俄雨ーⅣ
幸いと言うべきなのかわからないが、出現した人食いに対して村の人口が少ないお陰で、来た当時の被害はそこまででもなかった。
しかし放置すれば、山を下りて都会に出る事は明白。
何より村に住まう人々は、七〇を超える高齢の人々が多い。
七〇まで生きて後はのんびりなんて思っていたのに、最期は人食いに食い殺されるなど、そんな残酷な事があるだろうか。
「これ、拓実逃げなさい!」
「ヤだ! 爺ちゃんは僕が護るんだ!」
少年が投げる石は、人食いにはまったく効果がない。
いや、ダメージがない上に必死の抵抗を嘲り笑う様が恐怖を助長させ、祖父のために石を投げ続ける少年の心を壊している。
「亜種居合剣法……
わざとらしく声を届かせる。
狐型人食いの巨大な耳が捉えたが、目は姿を捉えない。
空耳だろうと軽んじて少年に向けて大口を開けた時、声が聞こえた方向とは反対側まで跳んでいたレインウォーカーが、一蹴りで戻って来た。
「“
上顎から上が吹き飛び、斬られた衝撃で体が横に吹き飛んだ。
狐の巨体が今日出発するバスよりも早くバス停について、誰もいないベンチに乗り上がる。
状況の整理が追い付いていない少年の頭に手を置いたレインウォーカーは、両膝を曲げて目線を合わす。
「よく、頑張ったね。お爺ちゃん護れて、偉かった」
少年は最初ポカンとしていたが、すぐに大粒の涙を流して泣き始めてしまった。
レインウォーカーの手が少年の肩をしっかりと掴み、優しく叩く。
「でも、まだたくさん化け物、いるから……お爺ちゃんと一緒に、隠れて、るんだ。いい、ね。一歩も、外に出ちゃあ、いけない、よ。君が、お爺ちゃんを、守る、んだ」
「わかった……わかった……僕、僕頑張る」
「偉い。君は、良い子だ」
奥で深々と頭を下げていた老人に一礼。次の戦場に向かう。
吹き付ける雨風を受けて飛んで来たムササビ型の人食いを縦に両断し、斬り捨てながら先へと進んで行った。
一方、エメは森の中にいた。
クワガタの顎とバッタの脚を持って飛び回り、大木を切り裂く鎌で襲い来る巨大蟷螂の人食いを相手に、逃げ回っていた。
接近戦を仕掛けるには不利と判断して森に入ったが、図体の大きさなんて関係ない。邪魔な物は全て切り裂き、切れなければ跳び越えてしまうまで。
敵を凍らせてしまえば後はどうとでも出来るのだが、図体が大き過ぎて全身を凍らせるより先に自分の首が飛ぶ。
故にエメは考えていた。本当は後回しにするつもりだったが、今ここでヤる。
森を抜け、飛び出した先に待ち構えていたのは先ほどのカエル力士の人食い。
コンクリートを割る四股を踏んで突っ込んで来た巨体に対し、エメはカエル自身ではなく地面を凍らせ、足を滑らせて壁に激突。埋もれさせた。
と同時に蟷螂の襲来。
だが、エメはもう反撃の手段を整えていた。
凍らせて砕き割ったカエルの脚を凍らせ、巨体を足蹴に跳躍。蟷螂の頭目掛けて投げたカエルの脚の氷塊がクワガタの顎に潰されたと同時、地面から巨大な氷柱を作って蟷螂の胴体を串刺しにした。
「時間さえあれば、この程度……」
と、誰もいないのに言い訳する。
だが休んでいる暇などなく、落ちて来た蟷螂の腐りかけの体を千切って投げ、今度は八つの目を持つ熊と蜘蛛を足したような巨大人食いが襲い掛かって来た。
すでにカエル力士は踏み潰され、息絶えている。
「もう何?! 次から次へと!」
とにかく巨大な氷柱を乱雑に生やしてバリケードとしたが、遥かに超える巨体だけでも厄介なのに、蜘蛛の如き八つの目と八つの脚と来た。熊の膂力にかかれば即席のバリケード如き、紙切れほどの効果も無い。
すぐさま対策を考えようとするが、咆哮と共に放たれる蜘蛛の糸。
凍らせれば何とか脱出出来るが、粘着質な糸の性質が逃亡を遅らせる。その遅れが、状況の改善と対策を考える時間を奪っていく。
熊の爪が土砂を掻き分け、崩して落とす。
根から崩れて落ちて来た大木を凍らせて回避したが、追撃の牙に追い付かれた。牙と牙の隙間に足が挟まり、噛み砕かれはしないものの、振り回される。
踵から氷結させて口内を凍らせていくが、口の中の冷たさに驚いた人食いが更に首を振り回し、靴が脱げたエメの体は空を切って、樹海の中に叩き付けられた。
枝と葉っぱが折り重なってクッションになってくれたお陰で、重傷は免れた。
けれど前身は切り傷だらけ。ジーンズもダメージが重なり、破けている。
だが何よりダメージが体の中に蓄積されていて、頭こそ打っていないものの、背中を打ち付けた衝撃でまともに息も出来ず、指先一つ動かす事が出来なかった。
だが敵は待ってくれない。
寧ろ僥倖と思って、涎を垂らしながらやって来る。
巨大熊の人食いが来るより先に人面ナナフシみたいな人食いがやって来て、両手両足を掴んで握り締めて来た。手足の骨が軋み、声にならない悲鳴を上げる。
いつもなら触れている部分から凍結させて壊すのだが、背中を中心とした痛みのせいで意識がハッキリとせず、能力が上手くコントロール出来なかった。
細い指先に生えた爪が肉に刺さって、血が噴き出す。その痛みもまた、エメの意識を能力の制御から遠ざけて行く。
人面ナナフシの口から垂れて来た涎が頬に張り付き、凍り付く。
ナナフシの口が裂けるように開いて、頭を丸々食われそうになった時、ナナフシの細い体躯が木っ端微塵に砕け散り、跡形も無く吹き飛んで行った。
「まだ、終わって、なかったの……?」
声が聞こえて辛うじて振り向いた先で、揮発する血に塗れたレインウォーカーが、ナナフシの体を玉砕した傘を振り払いながら、エメの事を見下ろしていた。
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