side深月


Side 深月(みつき)




こんな国など滅びてしまえばいいと切に願った。


下町で生まれた深月は大雨のその日大熱を出した

決して裕福ではない彼の生まれの家は深月に飲ませる薬を買う金も無く医学の知識に長けていた人間も居なかった故に彼を下町から少し離れた山の麓へ捨てた


ざあざあの大降り雨の中、母親であった人間の小さな謝罪が聞こえた気がしたが深月は幼いながらも死を悟ったので、「ああ、自分はここで終わるのだから謝らなくてもいいのに。」などと考えながら瞼を降ろした



次に深月が目を開けた時、見知らぬ天井があった


此れに関しては流石の深月も驚き飛び起きた。下に柔い布団が敷いてある。残念ながら深月は生まれて此の方、硬くボロついた床の上か良くて朝布、藁の上でしか眠ったことがなかった。布団だなんて生まれて初めてだ。此れは都合のいい夢なのではないだろうか。しかしカチ割れんばかりの頭の痛みが生きている証拠を促す。一体此処はどこであろうか。

キョロり、と周りを見渡していると襖から覗いた黒い瞳と目が合った。

思わずビックリしてひいと情けない声を漏らしてしまう。が喉がカピカピで上手く声が出ない。

そんな深月の心情を知らずか男は襖をそっと開けると入ってきて深月の近くへ寄ると座り、背筋を正し「ごめんなさい」と勢いよく指を揃えて謝罪した。

深月が男の突飛な行動に首を傾げていると男は深月に弁解した。

「僕はしがない陰陽師、名を灯火(ともしび)と言います。大雨が降りしきる中、宮廷からの帰り道で山の麓を通った時、顔がどんどん青白くなってゆく君を見るに絶えず攫ってきてしまったんだ。僕なんかが許可無く攫ってしまって、ごめんなさい。」

「どうして、ともしび、さん、謝る、げほげほ」

「嗚呼、気がつかなくて申し訳ない。水を飲んでくれ。先程、汲んできたんだ。僕はね君や君のご両親の許可無く自分のエゴで君を僕の家まで運んでしまった。それで謝りたくて、勝手に連れてきちゃったから、本当にごめんね。」


少し熱が取れるようにオーラを詠んで術をかけておいたよ。

それで許しておくれ。


許しておくれも何も…それは助けた。というのでは。と深月は心中でさりげにツッコミを入れた。そして呆然とした。ここまで謙虚な陰陽師がいるのかと目を見張った。

深月が知っている陰陽師といえば官職についているというだけで踏ん反り返り、金を多く取り庶民の悩みの鑑定や占術をしたりするような「いいとこの役職に就いた狡賢い奴」くらいの認識であったからだ。

深月は手渡された水をこくりと飲むと潤った喉で灯火に言った。


「あんたは良い奴すぎやしないかい。おれなんか道端の雑草みたいに放っておいてくれても良かったのに」

「それでも助けたかったんだ。命の火が消えて行くのは見たくないから」

「ふぅん」

深月は手持ち無沙汰に両手におさまった瓢箪(ひょうたん)をちらりと見た。小さく揺らせば水がチャプリと音を立てた。そんな深月を見兼ねたかのように灯火は沈黙を破った。

「…君、親御さんはどこにいるんだい?送り届けなきゃ」

「あぁ、送り届けなくて良いよ。おれは捨てられた子だから。」

「捨てられたって…」

「うち、貧乏だから。ばあちゃん、かあちゃん、いもうとが二人に弟が一人。父ちゃんはおれが小さい頃に亡くなってて、かあちゃんとばあちゃんが育ててくれてたけど、長男であるおれが稼がなきゃなんないんだけど、病弱で出られなかったからさ。一昨年あたりか、妹がひとり吉原に出されてたなぁ。おれは無理に奉公人として出されても身体が弱いから、流行り病にかかって死んじまうのが親の目に見えてんだろうよ。そんなおれは言わば家にとってのお荷物さ。金にならないし薬を買えないのを理由にして捨てたら親としても楽になるだろうさ。だからおれは捨てられた。と考えるのが妥当だね。」

