第16話 魔法詠唱は時間が掛かります! その隙に最弱の得意技命乞いを見せてやれ!

☆☆☆悪魔の囁き


彼女は自分を抹殺するべく差し向けられた勇者機関からの刺客であった。


イルミルを一撃で戦闘不能にできるマジョーナに勝つことは不可能。


それに自分の手の内も把握済みだ。光魔法のトリックやステータスが最弱であることも。だまし討ちも通用しない。


だからこそ、自分が出来ることをやるだけだ。


「良い魔法をしている。その練度。相当の努力をしたのだろう」


努力したかは知らん。そこまで魔法に精通していないが。


だが人は認められることに弱い。そこを突けばある程度は懐柔できる。


「……何を?」


「だが、そんな君を勇者機関は雑用係としか考えていない。自分は優秀だと証明するためにそこまで酷使されるのは虚しくないのか?」


恐らく図星だ。置かれている環境を考えればわかる。自分の暗殺を失敗し続けた責任は彼女に向かうはず。


上官から嫌味なども言われてプライドの高い彼女ならストレスになっていたはずだ。だからジエイミにも八つ当たりをしていたのだろう。


「だとしても関係がありません。今から貴方はここで本当の死を迎えるのですから……これも世界のために死んでください……」


彼女の本質はプライドもあるが世界を救うためという崇高な目的があったのか……だが!


「ここで一つとても良い提案をしよう……」


一か八か。賭けることにしてみた。


「マジョーナもアイドルにならないか?」


「「「「え?」」」」


その場にいたマジョーナとユーシャインは一斉に声を上げる。


戦っても勝てない。恐らく逃してももらえない……ならば、こちら側に引き込むしかないのだ。


自分は今や国民的アイドルユーシャインを手掛けた有能プロデューサーだ。これを利用させてもらう。


いくらだって彼女をアイドルにすることができる。


「ならない」


「アイドルはいいぞ? 可愛い衣装を身に纏い歌って踊るだけで周りからちやほやされる。賞賛まみれの人生を送れる。金だって手に入るぞ ……何も辛い暗躍や隠密行動などもすることはないのだ」


「っく……」


やはり魅力的な提案に弱い。それもそのはず恐らくマジョーナはモテない。あの年増な見た目な上あの性格だしな……


だが今のマジョーナは違う。見た目は美人でありアイドルにはなれる。


顔が良ければファンは一人は付くだろう。


それにイケメンに弱いのも確かだ。最悪一時的にアイドルに入って脱隊してもいいし、出会いの場というわけだ。


そのごり押しは自分に決定権がある。


「ですが、私、マジョーナ・アンデには大義がある。勇者機関は完璧な勇者を作り出し、やがて復活する魔王から世界を守るために戦っているんです!」


正義を御旗に何をしてもいいと思っているのかこの人。


「正義のためなら何をしてもいいのか?」


「世界を救うためならどんなことだって! 強化の影響で味覚だって犠牲にしているのです! 家族だってもういない! 何をいまさら! アイドルになるだなんて!」


……過去重くない? 味覚がないから激辛が好きだったのかよ!


「その大義の果てにあるのは破滅だぞ? まだ分からないのか? 君は自分と同じように勇者機関から捨て駒としか見られていない。アイドルになれ! マジョーナ! 下らん世界平和を掲げるほど君は浅はかではないのだろう! 過労死するぞ!」


「それは! ですが……」


なんとしても年魔女改め社畜女マジョーナ・アンデを懐柔しなければ! 


こちらに未来はない!


☆☆☆天使の導き


「やらない言い訳をしないでくださいよ。マジョーナさん!」


コルルナがマジョーナの前に飛び出す。今唱えようとしている魔法は殺傷能力が高い。


巻き込まれれば死が待つのみだ。それを承知の上で彼女は立っている。アイドルとしての誇りがそれを為せているのだろうか?


「そこをどきなさい! 誰にでも笑顔を諂うのが仕事の売女風情が! 世界を救う崇高な使命の前に立ちはだかるんじゃない!」


アイドルはそんなんじゃねぇよ!


「私だって最初は自分にはできないと思っていました……だけど、マジョーナさん。アイドルだって誰かを救うことが出来るのですよ?」


「何を抜かして! ただ歌ってるだけでしょ。歌やダンスで何を救うっていうんですか!」


「私のファンにある病に侵された女の子がいたんです」


初耳だ。そんな子がいたのか?


