中編


いつの日か、蓮疾が言っていた


「なぁ親友」

「俺はお前を親友だと思った事はない」

「じゃあ、俺と蒼刻はどんな関係なんだ?」

「...蓮疾は姫様の従者、俺は首斬りの役人、関係も何も無いだろう」


丁寧に手拭いで小刀を拭きながら簡潔に答えれば、蓮疾は言ったのだ


「それだと、つまらねーから、やっぱり親友にしようぜ」

「何故そこまで親友という呼称に拘る?」

「なんでだろうなぁ、蒼刻にだったら預けてもいいと思ったんだよ」

「何をだ」

「命」

「…重過ぎないか?」


驚いて、うわぁ、という目で蓮疾をジトリと見れば蓮疾は笑った


「もしも、俺が死んでも蒼刻は泣かないだろ?」

「どうだろうな」

「そういう信じるに値する奴に命を預けときたいんだよ」

「…どういう意味だ」


「蒼刻は責任感が強いし、頼もしいし、信じるっていうか、尊敬に近いかもな、そんな人間だと思ったからよ、親友になりてぇなって、思っただけだ。気分悪くしたならすまねぇな」

「...勝手にしろ」

「よっしゃ、じゃあ『親友』だ!」


蒼刻の「勝手にしろ」という言葉は「どちらでもいい」という意味だ。蓮疾は良い方に解釈したのだろう


今思えば、こんな下級役人の自分のことを『親友』だなんて言う珍しい輩は初めて見た気がした


蓮疾の側は暖かい

日向が良く当たる縁側のように心地が良いのだ



そう

失ってから、痛感した




蓮疾の脈はもう無い

死んだからだ


「...意志は受け継いだぞ、親友」


亡き親友の身体を丁寧に横に抱き、血に塗れた石畳みの上から、近くの大木の根本付近の茂みにまで身を隠してやる

事が終わったら埋葬くらいはしてやろう。どうも自分は責任感の強い親友らしいから。


さて、蓮疾の言っていた事が本当ならば、これから城内で始まるのはー...



カチャリ、と刀を鞘から抜き背後から奇襲をかけてきた陰陽道から堕ちた呪術師を死なない程度に斬り落とす。


トサリ、地面に堕ちた名前も知らぬ呪術師に詰め寄り刀の切っ先を喉に向ける


「姫の場所を教えろ」


蒼刻に出来る事は妖を宿す姫の護衛と、それから亡き親友の埋葬だけだ



駆けつけた時にはもう遅かった


息を切らして軋む木製の階段を駆け上がれば、倒れた大勢の呪術師たち、城の警備兵

この時期、国の各地域から納税を集めに城から幾人かの警備兵が出払う

その為、城の警備兵は手薄になる、きっと深月はそれを狙ったのだろう

多勢に無勢、本当に厭味ったらしい奴だ


切りつけた呪術師が言うには姫の居場所は『月に近い場所』だと言った。

月に近い場所、と言うと天文場のことであろう。

神様を見に宿し、未来を予言する信託、八千代様がよく足を運んで居た場所、そして、舞桜姫が好きな街が見渡せる、西洋のデザインを模した大きな窓のついた、風通しの良い場所


