第4話 小説の中で私と水無月さんは恋愛する
現代文の授業で掌編小説を書くという課題が出た。私は普段から小説を読んでいるだけあって、そんなの簡単にできるでしょ、と高をくくって教室で原稿用紙に向き合ったのだけれど。
「全然書けない……」
そう。全くと言っていいほど、何を書けばいいかが分からないのである。思えば私は読書感想文ですら苦戦していたのだ。既存の物語を読んで、感想を書く。それに比べて、新しい物語を生み出すというのは0から1を生み出すようなこと。
難しいのは当然ことだった。なのに。
「えー? 普段あれだけ小説読んでるのに書けないのー?」
なんて皐月は嫌味なことを言ってくる。
「読むのと書くのとは違うんだよ」
「えー? 私はもう書けたんだけどなぁー?」
「えっ!?」
皐月はひらひらと原稿用紙を見せびらかしている。私はそれを手に取って、読み進めた。
「……面白い」
「でしょー? 私って才能あるのかなぁー?」
「どうやったら書けるの? 私なにも書けないんだけど?」
「さぁ? 勝手に書けてたから」
「……くっ」
どこかで読んだことがある。文才は遺伝で決まると。私は生まれもって小説家にはなれない人間なのかもしれない……。なるつもりはないけれども。
そのとき、突然、凄まじい音が聞こえてきた。音の方をみると、水無月さんがとんでもない勢いで原稿用紙にペンを走らせている。クラスメイトたちはその様子を固唾をのんで見守っていた。
みんな小説が書けないようで「水無月、こんなことまでできるのか……」と戦々恐々としていた。容姿端麗、運動神経抜群、その上頭も良くて、創作能力まである。もはや非の打ちどころがない存在である。
「……水無月さんって小説も書けるんだ。もう万能じゃない?」
「だねー。あ、書けないなら水無月さんに聞いてみればいいんじゃない? このまえ課題を運ぶのを手伝ってくれたし、意外と答えてくれるかもよー?」
「聞いてみるかぁ……」
私はまっさらな原稿用紙を机の上に置いて、水無月さんの所に向かった。水無月さんはもう書き終えたようで、ペンを置いて満足そうに原稿用紙を見下ろしている。
「ねぇ、水無月さん」
声をかけると、水無月さんは突然すん、と背筋を伸ばして静止してしまった。かと思うと視線だけを私に向けてくる。「どうしたんですか」とでも言いたげな視線だなと思った。
「どうやったら小説って書けるの?」
私がそう問いかけた瞬間、教室は時間が止まったみたいに静かになる。みんな固唾をのんで水無月さんの言葉を待っているみたいだ。
水無月さんは無表情で虚空をみつめていた。かと思うととても小さな声でぼそりと告げた。
「……最初の一文を何でもいいから書いたら、たぶん、その続きを書けるはず、です。連想ゲームみたいな感じで」
その瞬間、クラスに「なるほど」の波が押し寄せてくる。みんな席について原稿用紙になにやら書き始めた。「ありがとう」と告げてから、私もこの波に乗り遅れまいと慌てて原稿用紙に向かう。
「まさか本当に聞きに行くとはね」
皐月がにやにやしている。
「水無月さんはそんなに悪い人じゃないよ」
「そうー? いつの間にそんなに仲良くなったのー? みんなを見下してそうだけど」
「わかんないけど、そういうタイプじゃないって私は思う」
確証なんてない。ただ水無月さんが気まぐれで私に興味を持ってくれただけかもしれないし、本質では人を見下すことに喜びを感じるのかもしれないけれど。
冷たい無表情の水無月さんなら、そういう風に思われても仕方がない。
でも私は水無月さんはそうじゃないと思う。だって、もしも人を見下すのなら私なんて一番に見下されるだろうし、それになにより、あの日、雨上がりの空の下で私に見せてくれた満面の笑み。
あんな風に笑える人が人を見下せるとは思えない。
『彼女は太陽のように笑った』
「続きはー?」
私は無意識に原稿用紙に言葉を連ねていく。
『私は彼女に恋をした』
「わお。恋愛ものかぁー」
私は水無月さんのアドバイス通り、思い浮かんだ言葉を数珠つなぎにしていく。書けなかったはずなのに、すらすらと書ける。美しい少女に一目ぼれした主人公が、必死でアプローチして、最後には主人公と両思いになると、という話だ。
私はちらりと水無月さんをみる。無意識に思い浮かべた美しい少女は、水無月さんの姿をしていた。そして主人公は、私だった。書き終わったあとに気付いてしまって、顔を熱くする。
皐月が「どうしたのー?」と問いかけて来るけれど「なんでもない」と誤魔化して窓の外をみつめる。私は悪くない。悪いのは水無月さんだ。水無月さんが私にだけ笑いかけてくるせいだ。平等にみんなに笑えばいいのに。
本当に、水無月さんのことは分からない。
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