第16話

 俺たちはビルの最上階にある事務所に通された。


 テーブルについたベルカの周りを、チンピラどもが取り囲んでいる。全員、ベルカに向けてはいないが、銃を抜いていた。


「おーおー、ホントに戻って来やがった」


 エレベーターから降りてきた大兄ダーシンは、ベルカを見て目を丸くした。ベルカを触ろうとした右手には、包帯が巻かれている。

 ベルカが立ち上がり、大兄ダーシンを睨む。


「昨日はごめんなさい」


 ぺこり、とベルカが頭を下げると、途端にチンピラどもが食ってかかる。


「ざけてんじゃねえぞクソガキ!」

大兄ダーシンに怪我させてただで済むと思うな!」

「まーまー、お前ら、いいじゃねえか。こんなもん、怪我にも入らねえ。それよか嬢ちゃん、わざわざ詫びいれるためにツラ見せるなんて偉いなァ」


 ベルカを挟んで反対側のソファにどかりと腰を下ろして、大兄ダーシンがニヤニヤ笑う。


「それに昨日の逃げっぷり。ありゃたいしたもんだ。嬢ちゃん、生身じゃねえな?」


 ベルカは答えない。


「ま、そんなこたぁどうでもいいか。んで、わざわざ来たんだ。話くらい聞いてやるよ」

「倉庫にあった荷物を返してください!」

「いいぜ」

「お願いです! ……え?」


 食い下がろうとしたベルカが、目を瞬かせる。


「返してやるって言ってんのさ。人のモンを返すのは当たり前だろ?」

「ほ、ほんとですか!?」

 ▽ベルカ、落ち着け……。


 目を輝かせるベルカに、大兄ダーシンの笑みが湛える黒さは増していく。


「ああもちろんさ。だがなぁ、大変だったんだぜ?」

「なにが……?」

「嬢ちゃんの荷物、一回は売っぱらっちまったんだ。おいおい、こっちは正当な手続きを踏んだんだぜ? 倉庫を畳むとき、期間内に荷物を回収しなかった場合、所有権を放棄したものと見なして売却いたします、ってな。それを方々さがしてなんとか買い戻してやったんだ」

「え……?」

「それがもう大変で大変で。ウチの若い衆も総出よ。しかも買い戻すのにずいぶん金もかかった。この出費、当然嬢ちゃんが払ってくれるよな?」

「え、え……、あの……」

 ▽ベルカ、嘘だ。コイツの言ってることを信用するな。


 大兄ダーシンが懐から、数字が書かれたペラい紙切れを取り出してこちらに見せる。

 そこには、高級車でも買ったのかというほどの金額が書いてあった。


 ▽バカにしやがって。なんだこの金額。


「これ、請求書な。嬢ちゃん、払えるか?」


 ベルカが青い顔で、首を横に振る。


 ▽ベルカ、こんなとこさっさとおさらばしよう。こんな野郎とこれ以上話すべきじゃない。


 ベルカの顔色に、大兄ダーシンの笑みが和らぐ。親切そうな、人の良さそうな顔。


「安心しろって、なにもいっぺんに払えなんて言わねえよ? 自分で言うのもなんだが、こりゃ結構な額だ。嬢ちゃんにこれだけの金が払えるとは思えねえ。そこでだ」


 大兄ダーシンがもう一枚、今度はきれいに三つ折りにされた紙を取り出してテーブルの上に広げた。  


「俺が嬢ちゃんに仕事を紹介してやろう。短時間でぱーっと稼げるチョロい仕事さ。嬢ちゃんぐらいの器量よしならなおさらさ」


 ▽ふざけんじゃねえこのスケベ野郎が……!

「?」


 ベルカはまだ分かっていないのか、手元に寄越された書類をジッと見つめている。

 読まなくても分かる。これは人身売買組織のやり口だ。


 おおかた、この書類は大兄ダーシンが持ってる人材派遣業だかなんだかの会社のもので、これにサインすれば、そこの従業員という形になる。

 もしサインして契約を結べば、まず莫大な借金が背負わされる。借金の名目は大抵「新人研修費用」とかそんな感じだが、当然実態はない。ベルカの場合なら、さっき大兄ダーシンがほざいてた「荷物の買い戻し代」だろう。


 借金を背負わされることで、契約者は大兄ダーシンの会社から逃げられなくなる。あとに待っているのは奴隷としての日々だ。


 どうやらこの男は性風俗サービスで儲けている。社員となった者が「派遣」されるのは、このビルを占めるような売春宿や、大学や教会の目を逃れて「特別サービス」を求めてやって来る旅行者なのだろう。


 つまり大兄ダーシンは、ベルカを売春婦として働かせるつもりだ。

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