XXXV

 ティック、タク。ティック、タク。

 ティック、タク。ティック、タク。

 時計って、偉いよな。

 文句の一つも言わず、ただ静かに時を刻み続ける。

 どんなことがあっても、表情一つ変えずに。決して自分のペースを乱さずに。

 ティック、タク。ティック、タク。

 ティック、タク。ティック、タク。

 それに対して、大人はどうだろうか。

 時間の流れが早いと嘆く老人がいる。時間の流れが遅いと嘆く労働者がいる。時間の流れが変わらないと嘆くニートがいる。

 だけれども……川崎先生だけは、違った。

 時間の流れから弾かれてしまった僕に、偉大なママから忘れ去られ、世間から置き去りにされてしまった僕に、そっと寄り添い、へなへな歪んでしまった時計盤の上で一緒に笑い転げては、狂ったように泣いてくれた。

 雪の降る冬でも、隣同士でしゃがみ込むと温かいことを教えてくれた大人は、川崎先生だけだった。

 だから僕は、屋上ドアへと続く、半ば物置小屋と化してしまった短い階段の上で、川崎先生を待っていた。

 普段は誰も通らない、忘れ去られてしまった空間。妙に落ち着く、安心の空間、その一。

 ホントの僕の話。命に替えてでも、絶対に教えてはいけなかった、僕の秘密を打ち明けるために……。

 屋上ドアのガラス窓には、灰色の空から、重くて水っぽいぼた雪の降る、外の景色が映っていた。なぜだか今日は、ふわふわとした浮遊感は襲ってこなかった。誕生日の一週間前だから? いや、そんなパパや偉大なママにとって最も不幸な一日、僕とはなんら関係ないに違いなかった。

 ボンボボボン、ボンボボボン! すると、屋上ドアのガラス窓から、ぼた雪の物寂しい静寂を切り裂くバイクの爆音が聞こえてきた。

 パパパパパパー。今度は軽快なラッパのメロディーだ。彼らは、こんなに寒い放課後だというのに、おそらく誰にも望まれていないであろう『暴走族の狂騒曲』を、まるで大勢の観客を前にしているかのように、堂々と演奏しているのだ。

 僕は、ガラス窓を横切っていくぼた雪を眺めながら、彼らの演奏に、しんみり耳を傾けていた。

 徐々に演奏の音圧が増してきた。バイクがこちらに向かってきているのだ。パパパパパパー。皆に顔をしかめられながら忘れ去られていくであろうメロディーを、僕だけは念入りに、鼓膜に焼き付けていく。

 ボウン、と弾力のあるものが跳ねる音が聞こえた。『暴走族の狂騒曲』の演奏がピタリと止んだ。アアーッと清らかで雑味のない男の美声が、ぼた雪を震わせながら、窓ガラスを貫通して、半ば物置小屋と化してしまった短い階段にまで届けられた。

 あれだけ堂々と演奏していた音楽が、嘘みたいに消えてしまった。

 一体、なにが起こったのだろう……。

 僕は、柱時計と別れを告げると、ゆっくりと立ち上がって、不確実な現実の世界へフラフラ下りていった。

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