第2話
たしか……そう、俺は移動中だった。
針葉樹と広葉樹が混じり合った森で、葉が青々していたから、少なくとも秋や冬じゃない。
俺はひとりで道を進んでいた。岩の崖をえぐって作った、三十センチくらいの細い道。もし足を踏み外せば、谷底まで真っ逆さま。まあ助からないだろうな。
危険な道を歩くことは慣れっこだったから、恐怖は感じてなかった。結果から言うと、その油断が命取りだったんだけど。
そのとき俺が恐れていたのは、命綱なしの危険な道じゃなくて、前の街で聞いた噂だった。
この森に、
人造妖精、知ってるよな? まあ一応説明しとくか。と言っても、俺が知ってるのはおとぎばなし程度の知識だが。
ひと言でいえば、人造妖精は「人喰いの人造生命」だ。
戦時中、世界中で人を喰い殺しまくった化け物。
普段は人に化け――それも化けるのは美しい少女らしい――、人を油断させたところで本当の姿、狼や虎なんかの巨大な獣の姿になって人を喰い殺す。
聞き分けのない子どもを叱るときに使う脅し文句みたいな話だ。「悪い子は人造妖精にさらわれて食べられちゃうぞ」みたいな。実際、世界中の子どもが今でも親にそう言われて脅かされていると思う。
旧時代で言うとこの、ブギーマンとかババヤガとか鬼とか、そんな感じのポジションだ。
そいつらと違うのは、人造妖精は確かに存在する、というところ。
人造妖精が創られた理由は知らない。大学側が作った悪魔の兵器だ、と教会では教えられたが。でも大学側じゃ「教会側が人造生命への憎悪を植えつけるためにやった自作自演」という噂も耳にした。
先に言っておくが、俺は人造生命に対して嫌悪感はない。でもそれは対話が成立した場合だ。対話が成立しなきゃ、人造生命だろうが人間だろうが、相手するのは御免被る。そういうスタンスだ。
話を聞く限り、人造妖精ってのは対話が成立するのか怪しい。だから、できれば会いたくない。
もし出会ってしまったら、どうしよう。煙幕を焚いて逃げる? 一か八かで戦う? 戦うって、俺が持ってるのは一番大きなもので刃渡り十五センチのナイフと、護身用の38口径リボルバーが一丁……
ズルッと、足が滑った。
考え事をしながら歩いていいような道じゃなかったんだ。
ああちくしょう。いま思い返すだけでも腹が立つ。旅人を十年以上やってて、なんであんなヘマをしちまったんだろう。
ほとんど垂直の崖を、俺はピンボールの球みたいにバウンドしながら落っこちた。
即死じゃなかったのは大した運だと思うが、幸運か不運かと言われると悩むな。
なんとか目は見えた。奇跡的に、右腕も動いた。逆に言えば、それ以外は全くこれっぽっちも言うことを聞かなかった。
痛みはあったが、感覚が麻痺してるのか、昔銃を暴発させて尻の肉をちょっと削ったときの方がよっぽど痛かったように感じた。
動かない身体で、なんとか周囲の様子を確かめようとした。
それで……どうなったんだっけか……
ああ、思い出した。
俺は、人造妖精に会ったんだ。
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