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 それからというもの、俺たちは、特に言葉を交わすこともなく、重い足を引きずるようにして、ぽつぽつと各自の部屋へ戻っていった。

 思い悩むようにしてソファーの上でうなだれる守に、俺は声をかけることもできず、守を一人、二階に残して、静かにエレベーターへ乗り込んだ。

 部屋に戻った俺は、ただぼうっとベッドに腰かけていた。すぐ目の前には、植物育成ライトに照らされ燃え上がるように真っ赤に紅葉した多肉植物がある。

 そういえば、この『家』から、おそらく意図的に緑が排除されているであろうことを、まだ守に伝えていないのだった。誕生日の他に新たに見つかったという、皆の共通項についても、まだ訊くことができていない。

 ……守が、一初を殺した犯人だった。いや、そんな筈はない。わずかに不審な点があったからといって、犯人と決めつけるのは早計である。なりを潜めた殺人鬼と同じ密室に閉じ込められるという異常な事態に、皆、神経が参っているのだ。

 ガーン……ガーン……ガーン……ガーン。

 突如として、四回目の鐘の音が部屋中に鳴り響く。下方向から聞こえてくるような気がする。脳を震わす爆音にも、すでに慣れてしまって、今更驚くこともなかった。

 鐘が止むと、今度はエレベーターの駆動音が、うっすらとこちらにまで届けられた。いてもたってもいられず、誰かが二階へ移動したのだろうか。

 向かいの部屋には、生々しい一初の遺体が転がっている。一人きりで部屋にこもっていても、そのことが何度も脳裏をよぎって、到底、気が休まりそうにない。

 時間の経った今ならば、守とも腹を割って話すことができるかもしれない。

 俺も二階へ行こう。そう思い立つのと同時に、俺の足は自然、部屋の出口へ向かっていた。

 扉の先には、想像だにしない、悪夢のような光景が広がっていた。

 暖炉の炎の手前、赤々と背中を照らされた守が、呆然と立ち尽くしている。守の視線の先には、両腕を持ち上げピンと肘を伸ばす、明菜の姿があった。明菜の両手に握られた、黒光りする物体。それは、間違いなく……拳銃であった。

 両腕で二等辺三角形を作る構え方で固定された拳銃の銃口は、真っすぐ守へ向けられている。

 どうする……。困惑する脳に鞭打って、俺が次に取るべき行動を電光石火の勢いで模索する。

 無為に明菜を刺激すれば、銃口が火を噴きかねない。かといって、このまま黙って見過ごすわけにもいかない。人質救出作戦の交渉人よろしく、一か八か、彼女の説得を試みてみるか……。

「明菜さん、俺の話を聞いてください。まだ時間はたっぷりと残されています。だから、そんなマネをしなくても、なにかきっと脱出の方法が……」

 言い終わる前に、明菜はハッとして、素早くこちらに振り返った。

「ごめんなさい! 私としたことが、まったく気づけなくて……」

 糸が切れたように明菜の両腕がダラリと垂れ下がる。拳銃の頭は、すっかり絨毯の方に向けられていた。

「ぷ、プハハハッ!」

 すると、暖炉の前の守が、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、含み笑いを、徐々に大笑いへと転じさせていった。