「トルティちゃんはいずれ来る死の恐怖にずっと怯えて暗い顔をしていました。その時に私が歌うと喜んでくれて、ユーシャインを好きになってくれたんです」


「ライブに招待すると、とても喜んでくれました。そして笑顔で『将来は私もアイドルになるんだ』って……」


恐らくその少女は……


「そんなものはただ叶うはずもない夢を与えてるにすぎない! 何も救えてなんかいない」


すると、コルルナはある手紙を取り出す……恐らくはファンレターだろう。


相変わらず文字は読めないがかなり震えた筆跡をしている。


『アイドルのコルルナのお姉ちゃんへ


お姉ちゃんの歌が大好き! ずっと心の中に響いているよ!』


あ……これダメな奴じゃん。


『だから、この手紙にも書くね……お姉ちゃん。私はやっぱりアイドルになる! 夢を与えてくれたから、今度は私が皆に夢を与えたいってな思って』


『今は凄く苦しいけど……絶対に治すから! だから私がアイドルになる時はお姉ちゃんがファンになってね! ライブ楽しみにしているよ! トルティより』


「これが……私の宝物です。アイドルは星の様に輝き夢を与えること。それは人の心を救うことにも繋がります」


「それは詭弁だ! たった一人しか救えてないではないです!」


「トルティちゃんが見に来たライブは今日です。だからなんですよ、例え音楽が止まっても歌い続けられたのは……絶対に失敗できないんだって」


え、そんなことがあったのか。めっちゃ悪いことしてしまった気分だ。


「彼女はこのライブを見てくれた……そして治療を受ける覚悟もしてくれたんです! それは誰かの心を救ったことにはならないというのですか」


「それは一人だろう! 私達はそんな小さい事ではなく世界を救うために!」


「私達の歌が総てに届けば、それは一人ではなく皆になる……最初は小さいかもしれませんが、積み重ねれば、大勢の人達に勇気を与えたられるようになります! それも幸せな方法で!」


極論過ぎない? すげぇ宗教の勧誘みたいだな……それが目的でもあるのだけど。


「やはりマジョーナさん。アイドルになりましょう! アナタは命を奪うこと、本当は嫌がっているはずです!」


「そうよ! お姉さんも良く分からないけど。美人枠でキャラ被るかもしれないけど! とりあえず。うん! アイドルになるべきだよ!」


これは……いける。予想にないコルルナの行動がこちら側に優位に働いた!


「そうだアイドルになれ! ちょうど今、ユーシャインの妹分ユニットを考えていたのだ。そうだ。今ならセンターになれるぞ? かなりの好待遇だ! 勇者機関よりも絶対に稼げるし、世界も救える! アイドルになるのだ! マジョーナ・アンデ!」


頼む……アイドルになってくれ!


☆☆☆ダメでした!


「……っぐ! いいや。それでも私は!」


魔法の詠唱は止まらない。やばい。


アイドルになることをここまで拒むというのか? そこまで勇者機関による社畜が進行していたというのかぁ!


「頼む! 金ならいくらでもある! だから命だけは取らないでくれ! 嫌だ死にたくない!」


「もう全てが遅い! 奪ってきた命が多すぎるのです! その数にあなた達も加えてやりますよぉ!」


ダメだ……マジでこれは積んだ! チャージ時間からするに高威力の魔法に違いない。


そもそも頼みのイルミルも戦闘不能になり、後の二人だって戦闘では頼れない。


「クソォ! 何が異世界転生だ! 現代知識で無双するだ! ただの一般人がそんな知識ひけらかしたところで生かせるわけないだろ! 嫌だぁ! 死にたくないぃ! 誰でもいい助けてくれぇ!」


「スシデウス様! お逃げください!」


「せめてスシデウス君は逃げて!」


コルルナとアルシュルは自分を守ろうとするが多分意味ないな!


「女を盾にしても私は躊躇いませんよ!」


「クソクソクソ! そもそも異世界こちらに来る奴なんてのはな! 現実から逃げたい情けない奴ばかりに決まっている! なのにどうしてこっちに来てまで逃げなくちゃいけないんだよ! ふざけんな! マジョーナ! お前ほんとに終わってんな!」


「この魔法は爆破魔法に風魔法加えた私のオリジナル広範囲爆撃魔法――ドカちゃん・トルネード!」


技名ダサっ! こんな魔法で自分は殺されるのかよ……


思い返せば、この異世界に来て沢山のことがあったな。


最初はこの最弱に悩まされひやひやして過ごしていた。


勇者をやめてからも、自分なりに稼いだりした。四天王と対面した時だって逃げ果せた。


それからアイドルをプロデュースしやっとの思いで安定した生活が手に入りそうだというのに。ここですべてが台無しになってしまった。


確かに自分は偽物だ。だから偽物の勇者と言われても納得がいく。周りからだって見下されてきた。


そう……自分は転生前に……悲しい過去が、まぁそれはいいかどうでもいいし。


どうして自分がこんな目に合わなければならないんだよ! 少しズルしただけでこんな仕打ちはあんまりだ!


くそぉぉぉぉぉ!


「嫌だぁあぁぁああ!」


魔法が発動し、周囲が爆風に包まれる。


――――――――――!


………………


…………


……あれ?


痛くない? むしろ生きている?


「間に合ったな……久しぶりだなお二人さん」


巨大な盾。巨大な肉体。まさか……おや?


なんでだ……


「なんで髪が……ある?」


確かに久しぶりと言った。この流れならもうそういうことだと分かっている。


「その巨大な盾、まさか! なぜあなたが……? え、髪がある……? 別人?」


マジョーナもやはり驚いている。それほどハゲであることが当たり前のようになっていた男が、何故髪を生やしているのだ! ふさふさだぞ! イケメンになってるし!


「なんでそこなんだよ! 今、お前らが気にするのはそこじゃあないだろうに!」


「「ヤィーナ・イッツ!」」


そう、自分が追放したもう一人のメンバー。


ジエイミを追放した張本人のヤィーナ・イッツ!


そして今ここに、ジエイミ以外の元勇者パーティーが揃ったことになった。


どういう目的で彼はここに訪れた……?


なによりも……どうして髪が生えてたのだ!

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