「シリアルキラー、ジョニー・ソガードの終幕」 ②

 クローガーKrogerというスーパーマーケットで、ジョニーとロザリーは数日分の買い物をした。大きな紙袋を抱え、ロザリーが楽しそうに微笑む。ジョニーも左手に紙袋をひとつ、右手にプラスティックバッグをふたつぶら下げながら「ちょ、ちょっとか、買いすぎたね」と笑った。

「でも、必要のないものはなにも買ってないわよ? このくらいは普通よ、車がないからちょっと大変だけど」

 車。それを聞いてジョニーは一瞬真顔になったが、すぐに笑顔に戻り頷いた。

 ――秘密の倉庫にマスタングがあるんだと云ったら、彼女はどんな顔をするだろう。

 もうをするつもりはないし、最近買ったことにして乗ってもいいかな、などと考えながら、ジョニーはよいしょと荷物を抱え直した。ロザリーに「お、重くない?」と一言尋ねて、前を向く。

 そのとき――店の入り口に向かって駐車場を横切っている女性に、ジョニーは吸い寄せられるように視線を奪われた。進める脚に纏いついてはためく、その赤いワンピースドレスに。


 ジョニーはどくんと打つ自分の心臓の音を聞きながら、その場で足を止めた。頭の中で、スライドショーのように焼きつけた記憶が瞬いてゆく。ブルネットの、赤毛の、金髪の、ブラウスの、Tシャツの、ミニドレスの――みんなみんな、この手で刺し殺した。何度も何度も繰り返し、肉にナイフの刃をうずめたあの感触。皆、薔薇の花束を抱くように真っ赤に染まり、花弁が散るように血が溢れ、自分のこの手も――


「――ニー? ねえジョニー? どうかした?」

 はっと我に返り、ジョニーはロザリーを見た。

 不思議そうな顔で自分を見つめている、愛しいロザリー。奇跡的にめぐり逢えた、運命のひと。

「……ロザリー。ば、バスを待つあいだ、あ、アイスクリームを食べようか」

 ジョニーはそう云って微笑み、前方を指差した。バス停は広い駐車場を抜けた先の通りにあるのだが、その手前に青と白のストライプが目立つ大きなパラソルを立て、キッチンカーがホットドッグやフレンチフライ、アイスクリームを売っている。

「アイスクリーム? チョコチップとバナナスプリットのハーフガロン、ふたつも買ったのに」

「そ、それとそ、外で買って食べるのはべ、別だよ」

「ふふ、そうね。じゃあ私、迷って買わなかったストロベリーチーズケーキ」

「いいね。お、俺はネ、ネオポリタンかな」

 じゃあ買ってくるから荷物を見てて、と云ってジョニーはその場にプラスティックバッグを置くと、キッチンカーに向かって走った。十歳くらいの子供を連れた老人が先に並んでいて、暫く待たなければならなかったが、ジョニーはそれをありがたいと思った。

 ポケットから財布を取りだした右手を左手で押さえ、ぎゅっと握りしめる。手は突然襲ってきた殺人のフラッシュバックに、小刻みに震えていた。




       * * *




 シンシナティで毎夜、聞き込みを始めてから五日め。

 サムとネッドはようやく一九七二年十二月より前に、ひとりの街娼が忽然と消えたという情報に辿り着いた。

 サイケデリックな花柄のシャツに弁柄色のスラックスという、ソープオペラから抜けでてきたかのような恰好――サムはポロシャツを着ただけで、他は普段と変わらなかった――で現れたネッドに誘いをかけてきた娼婦は、自分たちが連邦捜査局FBIの捜査官だとわかると中指を立てて逃げていった。しかし、その様子を陰で見ていたらしいヴェラという東欧系の女が、自分はいなくなった女のことは知らないが、一年ほど前、あるホテルを営業している婆さんが、立ちんぼの女がひとりいなくなった、自分は殺人犯らしい客を見たと騒いでいたという話を――もしも自分が手入れで捕まったときは助けるという条件付きで――聞かせてくれた。

 ヴェラの案内でそのホテルまでやってきたサムとネッドは、早速そこのフロントから顔を覗かせた老婦人に話を聞こうとしたのだが――

「まったく、なんだって今頃そんな話を聞きにきたんだか! あたしゃね、あのを見なくなったって話を聞いたとき、ちゃんと警察だんな方に云いましたよ! あの娘と部屋に入って、ろくになんにもしてないくらいの時間で一目散に帰ってった客がいたんですって。けどね、妾の話なんて誰もまともに聞いちゃくれなかった。そりゃね、そのあとから女のほうもホテルを出てったんで、そんときゃ生きてたわけですけどね!」