「そう、だったのか」

灯火は黙ってしまった。術をかけてもらったおかげか大分喉通りよく話せるのを良いことに話しすぎてしまった。気分を害してしまったか。運よく助けてもらったとはいえ、今すぐにでもここを出てげと言われるだろうか。次はどうやって生活していこう。そう考えていた矢先だった。

「君、ぼくの助手にならないか?」

「あ?」

「陰陽五行思想が国の進むべき道を占う風水として政治的役割を持ち始め、朝廷内に国家機密機関である陰陽寮ができた後、父の跡を継いでぼくも陰陽師になったのだけど、如何せんぼくの性分騙されやすい気質みたいでねぇ、依頼されて行く先々騙されそうになって仕事がちょっぴり怖いんだ」

「良い年こいた大人が何言ってんだ」

「そこで君みたいなしっかりした子がぼくの助手になってくれたら非常に助かるなあーって思うんだ。」

「人の話を聞けや」

深月はため息を吐いた。

「先ず一般庶民は陰陽道を学ぶことを禁じられているじゃあないか。陰陽師様が知らないわけないだろう。」

「まさか、知っているさ。だからぼくが君の戸籍情報を改めて作ってしまえば良いと思ったんだ。」

「…灯火といったか。ただの馬鹿じゃあなさそうだな」

「本当?嬉しいなぁ。ぼくは馬鹿だってみんなに言われてきたから、なんだか新鮮だよ」

中々に喰えない青年じゃないか。深月はクスリと笑うと未だ成長途中の小さな手のひらを灯火へ差し出した。

「おれの名前は深月、深い月と書いて深月だ。死を助けてもらった恩返しがしたい。灯火さんだっけか?おれをあんたの補佐にしてくれ」

「ああ、もちろん歓迎するとも。改めてぼくの名は灯火、これからよろしくね。」


こうして、深月と灯火は出会った。

灯火は深月の容体が良くなると先ず新しい深月の戸籍を作った。

偽の戸籍を作ること、それは、やってはいけない禁忌の事だった。

その後、無事に表にバレる事なく「一般庶民では無くなった」深月は灯火の補佐をしつつその傍らで陰陽道を学ぶこととなるのだがー…




そして数年の歳月が経った。現在。


「有り得ません。本当にあなたという人は有り得ません」

「あはは、そんなに怒らないでよ深月くん」

「憤りたくもなります!大体何故貴方という人は機関の官人から押し付けられた仕事を断らないのですか!あの官人は立場上貴方より上ですが歳は下でしょうが!年上の貴方がしゃんとしなくてどうするんです!」

「だってぇ、仕事いっぱい持ってたみたいだったし家庭も安定してないって言ってたし…ぼくがやれば解決するならそれで良いかなぁって」

そう言って背後に花を飛ばす40代の男性、そう、灯火である。嗚呼、どうして自分はこの人に仕えてしまったのだと過去の自分を嘆き、頭を抱えた。

現在、深月は御歳18となる。身体も昔より免疫力がつき強くなった方だと思っている。

しかし、だ。現在仕えている主人である灯火は昔と変わらず危なっかしすぎる。仕事へ同行すれば金をぼったくられそうになり、いかにも怪しげな書類に判子を押しそうになり、困っている人がいたら無償で術をかけてあげてしまう。人から頼まれたら断れない。所謂物凄くお人好しであった。

深月と出会うまでよく独立して一人で陰陽師をやっていたなと感心してしまうほどである。

そんな灯火は陰陽師だがその性格が災いしてか家計は常に火の車である。その度如何に安くその日々を暮らしてゆくかを考える深月の身にもなって欲しい。


ある日のことだった。深月は業務から家路につく半ば、ふと違和感を感じた。灯火が何時になく大人しいのだ。何時もなら「深月くん〜ぼくお腹減ったよぉ」等と騒ぎ始める頃合いなのだが。深月が不思議に思い、切り出そうとしたその時、灯火が口を開いた。

