【完結】ベルカとユーリは人を殺して旅をする
森上サナオ
第1話 プロローグ install
▽個体識別情報を入力してください。
なんだって?
……ここはどこだ? 真っ白で何も見えない。身体の感覚も何かヘンだ。ヘンというか、なにも感じない。指一本動かせない。というか、俺の身体はどこだ?
ああそうか。
俺は、死んだんだ。
でも死んだのなら、なんで今こうして考えていられるんだ……?
……まぁいいや。
で、個体識別情報を入力? よく分からないけど、自己紹介でもすりゃいいのか?
俺はユーリ。旅人だ。
旧ウクライナ圏、《教会》の支配地域の出身。生年月日は西暦二二〇四年六月二四日。年齢は勝手に計算してくれ。
えーっと、で。俺について語れって?
じゃあ、なんで俺がこの時代に、こんな厄介な世界で旅人やってるかについて話すか……。
最初に旅人に憧れたのは、子どもっぽい、青臭い憧れが理由だった。
地元の息苦しい空気から逃げ出したかった。
俺の地元は教会支配地域で……必要ないと思うが一応説明しておくと、教会ってのは、今現在世界を二分している勢力の片方だ。もう片方は《大学》。
で、俺の地元では教会の教えに従ってみんなが生きていた。教会の教えってのは、ざっくり言ってしまえば「生命を作り出して良いのは神さまだけ」ってことだ。
だから、クローンやらデザインチャイルドやら、人造生命はもちろん教義的にアウト。身体改造やらも当然御法度だ。
大学ってのは教会の正反対だと思えばいい。
人造生命はバンバン作れ、身体改造もオッケー、科学技術万歳。
両者の生命倫理がぶつかり合って、世界中で戦争が起きた。「
で、なんやかんやあって世界中の空で核弾頭が炸裂しまくった。
核爆発による電子パルスが世界中の電子機器をぶっ壊して、人類文明はしっちゃかめっちゃか。しばらくゴタゴタの時代が流れて、今は教会と大学がそれぞれの支配地域を確立して、冷戦状態。
えーっと、で。
ああ、理由。
俺が旅人になったのは、村を追放されたからだ。追放というか、逃げ出して二度と戻れなくなったって言う方が正しいけどな。
十六のとき、俺は村の森で人造生命の旅人と出会った。旅人というか、見た目は犬だった。ぱっと見は狼みたいな、銀色っぽい毛並みの……ハスキーだっけ? そんな感じ。
いわゆるキメラってやつだ。人の脳を持った、犬の形をした人造生命。人の言葉を話し、頭脳も人間と全く同じ。むしろ俺よりずっと物知りで賢かった。
そいつは元々、セラピー用に造られたらしい。戦争中に職場を追われ、それからはキメラであることを隠しながら旅をしていた。
俺はそいつと仲良くなった。旅の話をいろいろ聞いて、俺についても語った。地元を出たいって話をしたら、そいつは「じゃあなんで今すぐ旅に出ないんだい?」と笑った。
俺はいろいろ言い訳を並べた。金がないとか、勝手に村を出るわけには行かないとか、そんなどうでもいいようなことを。
そんな俺に、そいつは言った。
「きっとキミは、何だかんだ言って現状に満足しているんだよ」
当時の俺にとって、その言葉はちょっと聞き捨てならなかった。
こんなクソッタレな地元に、満足なんてしてたまるか。そう言って唾を飛ばす俺を、キメラの旅人は微笑んで見ていた。
そいつと出会って数日後、俺たちは一緒にいるところを村の奴らに取り囲まれた。
学校をサボって森へ行っていることを、誰かがチクったらしい。それでこっそり後を付けられた。
教会の教えじゃ、人造生命は悪魔と一緒だ。悪魔と森で密会していた俺は悪魔召喚に手を染めた黒魔術師みたいな扱いをされた。
俺たちはその場で殺されることになった。
本当だったらきちんと当局に通報して教会の役人が来て……みたいな手続きが必要だったんだろうけど、いかんせん閉鎖的な小さな村だ。一回みんなの頭に血が上ったらどうしようもなかった。
薪割り用の斧で頭を真っ二つに割られそうになったとき、キメラの旅人が俺を突き飛ばした。俺は崖をゴロゴロ転げ落ちて、谷底の川に流されて助かった。
あいつがその後どうなったのか、結局俺は知らない。
それから俺は、まず大学の支配地域を目指した。
もう教会の支配地域にはいられない。だったら大学側に行くしかない。
聞いた話じゃ、どうやら大学側は悪くない世界らしい。人造生命に対する悪感情はないし、どんな人間でも受け入れて、大学に対する批判だって自由にできる。まさに自由の世界じゃないか。
やっとの思いで俺は大学側に辿り着いた。でもしばらく滞在してみると、どうやらそこまで素晴らしい場所でもないな、という感想が湧き始めた。
たしかに人造生命も人間も平等だった。でも、その平等の恩恵を俺は受け取ることができなかった。
理由は簡単で、俺が教会側からの亡命者だったから。
俺の聞いた大学側についての話には、見えない文字で「ただし亡命者・移民を除く」と書いてあったらしい。
教会も大学も、大して変わらないのかも。それに気づき始めたころ、俺の目的はようやく「旅」にシフトしていったように思う。
そこに至るまでは、漠然と「ここじゃないどこか」へ行きたいと思っていた。でもそれは言い換えれば「安住の地」を探していたわけで、世界各地を転々とする行為を真に求めていたわけじゃなかった。
世界のどこにも、安住の地なんてない。そんな諦めや絶望が、どこにも根を張らない旅の生活に心の平穏を見出すようになったのかもしれない。
それから十年近い月日が流れて……
このあたりから記憶が曖昧だな。なにがあった……
……ああ、そうか。
俺が死ぬ直前の記憶だからか。
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