 この辺りで商売をする街娼たちが利用する、いわゆる連れ込み宿のような安普請のホテル。その持ち主兼フロント係であるマイラという高齢の女性は、サムが突然いなくなった街娼はいないかと尋ねた途端に、勢いよく捲したて始めた。


 少しのあいだ辛抱強く聞き、いろいろ文句や一般論的な警察への不満や悪口を省いて話をまとめると、一九七二年十月二十日、金曜の夜――マイラは営業日誌に、その日あったことを毎日欠かさず書いていた――いつも部屋を利用する小柄な街娼が、金髪の若い男と一緒にやってきたのだそうだ。男が部屋代を支払い、ふたりは二階の部屋へと向かったが、ものの十分かそこらで男がひとり、服もちゃんと着たまま階段を駆け下りてきて、そのまま外に飛びだしていったという。

 マイラはそのとき、暴力沙汰でもあって女が部屋で倒れてやしないかと思ったそうだ。しかし女のほうも慌てた様子で階段を下りてきて、ミニドレス姿で男を追いかけていったらしい。やっぱりなにかあったかと思いはしたが、男は足が速く追いつけそうになかったし、女は着ていた上着を脱いでいたため、すぐに戻ってくるだろうとたいして気に留めなかったそうだ。

 しかし女はそれきりホテルには戻らず、部屋には女が着ていた幾何学模様のジャケットと、化粧品などの入った小さなバッグだけが残されていたという。


「妾もね、たかが立ちんぼの女がひとり消えたくらいと思って、そんときは届けたりはしなかったですよ。でもね、あの殺人鬼が騒がれ始めて、しかも金髪だとかって云うもんだから、ひょっとしてあのときのあいつが怪しいんじゃないか、あの娘もどっかで殺されてるんじゃないかって思いましてね。で、偶に此処を取り締まりに来るおまわりさんにその話をしたんですよ。

 なのにあの連中ときたら! 部屋に死体か血痕でも残ってたんなら届けてくれ、って、こうですよ!」

 話を聞き、サムは警察の態度については遺憾に思うが、自分たちはFBIだと云った。そして、その金髪の男についてなにか憶えていることはあるかと尋ねた。

「忘れちゃいませんけどね、この商売、そんなにじろじろ客の顔を見るもんじゃないんですよ。だから、まあ二十歳はたちそこそこの若い男で金髪で、えらい綺麗な顔をしてたってくらいは憶えてますけどね、そのぶん特徴とか、そんなもんはなんもわかりませんねえ」

「女の名前や住んでいたところについては?」

「知りませんよ。此処いらにいったい何人の立ちんぼがいると思ってんです。よく利用してくれる娘だなあってくらいで、名前なんざ聞きゃあしません」

「じゃあ、その女が脚を骨折したことがあるかどうかは?」

「脚ですか? ああ、どっちの脚だったかは憶えてやしませんけど、偶にびっこを引いてたことはありましたよ。寒い時期だったかね。妾もね、湿気た晩なんかには膝が痛むんで、若いうちから可哀想にって見てたんですよ」

 この婆さんには今度、ピザかなにかをご馳走してやるべきかもしれない。サムはネッドと顔を見合わせて頷いた。女の身許は病院を当たっていけば、いずれ判明するだろう。そっちは警察に任せてもいい。

「じゃあ、あとは……客のほうで、ここをよく利用する奴ってのはいるか?」

「そういうことは通りで女の子らに訊いたほうがいいんじゃないですかね。妾ゃ場所を提供してるだけですからね。もちろん中でなにをしてるのかも知りませんよ。証言だとかなんとか、ややこしいことになっても妾ゃそうとしか云いませんからね」

 サムはなるほど、と肩を竦めた。

「じゃ、とりあえず女の似顔絵が欲しいんで、支局までご一緒願えますか」

 マイラは少し考えるように、眉をひそめた。

「今から? じゃあ、若いほうのあんた、そのあいだフロントここ見ててちょうだいな。それか、今晩はもう閉めるからその損失分を払ってもらうか」

 サムは都合のいい時間帯に人を寄越すからと、丁重に頼み直した。




       * * *




 八月二十二日。ジョニーは仕事の帰り、花屋に寄って注文してあった花束と、ベーカリーでココナッツシフォンケーキを買った。そしてそのふたつを抱え、さらにある一軒の家を訪ねた。

