3-1
その言葉は、完全にミレイアの不意をついた。
言葉だけではなく、眼差しそのものが圧倒してくる。
「罵ってくれていいわ。何を言われても構わない。もう自分の気持ちを偽れないの。エミリオを愛している。そしてエミリオも……私と同じ気持ちでいるわ」
続いた言葉が、更にミレイアを大きく揺さぶった。
すぐには声が出なかった。
「ど、うして……」
そんなことを言うの。いまになって。
ミレイアは混乱する。
――サリタがエミリオを。エミリオもまたサリタを?
ミレイアの長年の友人は、非難に耐えるように一度唇を引き結び、再び告げた。
「私たち、将来を約束していたのよ。……三年前までは」
ミレイアは、今度こそ声を失った。
――嘘だ、と心の中でとっさに声をあげる自分がいた。
そんなことは知らない。聞いていなかった。
エミリオは一言も、そんなことを言わなかった。
ミレイアの内なる声を聞き取ったように、サリタは更に言った。
「……エミリオは言わなかったでしょう? 知ってるわ。そういう人だもの。優しすぎて……腹が立つくらい。エミリオは別れるとき、私に言ったの。『君ならもっといい人を見つけられる。もっと幸せにしてくれる人がいるから』って。何それ。笑っちゃう」
サリタの頬が引きつり、歪んだ。笑い飛ばそうとして、失敗したようだった。
「もう私を愛していないと言ってくれたら、諦めもついた。でも、エミリオはそうは言わなかった。『ミレイアの側についていないといけない。ミレイアは、僕がいないとダメだから』、そう言って、あなたと婚約した」
ガタ、と音をたててミレイアは椅子から立ち上がった。
――信じられなかった。これ以上、聞いていられなかった。
「そんな……、そんなこと……っ!」
「嘘だと思うなら、エミリオに聞いてみればいいわ」
サリタの表情は固く、怒りかそれ以外の何かで強張っているようにも、激しい感情を抑えているようにも見えた。
もう戻れないことを覚悟したように、これまでずっとミレイアの友人だったその人は、告げた。
「エミリオは、あなたを愛しているの?」
ふいに呼ばれたような気がして、ミレイアははっと顔を上げた。
長いテーブルの向こう、並んで腰かけた父と母とが、手を止めてミレイアを見つめていた。
「どうした、ミア。気分でも優れないのか?」
「……いいえ、大丈夫ですお父様」
「また、無理をしているのではないの?」
「少しぼうっとしていただけです、お母様」
両親を心配させまいと、ミレイアは精一杯微笑んだ。
刻印の聖女となって以来、ただでさえ両親には心労をかけている。
(……考えても、仕方ないわ)
数日前、サリタとした会話が胸に色濃い影となってわだかまっている。
――サリタとエミリオは愛し合っていたという。あるいはいまも。
サリタから一方的に話を聞いただけで、エミリオにまだ確かめたわけではない。
ミレイアは、カトラリーを持ったまま止まった手に目を落とした。
(……エミリオに、確かめてみないと)
そうしなければならないと、頭ではわかっていた。
だが同時に確かめるのがおそろしくもあった。
優しい幼なじみだったエミリオ。そのエミリオが三年前に婚約を申し出てくれ、ミレイアが刻印の呪縛から完全に解放されたときに正式に結婚しようと約束してくれた――。
ミレイアはサリタに話を聞くまで、そのことを何の疑問もなく受け入れてしまっていた。
いっそ傲慢とすら言える態度だったのかもしれない。
《四印》の聖女――救国の聖女と称えられることはあっても、消えない刻印を四か所も刻んだ女を伴侶にしたいという人間など、誰も現れなかったのだ。
英雄と賞賛される一方で、伴侶にすべき異性としては見られなくなった。
刻印という呪いが伝染するのではないか、結婚して子をなしたとして子に影響するのではないか、あるいは刻印が暴走して危害を加えられるのではないか――あらゆる憶測と邪推が、ミレイアにまとわりついた。
(……エミリオだけだった)
そういったものをおそれず、婚約者にと望んでくれたのは。
『落ち着いたら式をあげよう』
そう言って、周囲が落ち着くまで待ち続けてくれているのは。
せめて両親を安心させようと、ミレイアはつとめて明るく振舞い、旺盛な食欲を披露した。
だが、味はほとんどわからなかった。
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