第6話 水無月さんとフォークダンス

 私は更衣室で体操服に着替えながら、皐月と話していた。


「来月は体育祭かぁ」

「十一月だから涼しいしいいよねー」


 そう。私たちの高校の体育祭は十一月にあるのである。だが忌々しいことに、地獄のフォークダンスが行われるから、もう既に憂鬱だ。


「みんなそれぞれペアを組んでー」というやつである。二人組で踊るから、奇数人のグループとかに属しているのなら地獄の様相を呈することになる。そのグループで一番人気のない人が一人であぶれることになるのだから。


 よくもまぁ、こんな友情を破壊するような行事ごとを考えたものだと思う。


 ま、私には関係のないことだけれどね。


 私は笑顔で皐月に話しかける。


「皐月。一緒に踊ってくれるよね?」

「えー? 実は私、気になってる人がいるんだけど……」

「えっ……。それはつまり、私にペアを組む人を探せと……?」

「できるでしょー? 弥生はちょっとコミュニケーションに問題ありだけど、それくらいできないと社会で淘汰されちゃうよー?」


 残酷な現実である。


 私は友達が皐月しかいない。交友関係はお世辞にも広いとは言えない。もしも皐月が私を見捨てるのなら、誰かに声をかけないといけないわけだけれど。


 そんな人いないんだよね……。なんて考えていると、視線を感じた。水無月さんがじーっと私をみつめてきている。視線を向けると相変わらずの反射神経で、よそを向いていた。


 そういえば、水無月さんはどうするのだろう? 水無月さんはぼっちだ。孤高とか言われてるけれど、その本質はきっと私とはそう遠く変わらない。ちょっと外面と身体能力と知力が優れているだけだ。


 ……なんだか悲しくなってきた。きっと水無月さんと踊りたい人は多いだろう。誘う勇気を出せる人は数少ないだろうけれど。それに仮に誘われたとしても、氷のような無表情で逃げ出す水無月さんの姿しか想像できない。


 告白された時だって、私に言われなければ戻らなかっただろうし。


 罪な女だ。


「今日はフォークダンスの練習なんだってねー」

「うっ。やだなぁ……」


 要するに誰かとペアを組めってことでしょ? まぁ仮のペアではあるけれど。体育の時間だけの。でももしもペアを組めずに一人余ってしまったらどうしよう。やっぱり体育の先生と踊ることになるのだろうか?


 それとも一人でエアパートナーとエアフォークダンス?


 私はため息をつきながら皐月と一緒に更衣室を出た。


 グラウンドに出て整列して、準備運動をすると、すぐに体育の先生が告げた。


「今日はフォークダンスの練習をするぞ! 適当でいいから踊る相手を選んでくれ! 選べなかったやつには一人で踊ってもらうからな!」


 相変わらずメガホンでも使ってるのかってくらい、巨大な声。沈黙していた生徒達はその声にせかされるように、仲のいい同級生に声をかけ始めた。皐月も同様でお目当ての男子生徒に声をかけている。


「踊りませんか」とにこやかな表情で。


 どうしよう。「踊りませんか」なんて誰にも声かけられないよ! どこの貴族の社交界だよ……。


 私がそうして手をこまねいている間にも、次々にペアが出来上がっていく。たった一人それをみつめる私は、なんとなく社会の縮図を見たような気がした。


 ペアになった生徒たちはしゃがみ込んでいく。一方、私はいつまで経っても棒立ちのままだ。仲のいい人なんて皐月くらいしかいない。こんなことになるなら、もう少し社交的であるべきだった。


 そう思ってため息をついていると、遠くに無表情の水無月さんをみつけた。背筋をまっすぐ伸ばして堂々と仁王立ちしているのである。その美しすぎる姿はもはや鋼の意志すらも感じさせる。


 究極の受け身である。絶対に自分からは声をかけないぞという強い意志。水無月さんは思考を放棄しているのだ。あるいは現実逃避。その無表情からは諦め、そして覚悟が伝わってくる。


 エアフォークダンスの覚悟である。


 これまで人に避けられてきた経験から確信しているのだろう。誰も自分のペアになってくれないということを。実態のない人型と踊る。それがどれほどの恥であろうとも、人に声をかける方が恐ろしいから水無月さんは動かないのだ。


 残り人数は少なくなっていく。私は水無月さんとなら悪くはないか、と思いながら水無月さんの所へ歩いていく。それに気づいたのか、水無月さんは表情を明るくしていた。もちろん、私にしか分からないくらいのわずかな変化ではあるけれど。


 でもそのとき、突然、水無月さんに接近する男子生徒の影を私はみつけた。このままだとまずい。私が一人でエアフォークダンスをすることになってしまう。私は慌てて水無月さんの所に走る。でもたどり着く寸前で、運動神経の悪さが露呈してしまった。

 

 足を地面に引っかけて転んでしまったのである。


 水無月さんは慌てて私の所へと駆け出してきて、そして。私を前から抱きしめるような形で支えた。


「だ、大丈夫ですかっ?」


 至近距離で水無月さんにみつめられて、顔が熱くなる。フォークダンスをするということは、この距離感で一緒にいるということなのだ。私の心臓は果たして耐えられるだろうか……。


「だ、大丈夫」

 

 それにしても水無月さんの髪の毛っていい匂いだな、なんて変態的なことを考えていると、もぞもぞと私の胸のあたりでなにかが動いていることに気付いた。


 視線をさげるとそこには水無月さんの手があった。私は耳まで熱くして、水無月さんをみつめる。水無月さんは目を見開きながら、慌てて飛びのいていた。


「ご、ごめんなさいっ」

「い、いいよ。というかむしろ触りたくないもの触らせちゃってごめんね?」

「……えっ?」

「さ、私たちも座ろ?」

「は、はい」


 座ると水無月さんは心配そうな顔で私をみてくる。どうしたのだろう?


「触りたくないものじゃないです……」


 先生が大声でフォークダンスの説明をし始めたせいで、聞こえなかった。


「何か言った?」

「い、いえ。何も言ってないです」

「そっか。フォークダンス、よろしくね。水無月さん」

「は、はいっ! 頑張ります!」 


 水無月さんは小さく拳を作って、気合を入れている。私は微笑んでから、先生に視線を向けた。


 手を取り合ったり、背中に腕を回したり、くるくる回転させたりするらしい。よく分からない。でも水無月さんは持ち前の能力の高さですぐに理解しているみたいだった。


「弥生さん。私に任せてもらえませんか?」


 それは私のあまりの運動神経の悪さに水無月さんが発した言葉である。私は自分で動くことはせず、水無月さんに身を任せてみる。するとスムーズに踊ることができて、先生からも褒めてもらえた。


 生徒達も水無月さんのことをみている。水無月さんはじっと私の顔をみつめていた。顔は真っ赤で表情はとても強張っている。水無月さんのことを知らない人から見たら、睨みつけていると思われても不思議じゃない表情だ。


 でも私は知っている。私だけは知っている。


 これはただ、緊張しているだけなのだ。


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