「深月くん、今日は雲が分厚くて星が見えないね。」

「ええ、そうですね。今日は月まで覆ってしまうほどの曇天ですから、最悪、雨が降らなければ良いですけれど。」

「本当に、あの日のように大雨が降らなくてよかった。」

「…?」

「頼みがあるんだ。深月くん、ぼくが家の中へ足を踏み入れたら君は此れを以て遠くへ走りなさい。家の中から凄い騒音が聞こえても、決して後ろを振り返ってはいけないよ。いいね。」

灯火から渡されたものは珍しい西洋産だろうか、濃茶の腕に収まる小さなトランクケースだった。中になにが入っているのか、意外に軽く、不思議に思った深月は訊いてみようとした。

「何故そのようなことを」

灯火は「時間は経つのが早いねえ。本当に嫌になっちゃうよ」と笑った。灯火が家の戸を引く。深月は悟ってしまった。目を見開く。灯火へ手を伸ばす。


「さようならだ。深月」


たのしかったよ



「ーま」

ばちん!と手に静電気のような痛みが走る。戸を見るとどうやら術符による結界が張られているようだった。

呼ぶより先に灯火の入っていった家の中から騒音が聞こえる。金属の類、剣や槍の音、汚い男の怒号。

「畜生!この野郎やっぱり結界を張ってやがったか!」

「これでは疑いのある深月すら追いかけられないではないか!さっさと術を解け!」

「灯火!貴様陰陽師として犯してはならない大罪を犯したであろう!」

其処で深月の脳裏に過ぎる言葉。あの日、遠い昔、深月が灯火としたやりとり。


『先ず一般庶民は陰陽道を学ぶことを禁じられているじゃあないか。陰陽師様が知らないわけないだろう。』

『まさか、知っているさ。だからぼくが君の戸籍情報を改めて作ってしまえば良い。』



「あ、あぁ…」

灯火は深月を庇っているのだ。過去に犯した自分の罪と共に深月の「うそつき」の罪さえも。

どこまでお人好しなんだ!深月は戸を術符で解いて乗り込んでやろうと思った。其処で脳裏に過るのは家に入る直前の数秒間の灯火の最後の言葉とどこまでも優しい瞳。渡されたトランクケース。


「っー糞ったれが!!」


思い切り言い放って逆方向に駆け出す。足で地面を思い切り蹴り上げ走る。草鞋が切れたようだがそんなもの知るかと白い足袋が汚れようと走る。気がつけば雨が降り始めていた。徐々に大雨になったそれは深月の着物を重くするには十分で、沢山走ってボロボロになった深月の足を止めるには十分な理由だった。取り敢えず近くの山の麓にある木の影で休むことにした。

自然でできたであろう木の空洞に身を潜めるように腰掛けふと思考する。あのお人好しに拾われた日もこんな大雨だったなあと。

「気づいてたんなら言えよ。」

頰を伝った雫が雨粒による水滴だったのか涙だったのか理解できなかった。

深月は何も考えたくなかった。


数日後、真偽の妖を右目に宿す齢14の姫により罪が裁かれ、一人の名も知れぬ陰陽師が処刑されたと知った。名は灯火。


深月は復讐しなければならないと柄にもないことを心に思った。

どこかのお人好しが、灯火が自分の分の罪を背負って命の火を消されたように、深月も果たさなければならない気がしたのだ。


「灯火、あんたに背負わせてしまった罪は俺なりのやり方で晴らすから。…ごめんな。」


そして深月は真偽の妖を右目に宿す姫ー、その妖に狙いを定めたのだった。トランクケースを握りしめる。


「此れは復讐だ。これから俺はー...…ー私は、深月。決して名前は変えません。

灯火を断罪し、死の刑に処した、姫に宿りし真偽の妖を奪い、国を滅茶苦茶にします。どうせ散りゆく命なら派手に復讐してから散ってやりましょう。」


さあ、それでは何から始めましょうか。


深月の感情の無い声がにっこりとした笑みから漏れ出た。

深月は先程ばかり大雨に濡れた地面を改めて決意をも込めて蹴り飛ばしたのだった。





End

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