俄雨ーⅥ

『昨日大量発生した人食いの群れを、レインウォーカーが退治しました。目撃者の話によると、一瞬の出来事でまるで夢のようだった。最後に巨大な人食いが現れた時は絶望したが、レインウォーカーのお陰で助かった。と、村の人々が皆、救世主レインウォーカーに感謝を述べていました。村では、レインウォーカーがもう一度来てくれた時に野菜を送りたいと。たくさんの野菜を農家のみんなが用意している様です』


「レインウォーカー、相変わらず大人気だね」

「そう、ですね」


 コーヒーを飲み、イチゴのショートケーキを食べる。その隣で、エメはチョコレートケーキを食べ、紅茶を飲んでいた。


「……あの。何で、隣に……? 席、他、空いて、ます、よ……?」

「別に好きなところに座っても良いでしょう? 私の自由じゃない」

「それは、そう、ですけど……」

「ところで、あんたは会った事ある? レインウォーカー」

「……いいえ?」

「そ」


 式守も、一応は警戒してくれている。


 しかし初対面の時とはまるで別の雰囲気。

 上から来る姿勢ではあるが、喧嘩腰ではない。

 いつ胸座を掴まれるのかとドキドキしていたが、そんな様子は感じられなかった。


「ねぇ。あんた、悪鬼羅刹って知ってる?」

「あぁ……百年近く、誰にも狩られていない人食い、ですよね。人食いの中で、最強って呼ばれる六体……」

「そ。六体揃って悪鬼羅刹。まぁ、統率も何もないし、過去に三度接触があったみたいだけど、その度に壮絶な戦いが繰り広げられて、周囲にエグい被害が及んだみたいね。私、そのうちの一体を探してるの。そのために日本に来た。日本最強のレインウォーカーなら、何か知っているんじゃないかと思って」

「そ、なんですね……」


 悪鬼羅刹は知っているし、悪鬼羅刹を追う人が多い事も知っている。

 彼らはより多くの人を殺し、食らって来た。要は多くの人々の恨みを買い、多くの人の怨恨に追われる者達だ。

 何より厄介なのは、彼らは人食いの身でありながら人語を話し、人だった頃と同等の意思疎通能力。理解能力を持っている事にある。

 故により多くの人々の怨恨を買い、世界は国という規模で彼らを倒さんとしている。が、百年近く経った今でも、達成出来ていないのが現状だ。


「因み、に……ベルティエさんが、追っていると、言うのは……?」

「――両面りょうめん宿儺すくな。日本で生まれ、日本で人食いと化し、日本最強の人食いと呼ばれるに至った、史上最悪のサルテよ」


 それだけ言い残し、エメは代金を置いて喫茶店を後にしていった。


 悪鬼羅刹の両面宿儺。

 確かに奴に関しては良い話を聞かない。

 人食い相手に良い話なんてないが、要は最悪の相手だと言う事だ。


 長命の人食いは陰に潜み、食事の時にのみ表に出て来るものだが、奴は常に表にいる。

 そのため、日本とアメリカが連合軍を結成して討伐に挑んだが、二日と持たず壊滅。朝鮮が放った弾道ミサイル攻撃。ロシアの核ミサイルさえも、奴相手には無力だった。


 奴を倒せるのは銃火器ではない。奴を倒せるのは兵器ではない。奴を倒せるのは核ではない。


 毒を以て毒を制す。

 同じ病原菌から発生し、人々に根付いた異能だけが、両面宿儺――延いては悪鬼羅刹に対抗する唯一の手段。

 故に国は、世界は、奴らに対抗出来る異能ちからを求めている。

 勇者でも英雄でもスーパーマンでも救世主メシアでも、何でもいい。誰でもいい。奴らを倒せる抗体ものを、星は求めているのだ。


「どう思う? 雨宮君。レインウォーカーは、両面宿儺に勝てるかな」

「やって、みなくては、わかりません、が……戦う時になったら、彼は戦うと、思い、ますよ」

「そっか。コーヒーのお代わり、どうぞ」

「ありがとう、ござい、ます……」


 外で女が張り込んでるぞ、とトラロックが教えてくれる。

 何か怪しんでいる様子だが、今日は晴れ。生憎と、期待に応えてやる事は出来ない。

 彼女の望み通り奴と戦う事もあるかもしれないが、暫くは避けたいものだ。


 生まれてからおよそ二〇年。

 青年は少しずつ、皆から奪われていた時間を取り戻そうとしていたのだから。

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