血に塗れた刀で斬りかかってきた呪術師を斬り投げ捨てる。

嗚呼、今日も刀を研いでおいてよかった。

そういえばこんな刀を研ぐ習慣を、マメな奴だと蓮疾に褒められた事もあったな


そんなことを思いながらダン!と天文場へ足を踏み入れれば

そこには沢山の血と、倒れた数人の呪術師と警備兵、大怪我を負い、尚独りだけ、クナイを両手に持ち、息を切らしながらその場に立つ京羅が居た


京羅の背後に式神を叩き付けようとした呪術師を斬り捨て、背の裏に立つ


「背後は任せておけ!」

「!蒼刻かい」

「舞桜姫は何処へ居る」

「…一般市民の匂い袋を持たせて、現在は裏布に身を隠しているよ」


裏布、西洋の技術を模して作った黒いカーテンのことだ

街を見渡せる硝子窓を隠す宵闇の色


裏布の元に身を隠すということは

つまり、舞桜姫は今、京羅と俺の真後ろにいるということだ


死ぬ気で守ると、己を鼓舞したその時


「もう、良いのです」


宵闇の色をしたカーテンの隙間から、あろう事か舞桜姫が現れた


「姫さま⁉︎」

「京羅、護ってくれてありがとう、でも、もう休んでください。蒼刻、貴方も此の戦に巻き込んでしまった事、心より謝罪を申し上げます」


舞桜姫は口にした


「八千代、呪術師に紛れて戦況を伺う卑劣なやり方は私は嫌いですよ」

「…どうして分かったんですか」

「真偽の妖が教えてくれました。もう、やめましょう。これ以上は血を見たくありません」


舞桜姫の右目には、何処までも純粋無垢な真白な花が咲いていて『真偽の妖』が浮かんでいることが分かった

舞桜姫は静かに怒っている。いくら鈍い蒼刻にもそれは直ぐ様理解できることであった。


八千代は己の右腕についた式神を剥がすと、漸く正体を現した

反抗も無く、短く嘆息をすると、観念したかのように両手を挙げて降参のポーズをした


「なんでバレちゃったかなぁ、別人に化けられる式神だって深月が言っていたのに」

「八千代は分かりやすいですから、あなたの最近の信託につきましても、嘘と本当を混ぜたかのような滅茶苦茶なものでしたし、八千代、貴方、本当は神様から『嫌な未来の話』でも訊いてしまったのでしょう?」

「それも真偽の妖を通してわかったの?」

「はい、その未来を変えようと奮闘していた事も、知っておりました」

「最初から全部分かってたんじゃん」

「このような戦になるとまでは分かりませんでしたが」

「そういう未来を視るのが僕の役目なんだけど」

「私の役目は真実か虚偽かを見極めるだけのもの。貴方の持つ役割とは、立場上、似て非なるものです。似たもの同士、だから八千代は分かりやすいと言ったでしょう」


舞桜は微笑む、そして殊更優しく、八千代に語りかけたのだ


「八千代、あなたは本当の真実が視たいですか?」


八千代は一度驚いたかのように一瞬大きく目を見開き、小さくコクリと頷いた。

「舞桜姫に隠し事は出来ないかぁ...はい、視たいです」

「では妖を託します」



「姫さま!?」

「京羅、口出しは不要。私が決めた事です」


こうなった舞桜姫は止められない。

決めたら梃子でも動かないのだ。そんな彼女だったから蓮疾は彼女のことが好きだったのかもしれないが。


舞桜姫が右目に左手の薬指の根元を近づけ、小さく何かを詠唱した


気がつけば、舞桜姫の左手の薬指の根元には、真っ赤な蝶々が停まっていて、なんとも美しい輝きを放っていた。

そうか、これが妖か、なんとも美しい。ごくり、思わず唾を飲んだ。


姫の右目に花は咲いていなかった


「私は家臣の傷の手当てがあります。八千代についてゆくことはできません。だから今、此処で八千代、あなたに妖をお渡し致します。ですが、妖を受け取る前に、その前に約束だけしてください。

