12

「ハットリ、自分の出身小学校を覚えているか?」

 記憶を探ってみると、小学校時代の具体的な思い出よりも先に、ある単語が脳裏に浮かび上がってきた。

「たぶん……照定小学校だと思います」

 守と明菜が、確信めいた表情で顔を見合わせる。

「やはり、そうだろうと思った。わたしたちは全員、同一の小学校に通っていたんだ」

 ヒントは、鐘のメロディ。ああ、そういうことか。ウェストミンスターの鐘といえば、誰もが真っ先に思い浮かべるのは、学校のチャイムに違いない。

 まさか容姿も性格もバラバラな俺たちに、そんな共通点があったなんて。ここで俺はふと、ある疑問を抱いた。

「でも、かえでくんは?」

「それが、照定小学校の学区内に住んでいたらしいんだ。覚えているか? あの近辺で夜な夜な騒いでいた、暴走族の小刻みで独特なコールを」

 言われてみればたしかに、ぼんやり思い出せるような気がしてきた。

 夜分に開催されるバイク大演奏会は、近隣住民にとって、睡眠を妨げる迷惑行為でしかなかったろう。だが、俺だけは、繊細で、どこか悲哀さをも感じさせる、すすり泣くようなバイクコールに、なぜだか親近感を持って耳を傾けていたような気がするのだ。

「かえでくんも、あれを聞いたことがあるらしい。あいつらは、ごく限られた狭い地域でしか活動していなかった。はっきりと住所までは覚えていないらしいが、おそらく学区内で間違いないだろう」

 なるほど。それにしても、出身小学校が同じだなんて、なんとも奇妙な暗合である。

「どうして八人は、ここに集められたんでしょうか」

「さあな。ただ、変な話ではあるが……ここまであからさまにヒントを用意して、謎解きをさせるように仕向けているんだ。互いに殺し合わせるように誘導している反面、なんだか、皆を協力させたがっているようにも思えないか? まるで、無事に謎を解いて、ここから生きて脱出することを、内実ではひそかに願っているかのような」

 謎を解いて生きて脱出する、か。この『家』には、果たしてそんな秘密の逃げ道の類が存在しているだろうか。

 ここで、俺はふと、独自の気づきについて、まだ守に伝えていないことを思い出した。

「守」

「ん、なんだ?」

「実は、ずっと言いそびれていたことがあって……」

 俺は、この『家』から、おそらく意図的に緑色が排除されているであろうことを、守に説明した。

「色か。まったくの盲点だった」

 俺の話を聞き終えると、守は神妙な面持ちで頷き、そう呟いた。

「あのう……」

 すると明菜が、姿勢を低くしながら、二人の間に割って入ってきた。

「私、部屋にいるかえでくんの様子を見に行ってもいいですか? なんだか心配で」

「そうだった、足を止めて悪かった。弾は肌身離さず持っておくから安心しろ。銃の扱いには、くれぐれも注意するようにな」

 ペコリとお辞儀すると、明菜は足早でエレベーターに乗り込んでいった。しばらくして、エレベーターのカゴが三階で停止すると、守は心なしか低い声で続けた。

「徐々にパズルのピースが揃ってきた。次の殺人が起こる前に、この憎たらしいゲームとやらに仕組まれた謎を、必ず看破してみせるぞ」

 そう意気込むと、立ち上がって壁の黒板へ歩み寄り、おもむろにチョークを手に取った。

「この黒板は緑だ。黒板は、文字に書けば『黒』となる。だが、四階にあった円盤の方はどうだ? 例外にされる理由が、きっとあるはずなんだ……」

 チョークの頭をコツコツ黒板に打ちつけながら、呪文のように独りごちる守。まるで、そうでもしていないと、不安で胸が押しつぶされてしまうかのように。

 キャアアア! 

 とつぜん、甲高い女性の悲鳴が、エレベーターの扉を貫通して二階中に響き渡った。

 守と俺は、ほとんど同時にふり返り、ゾクリと身を凍りつかせる。

 あの悪夢のような絶望感が、ふたたび俺を襲う。……どうか、俺の勘違いでいてくれ。

「ハットリ! 乗れ!」

 いつの間にか守が手早く呼び出していたエレベーターのカゴに、俺は無我夢中で飛び込んでいった。

 四番、つまりカベイラの部屋の前には、狂ったように泣きじゃくるかえでと、顔面を真っ青にしてわななく明菜の姿があった。

「なにがあった」

「か、カベイラさんが……」

 腰から崩れ落ちて地べたに座り込んでしまう明菜。目の焦点も合っておらず、もはやこれ以上、話すこともできないようであった。

「一体、なんの騒ぎですか?」 

 異常事態を察知したらしいカガチが、反対の方向から、急ぎ足でこちらにやってくる。

「詳しくはわかりませんが……どうやら、カベイラさんの身に、なにかあったようです」

 忙しなく視線を動かし必死に状況の理解につとめる守の代わりに、俺が途切れ途切れに答えた。

「入っていいか?」

 力なく頷く明菜をよそに、守は慎重に部屋へ入ってゆく。さすがに泣き疲れたのか、黙って頬の涙を拭うかえで。訳もわからず、ただ立ち尽くすだけの俺とカガチ。心の整理がついてきたのか、徐々に顔色を取り戻してきた明菜。あたりは、いびつな静寂に包まれた。

 部屋から守が出てきた。背中を丸め肩を落とした、そのあまりに暗く沈んだ様子から、次に発せられる言葉を、おおよそ予想できてしまった。

「カベイラさんが、亡くなられた」

 鋭利な氷のハンマーで殴られたような冷たい衝撃が、後頭部に走ったような気がした。

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