 いつもよりも大荷物でバスを降り、ロザリーが待つ家に帰ると、ジョニーは「た、誕生日お、おめでとう」と先ず花束を渡した。ロゼワインを思わせる可憐なピンクと薄紫、透きとおるような白が美しい花束は、八月生まれのロザリーのため店員にユーストマを中心に選んでもらったものだ。淡い黄緑色の壁を背景に、花束を抱えたロザリーの表情はいつにも増して輝いて見えた。

 嬉しそうに微笑むロザリーの脇を通り、キッチンのテーブルにケーキの箱を置くと、ジョニーは背負っていたバックパックをそっと下ろし、シェルチェアの上に置いた。

 ほんの少し開いていたジッパーから、黒い鼻先が覗いている。ロザリーはそれを見て、「なに!?」と声をあげた。

「あ、開けて、出してやって」と、ジョニーはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。ロザリーはもう一方のチェアに花束を置くと、恐る恐るバックパックのジッパーを下ろした。

「あぁ、もうなんてこと……! 驚いたわ、あぁ大きな声をだしてごめんなさい――おいで、なんて可愛いの……!」

 ロザリーは興奮気味にバックパックの中の仔犬を抱きあげた。薄茶色をした垂れ耳の、まだ生後数週間くらいの仔犬だ。

「どうしたの、買ったの? それとももらってきたの? よしよし、なんて人懐こい子なの、可愛い……! うふふ、擽ったい」

 仔犬は嬉しそうにロザリーの頬をぺろぺろと舐めている。ジョニーはその様子を微笑ましそうに見つめながら、「ブブBubだよ」と云った。

 ロザリーが「ブブ?」と顔をあげる。

「名前、ブブって決めたんだ。きょ、今日からうちの、か、家族だよ」

 ジョニーはそれだけしか云わなかったが、ロザリーには自分たちがもうけることのない子供の代わりなのだと、しっかり伝わった。思わず目を潤ませ、ロザリーがジョニーに抱きつく。

「ジョニー、ありがとう……! 愛してる、最高の誕生日よ……!」

 ブブごとロザリーを抱きしめ、ジョニーは愛する妻に口吻けた。ふたりのあいだでブブはぱたぱたと尻尾を振りながら、自分も混ぜろというように伸びあがってジョニーの顎を舐めた。

 キスの最中に横入りしてきた無邪気なその瞳に、ふたりは声をあげて笑った。



 食事のあと。ジョニーはリビングのステレオコンポで、先月買ったばかりの〈The Beach Boysザ ビーチ ボーイズ Endless Summerエンドレス サマー〉を聴いていた。二枚組のこのコンピレーションアルバムは、アップテンポなヒット曲が多く集められた一枚めよりも、メロウな曲が収録された二枚め、それも特にA面がジョニーのお気に入りだった。

 〝Let Him Run Wildレット ヒム ラン ワイルド〟が流れているとき、ケーキを食べながらロザリーは「そうだ。云うのを忘れてた」と話を始めた。

「あのね、今度、ハイスクールの頃からの友達が結婚するの。でね、式の前におうちで友人だけのパーティをやるそうなんだけど、それに招待されちゃって」

 ジョニーとロザリーは正式に結婚していないこともあって、そういったパーティでのお披露目はしていない。ジョニーはそのうちそういうことも必要なのかな、などと考えていたが、ロザリーの相談はそういうことではなかった。