ひとつめ、此方の妖は使いたいと思った時にお使いなさい

ふたつめ、どんな理由であれこのような事態を起こした嘘つきには罰を

みっつめ、八千代、私はあなたを信じています」


幸あらからんことを


そう言って舞桜は八千代に近づくと、額に左手を伸ばし、赤く光る蝶々を溶け込ませた


そんな美しい光景を、残った呪術師、数人の警備兵、京羅と蒼刻は唾を飲んで静観する他なかった


舞桜姫が静かに口を開いた


「蒼刻、貴方は八千代についてゆきなさい」

「それでは、舞桜姫の警備が手薄になるのでは」

「いいから、早く行きなさい」


有無を言わせぬ舞桜の物言いに何も言い返せなかった。

きっと彼女は視えてしまったのだろう


『真偽の妖』は特殊な妖、真実と虚偽を見極める国宝とも呼ばれる妖

いつの日か舞桜姫は口に零していた

『妖が極稀に暴れる時、付近の人間の視た過去の光景が視えることがある』のだと


きっと舞桜は視えてしまったのだ

付近にいた蒼刻を通して、蓮疾が死んだ光景を


「…責任は取ります」


蒼刻は唇を噛む思いで、俯いたまま黙ったままの八千代の側に付いていった




城の裏の庭園を抜け、小さな通りを通れば山の麓に着く

八千代はぼんやりとした頭で奴の元へ向かっていた


奴、深月は三日月のような口に弧を描いて、茂みの中、八千代を待っていた

そんな八千代の姿を見つけるや否や胡散臭く笑って機嫌の良い声を出した


「やぁやぁ随分とお早い帰還でしたねぇ」


「…深月、あなたは未来や地形を変化させる事は、本当に可能ですか」


「ええ、嘘なんてついておりません、私は未来をも変える力を持っています!地形も人々の思想すらも思う存分変えられますとも」


「うそつき」

「は」


透明な雫が流れる八千代の右目には真っ白な花が咲いていた

舞桜姫から受け継いだ『真偽の妖』だ


八千代は己の愚かさに唇を食いしばるのを我慢して深月を睨め付けた


「アンタ、本当に最低な嘘つきだ!」


「八千代!!貴方私を謀りましたね!?」


「何を馬鹿なことを吠えているのやら!アンタは僕に”姫の妖を盗んでこい"とは言ったが、僕に"妖を宿してはいけない"と言っていないだろう!」

「小賢しい!巫山戯るな!」


「こっちこそ巫山戯るな!だ!…舞桜姫との約束だ『うそつきには罰を』…国を揺るがす大嘘をついた大罪人は死刑に値する。さようなら」


「おのれぇ!」


感情に身を任せ衝動で小刀を持ち、八千代に飛びかかった深月を

大木の麓に隠れていた蒼刻は深月の背後から襲い、急所を懐から取り出した小刀で思い切り刺した


幼少期の頃、育手の師匠がくれた大切な小刀だったが、何故だか、ここで使わなければいけない気がした。


深月の金色の瞳が背後を振り返った気がした。

見えなかった事にして、トドメに崖下の窪みに深月の身を思い切り落とした。


深月にも何か事情があったのかもしれない


八千代が国の未来に疑心暗鬼になり騙されてしまったかのように


ごちゃごちゃになった頭は上手く機能してくれなくて、蒼刻は口から息を吐いた


「…何故俺なんかを舞桜姫が、八千代様側につけたのかが不思議でならなかった。...が、漸く理解が出来た」


「きっと、深月は執着深いから、妖を宿しちゃった僕なんかを殺害するとこまで、きっとあの御姫さまは見えていたのだろうね」


本当に凄い奴だよ。あの御姫さんは

八千代はそう呟いてくるりらとその場で回って笑った


「僕は弱かったんだね」


「...俺にはすべてが理解できない」

「...血塗れている癖に、蒼刻はほんとうに鈍感だね」

「...それは関係ないでしょう、八千代様。」

「はいはーい、八千代くんはちょっと神様と御話してきますから待っててくださいねー」

「…」


八千代はどうやら、気紛れに降りてきたという、未来が視える神様と、何か真剣に話を始めたようだった。

独り言を言いながら相槌を打つ八千代を傍目に、蒼刻は腕を組んで手持ち無沙汰に待つ事にする



八千代が目を一瞬見開いて、あははと笑った


