第7話 友達になった水無月さん

 体育の終わり、私は更衣室で皐月と話していた。


「フォークダンス、水無月さんとで大丈夫そう?」

「大丈夫って?」

「だってあの人、みんなを見下してる感じするでしょー?」


 私は水無月さんをみつめる。水無月さんは着替え終わって、無表情でスマホをみつめていた。その容姿からは冷たさしか感じられない。でも私は知っている。水無月さんがそんな人じゃないってこと。


 でも、私はそのことを皐月には伝えなかった。


「かもね」

「もしも嫌だったら、他の人にペアになるように頑張って言うんだよー?」

「……うん」


 私は着替え終わると、教室に戻った。水無月さんの方を見ると、スマホに何かを打ち込んでいる。


 どうして皐月に水無月さんの本質を伝えなかったのか、私は一人で考え込んでいた。水無月さんを理解してくれる人が増えれば、それは水無月さんのためになるはずだ。でもどうしてか、話したくないなと思った。別に水無月さんのことが嫌いなわけではないのに。


 よく分からない。自分のことなのに、変な気分だ。


 結局答えが出ないうちに、次の授業がやって来た。お昼休みに入ると、教室に皐月と踊っていた男子がやって来た。どうやらフォークダンスを機に仲良くなれたようで、皐月は楽しそうに話している。


 私には他に友達と呼べる人がいない。だから、一人寂しくお昼ご飯を食べていた。すると私の様子をちらちらと水無月さんが見てくる。水無月さんも一人でご飯を食べている。


 シンパシーを感じた。今なら目線だけでも会話だってできそうだ。私はじっと水無月さんに視線を向けた。水無月さんも私を凝視してくる。テレパシーとか使えたなら、楽なのになぁと思う。


 私と水無月さんが表立って関わるのは、普通じゃない。私はただの凡人で、水無月さんは表向きには孤高の存在として扱われている。そんな二人が関われば、悪目立ちしてしまうだろう。


 そして悪目立ちすればよからぬ噂を立てられる。例えば「弥生さん、水無月さんの手先やってるんだってー」とか「弥生さん、水無月さんと釣り合ってないよねー」とか。


 私がもしも水無月さんと同じくらい綺麗で運動神経が良くて頭が良かったのなら、何のためらいもなく隣に立てたのだろうけれど、現実はそうじゃないから。


 こうしてただ、遠くから見つめ合うのが関の山だ。


 放課後がやってくると皐月は例の男子生徒と共に部活に向かった。私は一人、帰り支度をしてから、昇降口に向かう。スマホで小説を読んでいたから、もう帰る人は帰ってしまっているし、部活に行く人も部活に行っている。


 だから誰もいなかった。私は校門に向かう。だけど校門を抜けたところで、突然、声をかけられた。


「あのっ、弥生さんっ」


 声の方をみると、校門の脇に水無月さんがいた。


「そ、そのっ。まだペアになってくれたお礼を言ってなかったので。ありがとうございました」

「いいよ。正式なペアじゃないから」

「えっ……?」


 水無月さんは首をかしげていた。


「だって私と水無月さんじゃ、なんていうか、変でしょ?」

「……変、ですか?」

「釣り合ってないっていうかさ」


 水無月さんはしょんぼりと肩を落としている。かと思うと、作ったような笑顔を浮かべた。


「そ、そうですよね。私じゃ弥生さんには相応しくないですよねっ」


 あはは、と水無月さんには似合わない笑い声をあげている。普段の水無月さんはいつだって無表情で、愛想笑いとかしないのに。その姿のせいで避けられているのだろうけれど、私としてはちょっとかっこいいとか思ってたりする。


 私は水無月さんみたいに、一人では生きていけないタイプだから。もちろん、水無月さんだって苦しんでいるのかもしれないけれど、それでもちゃんと学校に来てるし、普通に生きようとしている。でも私は違う。誰かと一緒じゃないと不安で仕方がないのだ。


「……そういう意味じゃなくてさ。私が釣り合ってないんだよ。私は弱いし、一人だとすごく不安だし、顔もそんなにきれいじゃないし」

「綺麗ですよ! 弥生さんはすごく、すっごく可愛いです!」


 お世辞だと分かっていても、水無月さんに言われたなら、嬉しく思ってしまう。だって私は水無月さんのこと……。うん。普通に好きだから。

 

 でもそれなのに私は、水無月さんの誤解を解こうとしない。水無月さんがどういう人か知っている癖に。


 私がうつむいていると、水無月さんは「なにか嫌なことでもあったんですか?」と聞いてくれる。私は顔をあげて水無月さんをみつめた。心から心配するような表情で私をみつめてくれていた。


「……嫌なことっていうか、祝うべきだって分かってるんだけど、祝えないことがあって。私の友達なんだけどさ、なんか好きな人と上手く行ってるみたいで、あんまり私と話してくれなくなったんだよね。もしかするとこれから先も話してくれなくなるのかもしれない。だって、好きな人の方が大切でしょ?」

「……それが、怖いんですか?」

「うん。怖いよ。私、友達作るの得意じゃないし。……って、水無月さんになに話してるんだろ。ごめんね? 友達でもないのにさ」


 うつむいていると突然、水無月さんが私の頭を撫でた。私は顔をあげて、水無月さんをじっと見つめる。恥ずかしそうにしていたけれど、目はとても真剣で、優しかった。


「わ、私じゃだめでしょうか?」

「えっ?」

「友達、私じゃダメでしょうか……?」


 水無月さんは顔を真っ赤にして問いかけてくる。


 水無月さんが友達、か。水無月さんと私の距離は離れすぎているような気がする。私にあって水無月さんにないものは見当たらない。友達関係なんて成り立つのか不安だ。


 でも水無月さんはとても必死な様子で。だから断る気にもなれなかった。


「いいよ」


 すると水無月さんはぱあっと花が咲くように笑った。私はその笑顔に見惚れてしまう。相変わらず、水無月さんは綺麗だ。だからこそ、長続きする気がしない。もしも水無月さんの本当の性格がみんなに知れ渡ってしまったら、きっと私たちなんてすぐに他人と他人になるはずだ。


 もしかすると私が水無月さんの性格をみんなに伝えないのは、距離が離れてしまうのが怖いからなのかもしれない。


「あ、あのっ、友達になった記念で、これから遊びに行ったりしませんかっ……?」

 

 水無月さんはそんな私の表情をどう思ったのか、とても心配そうに問いかけてくる。きっと気にかけてくれているのだろう。


「ありがとう。それじゃ、カラオケでも行く?」

「いきます! 私、カラオケ初めてです! 楽しみですねっ」


 そうして私たちはカラオケに向かった。

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