第15話

大兄ダーシンにもう一回会う。それで荷物を返してもらう」


 翌朝起きたベルカはそう言って聞かなかった。


「大丈夫? 話を聞く限り、まともに話が通じる相手とは思えないけど」


 ルゥが心配そうな顔で訊ねるが、ベルカの気が変わるとは思えなかった。


「これまでも、危ないことは何度もあったから、大丈夫」

 ▽ここが緩衝地帯だってことを忘れるなよ。


 ルゥはしばらく渋い顔で腕組みしていたが、ふっと苦笑した。


「帽子と上着、貸してあげる。ちゃんと返してね」

「うん」

「気をつけて」


 ルゥから借りたコートと大きめのキャスケットを身に付け、ベルカと俺はビルを後にした。


 ▽なあ、ベルカ。昨日のことなんだが……


 黙々と歩くベルカの歩調が、ほんの少し乱れた。


「……昨日って?」

 ▽いやその、お前が寝る前に言ったことなんだが、あれは──

「ユーリ、この道こっちであってる?」


 上ずったベルカの問いかけで、俺の言葉は掻き消された。


 ▽……。あぁ、そうだ。それで三ブロック先で左。


 気まずい。


 このままではマズい。

 そんなことは解っているのだが、どうすれば良いのか解らない。

 今のベルカに、俺がなんと言ったところで、彼女を傷つけるだけなのではないか。そんな恐怖で、俺の存在しない唇はとんでもなく重たくなった。


 売春ビルの鉄格子前には、昨日と同じ強面が立っていた。近づいてきたベルカを見た瞬間に、門番の顔がカッと赤くなる。


「テメェ!!」

 大股でこちらに歩み寄ってくる門番をベルカが睨み付ける。

 ベルカの鉄錆色の瞳に射貫かれた門番は、息を呑んで立ち止まる。本能的な恐怖を感じさせるくらいには、ベルカの眼光は刺々しかった。

 

 ベルカが口を開く。


大兄ダーシンに会わせて」

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