「でね、ぜひジョニーも一緒にって。ジョニーが嫌じゃなければ、一緒に行ってほしいの」

 ああ、なんだそんなことかとジョニーは頷いた。

「も、もちろん。で、でも、なにを着ていけばいいのかな……」

「おうちでやるカジュアルなパーティだし、そんなにフォーマルじゃなくていいと思う。私もお気に入りの赤いドレスを着るつもりよ。他に持ってないし」

 ロザリーの答えを聞き、ジョニーはフォークを持つ手をぴた、と止めた。

「……お、おお、俺、き、着るものがないし、な、なにか買わなくちゃ……だ、だからろ、ロザリーも新しいど、ドレスをか、かか買えばいいよ」

 慌てた所為か、吃りが酷くなってしまった。ジョニーは咳払いをし、バドワイザーを一口飲んだ。落ち着こうと小さく息をつき、いつものように笑みを浮かべる。

「ミントグリーンか、ペ、ペイルブルーみたいな淡い色がいい。きっと似合うよ……つ、次の休みに買いに行こう」

 ジョニーがそう云うと、ロザリーは嬉しい! と顔を綻ばせ、両手を頬にあてた。




       * * *




 街娼が出没する通りはだいたい決まっていて、サムたちは思ったよりも早く、似顔絵の女を知っているという娼婦をみつけることができた。

 作成した似顔絵を見てすぐ「ああ」と反応した娼婦たちは、「パトロンみつけて街を出たのかもなんて話もあったけど、やっぱり死んでたんだね」と、暗い顔で俯いた。

 しかし似顔絵の女についてわかったのは、たちの悪い客に絡まれ逃げている途中で階段から落ちたこと、その所為で骨折し、その後しばらく姿を見なかったということ、通りではメイジーと名乗っていたということだけだった。行方がわからなくなった当日のことはおろか、メイジーがどこに住んでいたのか、本名はなんなのか正確な年齢はいくつなのか、どこかに家族はいるのかなど、誰もなにひとつとして知っていることはなかった。そちらはやはり、シンシナティ中の病院を当たっている警察からの連絡を待つしかなさそうだ。

 そして、サムたちは金髪の若い男についても尋ねてみたが、これといった話はまったくなく、空振りかと思われた。

 その風向きが変わったのは、常連客について話を聞いたときだった。

「――いつも買いに来る客? いるいる、だいたい週に二回か三回も来るの」

「あー、あのちょっと背が低めでがっちりした、よく喋る男でしょ? 来るよねー、あたし稼がせてもらってんのに、あんまりにもアレだからちょっと控えて貯金しな? って云っちゃった」

「ボブでしょ。あいつほんとよく飽きないわよね。ここであたしら買うようになってから、もう二年くらいは経ってると思うけど」

「二年! やっばーい」

 おかしそうに女たちが盛りあがっているところ、サムは「その、ボブって奴が何者か、誰かなにか知ってる?」と尋ねた。女たちはすぐには答えない。サムは懐から財布を取りだし、女たちの顔を見やりながら札を一枚、二枚と抜きだしてみせた。

「……なにも知らないけど、でもどっかの工場で働いてる奴よ。指とか油で真っ黒で、あたし、いつも石鹸で洗ってって云うの」

「そうそう! 油と、なんだろう、お父さんの車庫みたいな独特の臭いがするのよね」

「鉄工所の臭いよ。この辺、多いもの。あいつと一緒に三人か四人来たこともあるけど、みんな同じ臭いがしてた」

 それを聞き、ひとりがあっと声をあげた。

「そうだ……思いだした。一度だけ、その男の連れのなかに金髪の男がいたことが――」

 サムは逸る気持ちを抑え、努めてゆっくりと質問をした。

「それはいつ頃のことか、憶えてる?」

「えー、はっきりとは……でも、例の殺人鬼が騒がれるよりは前よ。後だったらいくらなんでも気にしてると思う」

「顔を見ればわかるかな。写真とか、ガラス越しとか」

「どうだろう。正直あんまり印象には残ってないのよね。今の今まで忘れてたくらいだし」

「金髪で、特徴がない感じの整った顔?」

「んー、そんな感じだったかもだけど……でも、ハンサムだった。映画スターみたいに」

 サムはゆっくりと首を縦に振った。――奴だ。間違いない。

 ネッドとも視線を交わして頷きあい、サムは頭のなかで聞いたことを整理した。週に二、三度現れる鉄工所勤めらしいボブという男。背は低めでがっちりした体型。同じ職場におそらく〝魅惑の殺人鬼The Fascinating Killer〟である、金髪の若い男もいる。

「とても助かった。お礼だ、みんなで分け合ってくれ」

 そう云ってサムは、財布から取りだした紙束を女に手渡した。それを広げて確かめる女に背を向け、サムとネッドは反対側の路肩に駐めた車へと戻っていった。そのとき――

このクソ野郎You're a f**kin' asshole!! ドーナツのサービス券じゃないのさ、現金よこしな、ケチ!!」

 背後から、娼婦たちの罵倒の声が聞こえた。



 サムとネッドは話を聞いた街娼たちが立っている通りを張り込み、件の男が現れるのを待った。一日め、二日めは待ちぼうけを喰らったが、三日めの晩、ボブらしき特徴を備えた男が現れた。

