第27話 第二章 可害者 Looking for a Scapegoat
堂々と人を観察できるという点において、占い師は俺たち向きの仕事だ。
と言っても、俺たちの目的は「良く当たる占い師」になることではないのだが。
改めて俺は正面に座る女学生を観察する。
読み取れるのは……
▽不安、だな。なにかよくないことが身近にあったのかもしれない。
「なにか、よくないことがあったのですか?」
ベルカが発した問いに、正面に座る女学生の目元がわずかに動く。
▽直接は関係してないことだな。微妙な距離感がある。例えば……
俺は女学生を見下ろす。膝の上に置いた帽子を握る手が、かすかに強張っている。
▽学校とか。
「学校で、なにかあったのですか?」
その瞬間、女学生の目が輝く。分かりやすくて結構。
「すごい、よく解りましたね!」
自分の問題ではないが、全くの無関係でもない。好むと好まざると自分にまとわりついてくる不安をどうにかしたくて、一過性の興奮を求めていた。
だから、こんな辻占いに頼ってみた。そんなところか。
本気で感心しているらしい女学生に、フードを目深に被ったベルカが笑みを浮かべる。
「ぼくは、占い師ですから」
女学生からすれば、その笑みは自信と余裕の現れに見えたことだろう。
だが実際のところ、ベルカはただ苦笑しているだけだ。しかし女学生はすっかり信用したらしく、ベルカにあれこれと質問を繰り出し始めた。
いかにも年頃の少女らしい話題の数々に、俺は背中がむずむずする錯覚を覚える。
「ありがとうございました。なんだかとってもすっきりしました!」
女学生はそう言って嬉しそうに去って行った。ベルカが小さく手を振る。
「……どうだった、ユーリ?」
▽イマイチだな。あの娘の友人関係と色恋事情だけじゃなぁ。
「そうだよね」
あはは、とベルカは笑う。
流れていく人並みを見つめながら、ベルカがぽつりと呟く。
「おなかへったね」
▽そうだな。
すん、と鼻を鳴らしてベルカが立ち上がる。
古道具屋で手に入れた椅子と机を畳み、「占い承ります」と書かれた板きれと一緒に紐でくくる。
▽すこし、観光していこうぜ。
「うん」
いま俺たちが訪れているのは、険しい山脈を西に構えた盆地に位置する商都だ。
季節は秋。標高が高いので日差しは強く感じるが、空気は冷たく乾燥していて心地良い。
古くは城下町として栄え、今でも街の中心には東洋風の黒い立派なお城がそびえ立っている。
そのお城の周りに作られた公園で、俺たちは一日限りの占い師を演じていた。鯉が泳ぐ堀に天守閣が映り込む様子はなかなか壮観だったが、客入りははっきり言ってイマイチだった。
ガス灯と街路樹が並ぶ大通りを少し歩くと、小さな川に面した神社の境内が広がっていた。何かの祭が行われているのか、境内には屋台が軒を連ねている。
祭の気配に浮き足立つが、ここが《教会》の支配下であることは注意しておかなければならない。
ベルカの正体がバレるようなことは、万が一にもあってはならない。
▽ベルカ、フードはしっかり被っておけよ。
「わかってる」
答えながらも、ベルカの視線は屋台に並ぶ食べ物に釘付けになっている。その様子に俺は微笑ましい気持ちになる。昔は、食べ物の匂いを嗅ぐだけでも顔色を悪くしてたのに。
具の多いパンケーキのような焼き菓子を買って、ベルカは境内の端に腰を下ろした。端っこをかじると、クルミと干しぶどうの味がじわりと広がる。
▽お。なかなか美味いな。
「薄焼きっていうらしいよ」
▽薄いか? これ。
「けっこう分厚いね」
下らないことを喋りながらベルカは薄焼きを頬張る。腹が満たされることはないが、気休めにはなる。
「なかなか見つからないね……」
▽そうだな……
あちこち破けたミリタリーコートの襟元を寄せ、ほぅ、とベルカが溜息をつく。夕方になって一気に冷え込んできた。
出店が並ぶ境内を、仕事帰りや学校帰りの人々が楽しげに行き交っている。
そこに、駆け足で飛び込んでくる若い男がいた。分厚い紙の束を小脇に抱えている。
突然、男が叫んだ。
「号外号外! 警邏局(けいらきょく)発表、凶悪犯の死刑執行日決まる! 執行は明日夜!!」
▽なんだ?
「さあ……?」
呆気にとられる俺たちを他所に、境内ではわっと歓声が上がった。人々が売り子に殺到し、一抱えもあった号外は見る見るうちになくなっていく。
▽ベルカ、一部もらおう。
「うん」
人混みに分け入り、捲れそうになるフードを押さえ、ベルカはなんとか号外を一部手に入れた。
ベンチに腰を下ろして、記事を眺める。
▽どれどれ……「先月4日に発生した凶悪殺人事件の犯人に対する死刑執行日が、明日の午後六時に決まったと、本日午後、
「なにか、あったのかな?」
「なんだ、嬢ちゃん知らないのか?」
突然声を掛けられ、ベルカが飛び上がる。
煙草を咥えた屋台のオヤジが、ベルカの反応に目を丸くする。
「そんなに驚かなくても……あぁ、そうか。嬢ちゃん旅人か?」
「は、はい」
「なら知らなくて当然だな」
「殺人事件、ですか?」
ベルカの問いに、オヤジは煙草の煙を盛大に吐き出して頷く。
「あぁ、とんでもねぇ事件さ。ほれ、こっちが朝刊」
そう言って腹巻きに挟んでいた新聞をベルカに手渡す。苦笑いしながらベルカは紙面に目を落とす。そこには事件のあらましが掲載されていた。
それはおおよそこんな感じだった。
ある男が人を殺した。
犠牲者は、犯人の実の母と妹、祖父母、そして、その日たまたま犯人宅を訪れていた妹の友人の女学生の計五人。
事件当時、仕事で家を離れていた犯人の父親は無事だった。
犯人は二十歳の男で、定職に就かず、自宅に引き籠もっていた。以前から不審な行動が目立っていた男に、近隣住民は不安を感じていたという。
▽それで、いきなり明日執行ってか? ずいぶん急だな。
だが、教会の支配地域では別に珍しいことではない。
記事はこう締めくくられていた。
『犯人親族はなぜ身内の狂気を見過ごしていたのか。彼らが当局への通報を怠ってさえいなければ、無辜の女学生は命を奪われずに済んだはずである。』
……まるで殺された家族も同罪みたいな書き方だな。
「な、とんでもねぇ野郎だ。死刑になって当然だよ」
新しい煙草を咥えるオヤジに、ベルカは尋ねる。
「あの、どうして犯人はこんな事件を起こしたんですか?」
マッチを擦ろうとしていたオヤジはきょとんとした顔でベルカを見つめた。
「新聞に書いてあったろ。《大学》の本読んで、頭おかしくなっちまったのさ」
「そう、なんですか?」
「他に考えられるか? まったく、死刑になって当然だよ」
オヤジはもう一度呟いた。
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