風なら、私の家にやって来ることなんてなかっただろうに。


 水無月さんはページをめくっていく。アルバムの中の私は少しずつ大きくなっていき、やがては両足で歩くようになっていた。保育園や幼稚園でかけっこをしている写真では、とても楽しそうに笑っている。


 でもページがめくられるにつれて、笑顔の写真は少なくなっていく。水無月さんもそれに気づいたのか、なんだか寂しそうな表情をしていた。


「私も小さなころはずっと笑顔でした。でも大きくなるにつれて、なんだかみんなが私を見る目が変わってきたような気がして。自分とは別のものを見るような。そのせいで、なんだか人と関わるのが怖くなって、中学にはいったらいじめられて」


 水無月さんはほのかに笑っていた。


「もしもあの時、心の支えがなかったらどうなってたか、分からないです」

「心の支え?」

「はい」


 水無月さんはじっと私をみつめている。その「心の支え」とやらが何なのかは分からないけれど、水無月さんを支えてくれてありがとう、と心の中で思っておく。


 気が付くと外は薄暗くなっていて、時計も六時になっていた。


「水無月さん、もうそろそろ帰る?」

「そうさせてもらいます。その、今日はありがとうございました。私と一緒に遊んでくれて。こんなの初めてです。……初めてが弥生さんで良かったですっ」


 水無月さんは反則的な上目遣いで私をみつめてくる。きっとこれも無自覚な振る舞いなのだろう。私は顔を熱くしながら視線を逸らす。


「送っていこうか?」

「いえ、大丈夫です。そんなに離れていないので」


 私たちは部屋から出て玄関へと向かう。すると妹の小春がリビングから現れた。


「私が送っていきましょうか? 水無月さんっ」


 その瞬間に水無月さんは硬直してしまう。やっぱり小春のことは苦手みたいだ。小春は頬を膨らませて不満そうにしていたけれど「まぁ、お姉ちゃんにいい友達ができたみたいで良かったよ」と笑っていた。


「……友達。そう見えますか?」


 水無月さんは私の影に隠れながら、小春に問いかける。すると小春は満面の笑みで告げた。


「うん。みえるよ。お姉ちゃんをよろしくね」

「……はいっ!」


 そうして二人はごくごく自然に固い握手を交わした。


 水無月さんが帰ってすぐ、小春はささやく。


「お姉ちゃんも大切にするんだよ?」

「できる限りは大切にするけど、たぶん、長続きはしないと思う」

「どうして?」

「だって私じゃ釣り合わないから」

「確かに。でも釣り合う釣り合わないで考える人には見えないと思うけど」

「そういう問題じゃなくて、みんなが放っておかないってことだよ。水無月さんは学校では無表情なんだ。でも私と学校で親しくすれば、笑う機会も増えてくると思う。……どうしてかあの人、私のこと気に入ってるみたいだから。そしたら、みんな水無月さんの知らない一面をみて、仲良くなりたいって思うんじゃないかな」

「そしたら凡人なお姉ちゃんはすぐに蚊帳の外になるってこと?」

「そう」


 私が肩を落としていると、小春は突然、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「だったら、恋人になっちゃえばいいじゃん!」

「いや、何言ってるの」


 私は至極冷静に「妙案を思いついた」と言わんばかりの小春に突っ込みを入れる。


「それこそなおさら不釣り合いでしょ」

「確かに。まぁでも、お姉ちゃんが水無月さんと友達でいたいと願うのなら、何かしらの対策は打たないとだね」

「……うん」


 自分の凡人さに嫌気がさす。それでも私は願ってしまうのだ。水無月さんとは友達でいたい、と。部屋に戻った私はベッドで横になり、どうしようかと悩む。結果、思いついた対策はたった一つだけ。


 それも、自分勝手と言わざるを得ない対策だった。

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