「ちょっと守さん! なんで黙ってたんですか! これじゃあまるで、私が犯人みたいじゃないですかあ!」

「悪い。つい驚かせてやりたくなってな。安心しろ。弾は込められてない」

 ……なんだ、よかった。ひとまず、最悪の事態は免れたらしかった。

「守さんのせいで心臓止まるかと思いましたよ、まったくモウ」

 睨むように、だけれど慈悲を含んだような視線で、俺は守を見つめた。守は、申し訳なさそうに目を伏せると、やがてフッと微笑み無邪気に言い放った。

「さんは要らないよ。呼び捨てでいい」

「……守さんの方が、遥かに年上です」

「男同士は、呼び捨てするもんだ」

「じゃあ……守。それと、明菜さんも、一体なにがあったんですか?」

「私の部屋の郵便ポストの中に、いつの間にか入れられていたんです。この袋に包まれて」

 そう答える明菜が、机の上から、怪しげな黒いビニールの袋を取り出してみせた。袋の上部には、なにやら英語の書かれたシールが貼られていた。

「本物なんですか?」

「多分、ね。銃弾も一緒に入っていたから。驚かせちゃってごめんなさい。ハットリさんも持ってみますか?」

 明菜は、まるで差し入れのお菓子を配り歩くみたいに軽快な調子で、俺に拳銃を手渡してきた。安全とわかっていながらも、俺はおそるおそる拳銃を受け取る。

 至近距離で観察すると、拳銃は、屋台のくじの景品のような、ひどく粗雑な見た目をしていた。果してこんな粗末なモノで、本当に人の命を奪えてしまうのだろうか。

「玩具のような代物だが、おそらく実際に発砲できる。違法に輸入したパーツを継ぎ接ぎに組み立て作られたキメラ銃だろう。弾は、わたしが持っている」

 守がカーディガンのポケットから、金色に光る銃弾を摘まんで取り出して見せた。

「変な場所に隠しておくよりも、むしろ別々の人間が弾と本体を別けて持っていた方が安全だからな。どうやら、この九ミリ弾一発だけが同封されていたらしい。一発だけってのが、これまた質の悪い発想だよ」

 しかし……一体誰が、明菜の部屋のポストに、拳銃なんて物騒なものを投函したのだろうか。

 最初の段階からすでに、皆でこの『家』の隅々までを抜かりなく見て回っている。隠れる場所など、どこにもなかった。ここに、俺たち以外の人間はいないはずなのである。

 凶器を与えて俺たちを焚き付け、一初の殺害をきっかけに、より殺し合いの意欲を煽ろうという、主催側の企みなのだろうか。この『家』のどこかに、俺たちの知らない何者かが潜んでいて、今もなおこちらを監視し続けている……。

 いや、そんなこと、俺の妄想に決まっている。俺は、悪夢を振り払うように、手元の拳銃に視線を落とした。

 人の命を奪うために作られた、玩具のような物体が、不気味に黒く光った。

 すると、次の瞬間。奇妙な浮遊感に襲われ、とたんに目の前の景色が、ザーと書き換えられていった。

 ここは……ふたたびうす暗い部屋だ。相変わらず埃っぽい窓に、大粒の雨が打ち付けている。幾分か背の低くなった俺は一人、ぼんやりと立ち尽くしていた。ガッチャ。遠くの方から物音が聞こえた。視界を上下左右にフラフラ揺らしながら、俺は見知らぬ家の廊下を歩んでゆく。目の前にあったのは、プレスドアの郵便ポスト。ポストの中に華奢な腕をねじ込む。取り出されたのは、黒光するビニール袋。俺は焦るような手つきで袋を引きちぎる。……拳銃。手に持つと、しっかりとした重量感があった。これが、人の命の重さなのか。だが肝心の弾がどこにも見当たらない。銃口を覗いてみた。鈍色に光る板状のそれは、弾の発射を防ぐインサートに違いなかった。モデルガンだったのだ。俺は、ゆっくりと、銃口を自分のこめかみに貼り付けた。トリガーを引く。慰めるように。ばん。

「どうした。しっかりしろ、ハットリ」

 守が俺を呼ぶ声で、ようやく意識が現実世界へ引き戻された。

「……なんだか、眩暈がして。これ、返しますね」

 明菜が心配そうに俺を見つめながら、拳銃を受け取る。

「大丈夫か、冷や汗がすごいぞ」

 黄色のハンカチを差し出す守。額に手で触れると、ベットリと脂汗が付着した。

「この異常な環境に、自分が思っている以上にストレスを受けているんだ。ソファにでも座って、しばらくここで休むといい」

「……ありがとうございます」

 俺は、守の促すように、力無くソファに体を預けた。

 例のフラッシュバックのような現象は、一体……。誰が、どこで見た映像なんだ? まったく身に覚えがない。幼少期の俺か? それとも、俺の脳が勝手に創り上げた、空想の人物か?

「そういえば、ハットリにはまだ伝えていないんだったな。八人の共通項」 

 俺は、弾かれたように顔を上げた。

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