卯の花腐しーⅢ

「速いな」

「あぁ、速いな」


 ビルの上から皇居を見下ろしていた二体は、レインウォーカーの動きを目で追っていた。

 敵を仕留める際は必ず一撃。

 的確に急所を見抜き、確実に急所を突き、絶対に一撃で倒す。

 人食いはもちろん、人間から見ても驚異的存在。人食いを駆逐されるのも、時間の問題だろう。


「どう思う? 羅刹らせつ

「おそらくお前と同意見だよ、夜叉やしゃ。あれは脅威だ。驚異的な脅威だあれは。悪鬼羅刹から生まれた羅刹の俺でも、苦戦は必至。辛勝さえ出来るかもわからない。最悪、圧倒的に負けるかもな」

「なら、試してみるか」


 と、夜叉と呼ばれた美丈夫は両腕を差し出す。

 羅刹と呼ばれた男が差し出された両腕を斬り落とすと、斬られた両腕は生え、斬り落とされた両腕は腕の先から骨、肉、皮を構築し、二人の人型人食いを作り上げた。


 片や首に数珠を付け、錫杖を持った青年。

 片や両手に三叉槍を握り、天狗下駄を履いた青年。


 錫杖を持った方は大きく欠伸し、三叉槍を持った方は馬鹿笑いし始める。


天夜叉てんやしゃぁ! 久し振りの開放だぞぉ! どうする、どっちがヤる?!」

「どっちでもいい。あぁでも、おまえ空が飛べないからな……おまえが雨合羽の方やれよ」

本当マジ?! っしゃあ! やったゼ! どう見てもあの女雑魚だもんな! どう見ても雨合羽の方が当たりだろ! 早速、行ってくらぁ!」


 三叉槍を持った方が、ビルを蹴って降りて行く。

 真っ直ぐにレインウォーカーへと降りて行った相方を見て、天夜叉と呼ばれた方は呆れた様子で溜め息をした。


虚空夜叉こくうやしゃ……それぞれに当たれとの事だが、地夜叉ちやしゃの言う通り、あの女にそこまでの価値があるとは、思えぬのだが」

「あれはただの餌だ。あいつの窮地に雨合羽が向かえば、隙も生じよう。それにまだ、力を隠している可能性も捨て切れない。あのお方を狙う者である以上、我々が見定めるべき点は二つ。あの方の命を狙うに値するか否か。そして、あのお方が直々に手を下される価値があるか否かだ」