 男がひとりの娼婦とホテルに向かって離れていくと、サムはその場に残っていた女たちに今のがボブかと尋ねた。先日のドーナツ券に憤慨していた女は初め、ふんっと外方を向いたが、サムが今度こそドル紙幣を渡すと、ボブだとあっさり答えてくれた。

 ボブを尾行していたネッドとホテルの前で合流し、サムは対象が事を終えて出てくるのをじっと車の中で待った。意外と早くボブが出てくると、さらに尾行を続け、住んでいるところも確かめた。

 交代で仮眠をとりながら、サムは古びたアパートメントの前に駐めた車のなかで朝を迎えた。八時過ぎ、アパートメントから出てきたボブが、欠伸をしながらよたよたと歩きだす。車から降り、サムとネッドはそのあとを、一定の距離をおいて尾け始めた。

 しばらく歩いて賑やかな通りに出ると、ボブは角にあるカフェに入っていった。そしてすぐにコーヒーのペイパーカップをふたつ手にして出てきたと思ったら、そこにフォルクスワーゲン・ビートルが停車した。ボブはカップをひとつ運転席の男に差しだし、助手席に乗りこんだ。どうやら同僚のようだ。

「金髪……ではないっすね」

「男前の部類だが、あれは違うな」

 車はアパートメントの向かいに駐めてきてしまった。「追います」とネッドが駆けだそうとしたが、サムは「いい」と肩に手を置いて制し、カフェに入っていった。

 腹を満たすと眠気に襲われそうだったが、もう空腹も限界だった。ついでとばかりに二人分のコーヒーとホットドッグを買い、サムは店員に尋ねた。

「ついさっき、ここでコーヒーをふたつ買っていった男が財布を落としていったんだが、眼の前で車に乗っていっちまってね。どこの誰だかわかるかい?」

 すると、カフェの店員の女性はすぐに「ああ、ボブのことね」と答えてくれた。

「青いビートルに乗ってったんでしょ? フレッドの。ボブもフレッドもW&Gって製作所に行ってるのよ。ほら、工場の多いあの川沿いの辺りの」

「W&Gね、ありがとう。俺らもあっちのほうに行くんで、追いかけて届けるよ」

 そして、ビートルには追いつかなかったものの、『W&G』と看板が上がっている小さな製作所に辿り着くと。

「――みつけた。ついにみつけたぞ……奴だ。間違いない、奴があの、〝魅惑の殺人鬼〟だ」

 みな同じバスから降りてきたのだろうか――ぞろぞろと出勤してきた工員たちが歩くなか、一際目立つ黄色みの強いバターブロンドが目に入った。長身で痩せ型、おとなしそうに見える優しげな面差しはこれといって特徴はないが、整った綺麗な顔をしている。十人いたら十人ともがハンサムと評するだろう顔だ。

「確かに犯人像にはばっちり合ってますが……あれが三十五人も殺したのかって思うと、見えませんね」

「見えないから奴なんだ。被害者の死に顔を忘れたか? ……俺にはわかる。奴だよ」

「じゃ、雇い主に話聞いてきます?」

「いや、奴に気取られたくない。ここまできたら遅かれ早かれ、名前や住所はわかる。慌てるな、慎重にいこう……写真は撮ったな?」

「撮りました。でも、本当に奴だとして……これからどうするんです?」

「とりあえず先ず、現像した写真をマイラに見せて確認を取ろう。間違いなく十月二十日の客だとわかったら参考人として引っ張って、部屋に行ってすぐひとりで帰ったのはどうしてか、理由わけを――」

 云いかけて、サムは言葉を切った。消えた街娼のことを訊いて揺さぶりをかけても、自分が帰ったあとのことは知らんと云われてしまえばそれまでだ。それどころか、FBIが自分のことを疑い、迫ってきていると知れば州外に逃げてしまうかもしれない。どこに逃げたって自分たちは追うが、ここまできてその展開は失態でしかない。

「……証拠をみつける必要がある。車だ。いま奴はここまでバスで来たようだが、移動に使った車が必ずあるはずだ。他にもやるべきことは山積みだぞ。ここまでの捜査なんざ前戯みたいなもんだ。これからが本番だ」

「うへぇ、萎えてる場合じゃありませんね」

 確認が取れたら応援も頼まなきゃならんな、とサムは呟き、ごぉんごぉんと音をたて始めた工場を振り返りつつ、車へと戻った。









[Track 06 - Yes It Is 「シリアルキラー、ジョニー・ソガードの終幕」 ③ へ続く]

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