30

「守、もう止めるんだ! 守!」

 羽交い絞めにされた守は、俺の腕の中で、ようやく諦めたようにグッタリうなだれた。

 部屋の中は、滅茶苦茶に荒らされていた。壁のカーテンはズタズタに引き裂かれ、シンクは至る所がへこんでいる。床に散らばった飲みかけの錠剤は踏み荒らされ、中身が飛び出していた。

「俺だってすぐそばにいた。守だけの責任じゃない。いつでも阻止できる立場にあったのは、俺も同じだ」

 興奮が冷めてきたのか、緊張した体の筋肉がフッと弛緩していくのがわかった。俺は羽交い絞めを解いてやる。

「すまない、ハットリ……」

 守はフラついた足取りで数歩、前進すると、秋菊の遺体を見下ろした。

 また一人、亡くなってしまった。それも、手が届くほどの距離で。

 ここにいるのは、俺と守とグレンの三人だけ。九人がひしめき合っていたこの『家』には、今やたった三人を残すだけとなってしまったのだ。

「謎解きの続きをしなくては。暗号文の二行目は……」

 そう呟きながらヘナヘナ床に座り込んでしまうので、俺はとっさに守の体を支えてやる。

「俺の部屋に移動しましょう。ここだと、うまく気持ちを切り替えられない」

「ああ。でも、時間が……」

「平気ですよ。ここまでくれば、どんなに努力したって、どうせ結果は同じです」

 諦念に満たされた俺の言葉に、守は生気を取り戻したようにフッと笑みをこぼしてみせた。

 そうして、秋菊の遺体に手を合わせ、二度と再会できない別れを告げると、俺たちは部屋を後にした。

 廊下に出ると、ふとグレンの様子が気になって、俺は、七番の部屋へ立ち寄ってみた。

 ドアに僅かなすき間がある。気づかれないよう、そっと部屋の中をのぞいてみた。

 どうやら部屋にグレンは居ないらしい。天井のプロジェクターから扇状に放たれる光が、うす暗い部屋の奥を煌々と照らしている。独りでに流れる映画の効果音が、なんとも言えない不気味さを醸し出していた。

 俺は、思わず身震いすると、静かにその場から立ち去った。

 刻一刻と、時間だけが過ぎていく。互いにめっきり口数が減ってしまった。当然である。未だに暗号の謎は解けない。それどころか、なんの脱出の手がかりも得られていないのだ。

 すると、とつぜん守が妙な事を言い出した。

「なあ、ハットリ。この部屋、暑くなってないか?」

「そうですか? 過度に緊張して、そう感じるだけじゃないですか? 狭い室内に二人が密集していますし」

「ああ、まあ、そうだな」

 ふたたび黙って暗号文について考えを巡らせていると、守は、言わずにはいられないといった様子で口に出す。

「いや、勘違いではない。床に手を触れてみろ」

 俺は半信半疑、言われた通りに床を触ってみた。すると、たしかにフローリングとは思えないほどの高熱が手のひらに伝わってくるではないか。

 植物育成ライトに照らされた多肉植物を見ると、赤く紅葉した葉の先が、黒く朽ちはじめていた。間違いない。みるみるうちに室温が上昇している……。

 すると守が、額に流れる汗をぬぐいながら早口で言った。

「この家で、室温を変えられるほどの熱を発せられるものは、一つしかない」

 ハッと気づいた時には、すでに守が立ち上がっていた。二階の暖炉だ。きっとあれに、なにか異変があったに違いない。

 俺と守は目を見て頷きあうと、急いで部屋を飛び出した。

 

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