「わかっているが……まぁいい。わかっている以上、もう質問はすまい。ではその価値、計ってやろうか」


 体が浮かび上がった天夜叉は、地夜叉を追って飛んで行く。

 二体の姿がゴマ粒ほどに小さくなった後、虚空夜叉は爪で空間を引っ掻き、裂いて、別次元への入り口を開いてみせた。


「行くぞ」

「ここでも良いだろ? もっと楽観的に観覧させて貰おうぜ」

「向こうもまた、こちらの視線に気付いている。腕試しするのに、今はまだ我ら自身が出るべきではない。行くぞ」

「……ったく、しょうがねぇなぁ」


 二体が虚空に消えた時、レインウォーカーは皇居に現れた最後の人食いを斬り捨てていた。


 水溜りを確認し、索敵。

 取りこぼしの有無。

 エメの状況。

 皇居全体の状況を見て、無事に終わった事を確認し終えたレインウォーカーは、曇天から降って来る影へと一瞥を向けた。


 気付いていないフリをして後ろを向き、襲い掛かって来たタイミングで翻りつつ斬り落とす。

 が、首を斬ったつもりの一撃は三叉槍によって軌道を変えられ、飛び込んで来た影の片腕を落とすに終わった。


 着地に失敗してゴロゴロと転がり、片手両足の爪を地面に突き立てて止まった体は嬉しそうに笑って、斬られた腕は自切した蜥蜴の尻尾が如く再生し、生えて来る。


「ひゃあははは! いいなぁ、いいなぁおまえ! 俺の腕を斬り落とせるたぁ上等よぉ! こりゃああの方も喜ばれような!」

「あの、方……?」

「お主、名は何と申す? 憶えてやるから名乗るが良い」

「レインウォーカー」

、とな。横文字は苦手だが、憶えたぞ? 憶えた。おまえの存在はあの方をさぞ楽しませような。だがその前に、俺にもその腕前馳走してくれ!」


 斬り落とされた腕は朽ちて、三叉槍だけが人食い――地夜叉へと飛んで行く。

 生えたばかりの新品の腕で掴み取った地夜叉は二振りの三叉槍を手に、レインウォーカー目掛けて突っ込んで来た。


 人語を介す人食いだ。レベルとしては高位と言っていい。

 簡単な内容ながら、今の会話も成立していたところを見ると、悪鬼羅刹に次ぐ階級の強さと見て相違無さそうだ。

 多くの人食いを狩り、悪鬼羅刹と三度接触したレインウォーカーから見ても、大物。

 逃がす訳にはいかない。確実に、狩る。


「“桜流さくらながし”」

「“地獄突じごくづき”!!!」


 刺突と刺突の衝突。

 が、三叉槍でたった一度繰り出された刺突に対し、レインウォーカーが放った刺突は応酬。百近い刺突が重なり、衝撃が内側で爆ぜて地夜叉に吐血させる。

 が、体中に空いたあなは塞がり、欠損した目玉も元通り復活した。


「おいおい……今、一縷の間に何発打った? 全身打たれて穿たれて、思わず鼻まで垂れるとこだったぞぉ、今。やっぱり速いなぁ。俺が目で追い切れなかった」


 嘘を付け。

 目玉こそ打たせたが、急所らしき箇所は軌道をズラした癖に。

 それこそ脳を打ってやろうとした一撃に目玉をくれてやるくらいには、この人食いには見えていたはずだ。


 だから、次は更に速く突く。もしくは斬る。

 狙うは首、もしくは脳。心臓は復元される可能性があるので、今のところは狙わない。

 だが、更に言うならば。


「喰らいなぁ!」


 地面に突き立てた三叉槍の周囲から、半透明の霊体が次々と現れる。

 中心で燃える核が鼓動するように膨張と収縮を繰り返しながら、悲鳴と共に霊体が飛んだ。

 

 暖簾に腕押し。どれだけ傘を振っても霊体をすり抜け、核の鼓動が加速し始める。核を燃やす炎がより強く燃え上がり、核に亀裂が入った時、眩い光がレインウォーカーに目を細めさせた。


「“自爆霊じばくれい”……!」


 数十体の霊体が爆発。

 火と閃光と衝撃とがレインウォーカーを襲い、五体爆散させんとした。


 が、レインウォーカーは無傷だった。

 体勢を低くし、傘で自身を覆うように被って防いでいた。

 三柱の加護を受けた傘にも傷一つ無く、一切のダメージを負っていなかった。

 そして、傘を閉じて速攻で走る。


 一瞬でマッハに達した白い影が地夜叉の懐に入り、下顎を蹴り上げて打ち上げる。

 ポケットから細いビニールを取って傘に被せ、落ちて来る地夜叉目掛けて抜刀した。


「“雨冷あまびえ”」


 脳天から股にかけての斬撃が走る。

 体を突き抜けた斬撃は内部から凍り付き、氷結した斬撃が地夜叉の体を両断した。


 が、地夜叉は半分になっても笑い、呵々大笑しながら半分の体で立ち上がり、双方ぶつかってくっ付こうとした。

 しかし、地夜叉の体はくっ付かない。斬られた傷口が凍り付いて細胞が全く働かず、上手くくっ付く事が出来なかった。

 再生も然り。凍った細胞が、分裂しない。


「やってくれたなこの野郎」

「上手くくっ付かねぇよ、この野郎」


 いや、それ以前にいつまで生きてるんだ。

 消滅する気配が一向にない。


 いくら上位の人食いだとしても、急所を斬られて死なないなんて事はあり得ない。

 何かしら特殊な条件でもあるのか。


 脳を潰しても生きている。

 臓物を真っ二つにしても生きている。

 心臓を一突きにしたが――


「痛いなぁ。容赦ねぇなぁ、この野郎」


 意味が無さそうだ。


「しつ、こい……しぶ、とい」

「ひはははは! しつこいししぶといぞぉ!? さぁどうする、雨合羽!」


 左右に分かれた体を蹴り上げ、高々と傘を掲げる。

 先よりも速い高速の冷剣が微塵に細断し、小さな血沼を作り上げた。


 さすがにもう喋れはしないようだが、まだ体全体が脈打ち、生きているらしい。

 いっその事、燃やしてしまうか。火種はないけど。


 だがそれより。


「もう一体、いる、な……」


 おそらくエメの方に行ったと思われる。

 味方の窮地に駆け付けないのは感知が出来ないからか。それともまだ生きているから放っているのか。それとも、エメが足止めしているからか。


 向こうも同じくらいの実力を持っているのなら、考え難いが。

 エメの実力で、もう一体と張り合えるとは思えない。

 しかしもう一体が来ない以上、張り合えているのだろう。ならば、こちらは。


「仕方ない……色々、実験、してみるか」

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