22
二階に着いてもなお守は、忙しなく中央の部屋を歩き回っていた。
先とまるで景色が変わっていない。まだ見出せずにいるのだ。脱出の糸口を。
思慮の邪魔をしてはいけない。俺は、静かに床に座り、エレベーターの扉に背中をあずけた。錆びた鉄の匂いがプンと漂ってきた。
ぼうっと天井を見上げ、天井に埋め込まれた電球から降り注ぐ眩い白い光を、顔全体で受け止める。
あとわずかで、このフロアーも水に沈むのだろう。信じたくはないが……俺たちの中に殺人鬼が潜んでいるとしたら、水没のタイムリミットを目前にして、より狭くなった『家』を舞台に、それこそ血みどろの争いが勃発するに違いない。そんな事態に発展したとき、果たして俺は、最後まで生き残ることができるだろうか。守と一緒に、仲間の命を守ることができるだろうか。
背の高い天井をじっと眺めているうちに、ぐにゃりと景色が歪んで見えた。まるで、そこだけが時間の流れから置き去りにされてしまったかのように……。
「アッ!」
脳内に稲妻が走るような感覚に、俺はとっさに大声を上げた。
「まだ誰も調べていないところが一箇所だけあった。天井だよ!」
まさに青天の霹靂だったようで、守は、ピタリと足を止めて顎に手を置き、しばしその場で固まってしまう。
「……天井か。たしかに、この家の構造は、やたらと下に注意を向けるように仕向けていた。刻一刻と足元から迫ってくる水に、派手な模様の絨毯。フロアーや部屋によって素材の異なる床。まるで、視界から逃れるかのように高く設計された天井」
そんな小細工を施す理由は、ただ一つ。天井に、なにかを隠すためだ。
俺は鼻息荒く部屋中を見渡す。梯子の代わりになりそうな物はない。どうやっても、頭上の天井へは手が届きそうになかった。隠し扉の類ではないのか……。あるいは、なにか別の方法があるのだろうか。
すると守が、ゆっくり肩を持ち上げながら、瞬時に灰色の軽自動車の方へ顔を向けた。
「ああ、わかったぞ、ハットリ。どうしてこの部屋だけ、電気を消灯することができるのか。なぜ、こんなにも目立つ場所に、自動車が置かれているのか」
喉のつかえが取れたような声で、守は続けた。
「ライトだ。ライトで、天井を照らせってことだ」
勢いよく肘をぶつけて車の窓ガラスを粉々に破壊すると、車内の至る所に取り付けられた装飾用らしきライトを、片っ端から外へ引っ張り出していく。
筒状の箱にLED照明が埋め込まれており、側面にスイッチがある。点灯すると、強力な青紫色の光が放たれた。
「ブラックライトか。こんな子供騙しめいた仕掛け、もっと早くに気づくべきだった。『下ばっかりを見て、足元をすくわれないように』。あの文言は、奴からの大ヒントだったんだよ。チクショウ」
取り出された照明機器を床に並べてゆく。かなりの個数が揃い、部屋は月夜の空みたいな、幻想的な青紫色の光に包まれた。
俺と守は、目を見て頷き合う。
「それじゃあ、いきます」
俺は意を決して、部屋の照明スイッチを押した。……カチッ。
とたんに眼前に、黒と青と紫が溶け合い一つになった海の底の世界が広がる。
天井を見上げると……そこには、ぼんやり怪しげに、大きな文字が浮かび上がっていた。
『鐘が鳴るとき、双子の円が動く
次に上へ向かえ。下へ向かう為に
余りを取り除け。さすれば家は静まる』
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