「『僕も罪人だ、だから、今の僕には妖を扱う資格なんて無い

もし異なる世界の未来で、青い空の下に再び皆が集まった時

神さまにお願いがあるんだ『真偽の妖』を再び僕に預けておいてくれないかい。まさらな状態の僕に預けてほしいのだ。

泣くのは僕だけでいい。』」


右目に浮かんだ真白な花が消えてゆくのがわかった。


八千代は神様との会話が終わったのか否か、とてとてと蒼刻の元に戻ってくると「ねぇ、蒼刻、ぼく一人で帰っていいかな」と口にした。

問いかけというより、確認に近いその言葉は蒼刻の返答を吃らせた



「...護衛としての責務があります」

「人間の”僕"としての最期の御願いだ。それから姫に伝えて欲しい。"いつか必ず返す"と」


八千代の瞳はいつもの青い瞳に戻っていて、それが酷く悲しそうだったから蒼刻は頷いてしまったのだ


「…分かりました。伝えておきます」


それがこの少年の運命なのだと、なんとなく分かってしまったし、蒼刻は頷いて先に城へ戻った。


案の定、翌日になってもその次の朝を迎えても八千代は城に帰ってこず、

真偽の妖を姫から受け継ぎ、神託でもあった八千代を逃した罪として


蒼刻は国から処刑を言い渡された



処刑が行われるその数刻前に、やらなければいけない事がある。とだけ処刑人の役人に伝え一時ばかりの猶予を貰った。

勿論監視付きであったが。


「私が監視役で良かったな、蒼刻」

「...京羅」

「こんな怪我、痛くも痒くもないから、下手に心配しないでおくれよ?」

「その割に包帯だらけだが」

「唾つけとけば治る」

「そんな手法で大怪我が治ってたまるか」


軽口を叩き合いながら京羅をチラリと盗み見る

左目と左腕にはぐるぐると巻かれた包帯、痛々しい傷跡が綺麗な肌にたくさん残っている


「...蓮疾は死んだのかい」

「見ればわかるだろう」


蒼刻は木の影に隠していた親友を抱え上げた。呪術師に見つかる事無く、無事に身を隠せたようだ。

脈の無い身体はすっかり冷え切っていて、持ち上げてみれば、ずしりと正直重たかった


「...本当に、蓮疾は死んだんだな」

「見ればわかると、言っただろう」

「...行くあてはあるのか?」

「...山の奥」

「それじゃあ蓮疾が寂しがるだろう、彼奴は騒しい方が五月蝿くて好む、街がよく見えるところがいいだろう」


京羅は安らかに眠る蓮疾を見て「頑張った間抜けヅラだ」と微笑った


「蓮疾の事は舞桜姫から訊いていたのか?」

「まぁな、一応訊いていたさ」

「...姫様は」

「来る」


束の間、庭園の縁側に舞桜姫がふわりと裸足で舞い降りた


「私も手伝います」

「しかし、やはり姫様は連日の勤務でお疲れでしょうから、御身体のことも考慮して休まれた方が良いのでは」

「いえ、休みません。監視の京羅も負傷しておりますし、処刑を言い渡された蒼刻の見張りも兼ねて、私もゆきたいのです。本音は、蓮疾ときちんと、私が、さようならをしたい我儘なんです」


そう言われては断れなかった。



結局蓮疾は城裏の山の頂上近くに埋葬する事になった


誰一人泣かなかった、ただそこにあるのは何処までも深い悲しみだった



「舞桜姫、まだ姫である、貴方に八千代様から“いつか必ず返す”と言伝を預かっております」

「分かりました...蒼刻、少しよいですか」


「なんですか、確かに伝えましたよ」


「貴方は本当に優しい人でした。また会いましょう」


親友を埋葬し、改めて姫に伝言を伝えた後、蒼刻は数名の下級役人たちに城外の水辺に連れて行かれ

新たな水の災害を避けるための贄として、腕に麻縄を幾重にもかけられた状態のまま、乱雑に水の中へ、名前も顔も知らぬ役人に放り投げられた。



しかし、姫様の言葉は

どういう意味だったのだろう


『また、なんてあるのか?』


その問いかけは水泡に消えていった


それが蒼刻のさようならだった。



END

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