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「でけー部屋があるぞ、こっち」

 開け放たれたドアの向こうから、白い光が漏れてくる。グレンが躊躇もせずに中へ入っていく様子を見るに、どうやら隣の部屋に危険は無いようであった。

 残りの人々も好奇心に駆り立てられ、すぐさま彼の後に続く。最後に部屋へ入った俺は、金色に光る真鍮のドアノブのすぐ下に、ふと目立たない鍵穴があるのに気づいた。

 そこは、ダイニングらしき空間だった。

 フローリングの床に、まったく同様の壁紙。ごく普通な木の長机に、木の椅子が計八脚、用意されている。奥の壁の一部が、モスリンのカーテンで仕切られていた。

「向こうはどうなってるんでしょう。一回カーテンを開けてみますね」

 一初はカーテンへ近寄ると、端のほうを掴んで勢いよく引いた。

「ワッ!」 

 とつぜん発せられた大声に、一初の体がビクンと跳ね上がる。

「……まったく、もう。心臓止まるかと思いましたよ」

 一初を驚かせることに成功し、腹を抱えて哄笑するグレン。

 早くも、皆が打ち解け始めているのだ。この状況の場合、良い意味だけとは限らないが……。そんなことを考えながら、俺は、おそるおそるカーテンを潜った。

 そこには、大きなシンクとIHクッキングヒーターを備えた、豪邸のようなキッチンが広がっていた。コンロ下の収納スペースには、様々な包丁や調味料がズラリと並べられている。

「ずいぶんと立派な冷蔵庫ね」

 明菜が感心したように見上げた先には、業務用かと思われる巨大な冷蔵庫があった。

「中を見てもいいですか?」

 守が頷いてみせると、明菜は、冷蔵庫の扉を開けた。

 おお、と声を漏らし歓喜する一同。冷蔵庫には、サンドイッチやおにぎりなどの軽食、新鮮そうな生野菜から肉、魚、調理済のファストフード、さらには、緑茶から牛乳、ワイン、日本酒、ウイスキー等の飲み物まで、ありとあらゆる食糧が詰め込まれていたのだ。

「マジかよ。これ全部、タダなんだよな」

 グレンは我が物顔で冷蔵庫の前に躍り出ると、手前の缶ビールをかっさらう。

「待て、毒見もせず口にしては……」

 守の制止をふり切り、プシュッとタブを持ち上げ、ぐびぐび飲みはじめた。あっという間に完飲すると、次いで、カバみたいなゲップ。

「嬢ちゃんも飲むか?」

「結構です。まだ未成年ですから」

「つれねえなあ。やってらんねえよ」

 呂律は回っている。二本目の缶ビールを開ける手つきもしっかりとしていた。すくなくとも食糧には即効性の毒等は仕込まれていないらしかった。

 八人全員が長時間ここに閉じ込められたとしても、この冷蔵庫が機能している限り、かなりの日数、命を長らえさせることができるに違いない。主催側は、このゲームが長期戦になることを想定しているのだろうか……。

「二人とも、隣へ移動しますよ」

 一初の頭が、ひょこっとカーテンの向こう側へ消えていった。気づけば、キッチンにいるのは、俺と守の二人だけになっていた。

「わかった、今行く」

 守は、キッチンの至る所に目を配りながら、無駄のない所作でカーテンを潜る。

 そういえば、ドアノブの下に鍵穴があることについて、誰も言及をしていなかった。まさか、鍵穴の存在に気づいていたのは、俺だけだったのだろうか。

「あの、守さん、ちょっといいですか」

 持ち前の人見知りを発揮している場合ではない。部屋を出ようとする守を、俺は背後から呼び止めた。

「ん、どうした?」

「ドアノブの下にある小さな穴って、もしかすると鍵穴じゃないですか?」

 守は一瞬、固まると、すぐさま視線をドアノブのほうに向けた。鍵穴を見つけると、指先で触れて詳しく調べる。

「……そうだ。現代ではあまり見られない古いタイプの錠前だな」

 やはり、鍵穴の存在を誰も知らなかったのだ。最後に部屋へ入った俺は、誰よりもドアに注意を払っていたために、気づくことができたのだろう。

 守に伝えることができてよかった。俺は妙な安堵感に包まれた。

「どこかにサムターンの代わりになるものがあるはずなんだが」

 守の指先がドアノブの中央にめり込み、カチリと乾いた音が鳴る。

「なるほど。よくできている」

 つまり、このドアは部屋の内側から施錠できる仕組みになっているのだ。

 俺は部屋の外の様子をうかがう。反対側の壁のドアを開けて、六人がぞろぞろ中へ入っていく最中だった。

「皆に伝えた方がいいですか?」

「いや、しばらく様子を見てからにしよう。これを皆に知らせるのは、あまりに危険だ」

「どうして……アッ!」

 守は、俺の気づきが正しいことを、目線だけで知らせてくれる。

 そう、鍵をかけて立て籠ってしまえば、大量の食糧を独り占めにできてしまうのだ。ここから脱出できず、他に食料もなければ、外に締め出された人々は、あとは餓死を待つばかりとなる……。

「でも、それだと『殺し合わせる』という主催側の意図とは、すこし異なっているように思えませんか。まるで、一方的な虐殺ですよ」

「いや、それは違う。想像してごらん。餓死寸前に追い込まれた人間が一箇所に集められたら、どうなると思う? わずかに食料が残されていた暁には、それは悲惨な奪い合いが勃発する。極度の飢餓によって理性のタガが外れ……おそらく最後には、奴の望んだような結末が待っているだろうよ」

 メラメラ燃える暖炉の炎を視界に映しながら、俺はゾッとする寒気を覚えた。

 この『家』とやらには、実に巧妙な手段で、殺し合いの舞台装置が用意されているのだ。

 バタンッ! すると、とつぜん守が勢いよくドアを閉じてしまう。たちまち俺と守の二人だけの密室が出来上がる。

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