19

「え?」

 思わず俺は、そんな素っ頓狂な声を発してしまう。他二人の顔が一瞬にして、悲嘆の色から疑問の色に塗り替えられる。

「三階の部屋を巡回している途中、一人で一階の様子を見に行ったのを覚えているか。あの時すでに、水は壁の足場を乗り越えようとしていた。わたしはそこで偶然、見知らぬ人物が水に溺れかけているのを見つけたんだ。近づいて手を伸ばし、なんとか助け出してやると、なぜだかその人物は、まともに喋れないほどにひどく怯えて震えていた。自分よりもはるかに巨大な存在に、今にも体ごと食い破られてしまうのではないかと被害妄想を抱いているような、そんな具合だった。皆に紹介すべきか、それとも秘密にして匿っておくか。迷いに迷ったさ。あの頃はまだ、今ほど互いに打ち解けておらず、手探りの不安定な状態が続いていた。そんな輪の中に、ただ訳もわからず怯えてまともに喋れない者を、降って湧いたようにとつぜん放り込んだら、一体どうなるか。せっかく団結しようとしていた八人に混乱をまねき、分裂を生じさせかねない。最悪の場合、弱みに付け込まれてスケープゴートにされるおそれだってある。悩んだあげく、九人目の存在を秘密にして、わたしの部屋に匿っておくことにしたんだ」

 衝撃の事実に、俺たちは相槌もせず、ただ呆然と守の話を聞いていた。

 俺たちが一階を去った後に、別に新たな人物が一人、ここへ運び込まれたということか。なぜ一人だけ、遅れてこのゲームに参加する必要があったのだろうか……。

 ここで、カガチが思い出したように言った。

「だから、わざわざ遠回りをして、グレンの居る部屋を避けて八番の部屋へ向かったんだな。足音で、別の人物を連れていることを知られないように」

 その通り、と頷いてみせる守。

「これだけは断言できるが、九人目の人物は、事件とはなんら関係がない。三階の部屋で体を休めるよう念を押して、皆と二階のダイニングで別れた後、なんとか落ち着かせてやれないか、部屋で色々試してみたんだ。結局、無理だと判断して、本人には申し訳ないが、手足を厳重に縛らせてもらった。不用意に出歩けば、互いに危険が及ぶからだ。したがって九人目の人物は、三人が死亡したと思われる時間帯には、わたしの部屋から一歩も外へ出ていない。縄の結び目を見れば、一度も解かれていないことがわかる」

「でも、どこでロープを入手したんだ?」

「衣服の吊るされていたロープだ」

 カガチの質問に、守は即答する。

「壁に結んであっただけのロープを解いて、部屋にあったカッターナイフで切って頂戴したんだ。まるで、他の用途で利用されることを事前に想定していたかのように、切っても切っても、ロープは余分にあまったよ」

 なるほど。いくつか謎は残るが、おおよその事情は把握はできた。あとは、その九人目の参加者とやらが、一体どんな人物なのか……。

「あれから時間が経って、だいぶ様子は落ち着いてきている。おそらく今ならば、わたし以外の人に会わせても問題はないだろう。改めて……隠し事をしていたことを、皆に深く詫びる」

「謝る必要なんてないですよ。守のおかげで、俺たちはここまで互いに打ち解け合うことができたんですから」

 カガチと明菜も、感謝と尊敬の念を込めた眼差しを守に送っていた。

「さて、いよいよ眠り姫が目を覚ます時が来たってわけだ」

 ふとカガチが言い放った言葉に、俺はとある疑問を持つ。半ば反射的に、カガチに問いかける。

「どうして九人目の人物が女性だってわかったんですか?」

 するとカガチは、動揺する風でもなく、ただ不思議そうに目を見開いて、ぼうっと虚空を眺めながら呟いた。

「……なんでだろな。よくわかんないが、直感みたいなもんが俺に知らせてきたんだよ。九人目は、女性に違いないって」

 そういえば以前グレンも『バトンタッチ』だの『抱えているもの』だの、不可解なことを言っていた気がする。

 俺たちは全員、ここへ来る直前の記憶を消されている。もしかしたら……俺たちはすでに、どこか別の場所で出会ったことがあるのか?

「ハットリ、三階で皆に紹介しようと思うんだが、一緒に来るか?」

 守の呼びかけで我に返った俺は、急いでエレベーターに乗り込んだ。


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