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だが腕をふるって主を飾った侍女は不満であったらしく、まあ、と声をもらした。
「おそれながら、エミリオ様。顔色がよいのはもちろんでございますが、ミレイア様はまず淑女でいらっしゃいますので……」
「え? あ、ああ……! その、うん、もう言うまでもなくきれいだ! 当たり前じゃないか! ただその……」
侍女の婉曲な非難を受け、エミリオは慌てる。
ミレイアはくすっと笑い、助け舟を出した。
「いいの。エミリオはとっても褒めてくれてるわ。顔色がよくて、私が健康であることを喜んでくれてるのよね。それに、付き合いが長いから照れくささもあるし」
「そう、それだ! やっぱりミアはちゃんとわかってくれてる」
エミリオの弁解に、ミレイアの侍女は不満げな眼差しを投げた。
その小姑じみた視線から逃れようとでもするかのように、エミリオはミレイアに腕を差し出す。
ミレイアは笑いながらその腕に手を触れ、邸を出た。
エミリオが乗ってきた馬車に、手を借りながら乗る。馬車の窓から外を見ると、初秋の心地よい日差しが地上を穏やかに照らしていた。
ミレイアは顔を戻し、向かいに座るエミリオを見た。
エミリオは、心地よい日差しに劣らぬ微笑を浮かべていた。
「本当に元気そうだ、ミア」
「それ、何度目? 私、そんなに病弱に見える? これでも
ミレイアが笑って返すと、エミリオは困ったように頭の後ろをかいた。
少しおどけた答えとは対照的に、ミレイアはかすかに残っていた悪夢の名残が、エミリオの言葉で振り払われるのを感じた。
エミリオが自分の健康を喜んでくれるのは――そのまま、ミレイアが生きていることそのものを喜んでくれているからだ。
外見を褒められるよりも、それがミレイアには嬉しかった。
「君は昔からよく無理をしたから、どうもね」
「信用ないなぁ」
「まあ、僕がついてるから」
「ふふ。頼りにしてる」
そう言って、互いに気取らない笑い声をあげた。
エミリオとミレイアの付き合いは長い。ゆえに婚約を結んでも、互いに気心の知れた関係で、陽だまりのような温かさがあった。
(……幸せ)
ミレイアはまた、胸の内でその言葉を反芻した。
三年前の戦を生き延びただけでなく、エミリオがこんな自分を妻に迎えようとしてくれているということが嬉しかった。
そっと目を向けると、エミリオは穏やかな横顔をこちらに向けている。窓の外の風景を楽しんでいるようだった。
その端正な横顔を見ているとさすがにどきりとして、ミレイアは自分の膝上に目を戻した。
ミレイアとエミリオは互いに子爵家の子どもだった。小さい頃は家同士の交流でよく遊んだ。
幼い頃、ミレイアは内気な少女だった。かなり人見知りするほうで、初対面の人間とはまず打ち解けられない。同年代の少年少女たちの集まりではほぼ浮いてしまった。
『だいじょうぶ? 具合でも悪い?』
そういって声をかけてくれたのは、手を差し伸べてくれたのはエミリオがはじめてだった。
緊張して強張ったミレイアを、気分が悪いのだと察して優しく背中を撫でてくれた。
どうしてそこまで優しいのか。ミレイアは半ば尊敬にも似た気持ちで、エミリオに問うたことがある。
『どうも、放っておけなくて』
エミリオは照れくさそうに笑ってそう言い、いつも誰かに手を差し伸べていた。
子爵家の三男であるために王室の歴史を編纂する文官の一人になった。
どこか王室史を紡ぐ文官ともなれば、いかめしく堅苦しい人物が多い。あるいは内気な若者だ。
だがエミリオは人当たりがよく穏やかで、容姿が優れていることもあいまって、男女問わず人気であるらしいと聞いた。
――これだけの容姿と性格の良さならば、それなりのご令嬢や裕福な未亡人に取り入ることもできるのに、と少々意地の悪い噂も聞いたことがある。
それでもエミリオは浮いた噂もなく、三年前の戦後、ミレイアと婚約すると言った。
普段穏やかな彼が、珍しく必死になってこぎつけた婚約だった。
エミリオが、ミレイアを守ろうとしての行動だった。
それ以来、ミレイアはエミリオの優しさに包まれて回復していき、平穏を取り戻していた。
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