side舞桜


side 舞桜(まお)


右目に宿りし妖を持つ少女、その名を舞桜



舞桜の出生は見事に滅茶苦茶であった。


生まれた瞬間から一緒の妖は薄桃色の舞桜の右の瞳によく映えた。


実はこの国、そういった類のものが体内にいる場合、容姿に影響を及ぼしたりする。


例えば産まれてきたときから、不思議な力を持っていたり、身体能力がずば抜けて優秀であったり、人間ではないものを身体に宿す者は、この国では普通とは少しばかり違った容姿になるのだ。


この国の容姿は基本的に「黒髪に黒い瞳」が一般的だが、上記のような者や身体能力がずば抜けている人間は、容姿が少し普通の人と変わっていたりする。



舞桜は赤紫の色を黒に混ぜたような髪に、桃色の瞳をして産まれてきた。出産間もないときは別段何もなかったのだが、舞桜が成長するたびに、その容姿は格段に美しくなり、親に気味悪がられた。


産んだ母親は自分の子が妖なぞ恐ろしいものを宿していると知ったときには発狂をし、父親は精神を病み、知らぬ間に自害した。



そして、母は捨てるように5歳の舞桜を山に置いていった。

「舞桜、ここで待っていなさい。迎えにくるから」

「わかりました。いつ迎えにきてくれますか?」

「そんな野暮なことは聞かないの。必ず迎えにくるから安心しなさい」


『うそつき』


舞桜の右目の妖が桜の花を瞳に浮かべて囁いた。

舞桜は妖に「なんてことを言うの。おかあさんはきっと帰ってくるわ」とずっと口にしていた。

しかし、妖の言う通り、ほんとうにそれきり母は帰ってこなかったのだ。



雨が降ってきて、何時間も何日も経って、そんな時だった。


「わたしについておいで。風邪を引いてしまうよ」


ボロボロの雨傘をさしたその人は舞桜に自分のボロボロの傘をさしてそう言ったのだ。


「わたしの暮らす場所は身寄りのない子供たちが暮らしてる寺院なんだ。もし君さえよければおいで」

「あなたもうそつきですか?」

「それは君の右目が教えてくれるだろう?」

「…」

右目が『この人は全体的に酷く胡散臭いけど、嘘はついてないよ』と囁いているのは知っていた。とくに帰る場所もなかった舞桜はその人について行くことにした。


「わたしの家はねぇ、いっつも、ボロボロで…家計が火の車でね、でも子供達は皆優しい子達でね、こんなわたしでもよくしてくれて」

「…」

「放って置けないんだ。そういう子たちを見ると」

「だからわたしを拾ったのですか?」


「うん。それもあるけど、君に死なれたら、妖も報われないだろうと思ったからね」


「どう言う意味ですか?」 


「『妖を身体に宿し産まれてくる子は性別問わず修行がある』何かの書物を漁っていたときに丁度目にしたんだよ。君にも修行があるんだろ?だったら尚更死なれたら此方も後味が悪いと言うものさ。」


「…あなたは、わたしと妖を、気味悪がらないのですか?」


「うん、だって妖も元はきっと人間だっただろうから」



妖だから悪に関わるなんて狭い視野で物事を判断していたら、それこそ世界はつまらないものに感じてしまう。それは凄く勿体無い事だと思うんだ。


そういって目の前の男は鼻歌を歌いながら「君、名前は?」なんて陽気に聞いてくる。舞桜は『人の心に入り込むのが上手い人間だ』と警戒しながら自らの名を名乗った。


「舞桜(まお)です。」

「そうかー、舞桜ちゃんかー。呼びやすくていい名前だね、わたしの名前は熾火(おきび)家では先生と子供たちから呼ばれているよ」

「では、先生」

「なんだい?舞桜」

「改めてよろしくお願いします」

「うん、よろしくねぇ、舞桜!」

わしゃり、と男の人特有の大きな手で頭を優しく撫ぜられる。その感触が舞桜にとって凄く暖かなものに感じて、知らず舞桜は涙したのであった。



時は流れ、舞桜が齢10になる頃、数年前、初めて出会った際に熾火の言っていた「妖の修行」というものが舞桜のもとへ封となして舞い降りた。

差出人は国の政府のお偉いさんからで、手紙の内容は酷く残酷なものであった。


『拝啓、舞桜さま。あなたの瞳に真実か嘘かを見抜く妖が宿っていると街の噂でお聞きいたしました。

近年、嘘をついて犯罪から逃れようとする罪人があとを絶ちません。

そして、私たち人間は嘘をつかれても、それが本当かどうか見抜く事ができず、悪質な罪人に逃げられてしまう事例があとを絶たないのです。

どうか御国の為にそのお力をお貸ししてくださいませんでしょうか。

また、このお話を受けてくださった場合、其方の施設に多額の給付金を授けましょう。

どうかお考えくださいませ。』



舞桜は悩んだ。正直、犯罪を犯した罪人の答弁など、聞きたくないし、まっぴら御免だ。


しかし、妖を手持ち無沙汰にしたまま生涯を終えるのも、また修行ではないと思った。


舞桜がこの件を受ければ衰退してゆくばかりの寺院も、また安泰するであろう。しかしそこに舞桜は居ないのだ。


舞桜が頭を抱えていたその時、熾火が通りかかった。


「ハロー、頭を抱えてどうしたんだい、舞桜」

「海外での挨拶ですか。全く熾火先生は毎日が気楽そうで羨ましい限りです。」


「あまり悪辣な態度をとるものじゃないぞぅ。幸せが逃げていってしまうからね」


そう言ってぷんぷんと少し痩せこけた頰を膨らます男は今年で40になる。

見目は29歳と言っても騙せるほど黒髪が艶やかで、若々しく麗しい様をしているのに、中身がこれでは「勿体無い男」という言葉がほんとうに似合うと言っても過言ではない。


そんな熾火の背後に、長い檸檬色のボサボサな髪の毛と萌葱色の瞳をした子供が目に入った。

舞桜より5センチほど身長が大きいのをみると歳上の子だろうか。どうせまた熾火が放っておけないからとでも言って拾ってきたのだろう。熾火が舞桜に問いかける。


「舞桜、この子はさっき浜辺で寝転がっていた子でね。話を聞く限り、この国では無い海外の子だと思うんだけど、舞桜はどう思う?」


舞桜は妖に問いかけた。妖は待ってましたとばかりに意気揚々と、舞桜の瞳に花を浮かべて答える。


『海外の子なのは本当!でも親の遺伝のせいか、身体能力がズバ抜けてるから容姿や言語に影響してる。言語や土地に順応性が高いのもそのせい!昨日の嵐で漂流されて来たみたい。でも身体が丈夫だったから生きのびて、この国までなんとかこれたみたい!』


妖の言葉を舞桜なりに噛み砕いて、そのまま伝える。


「昨晩の嵐で海外から漂流されて来たみたいです。身体能力も優れているようで丈夫なおかげか身体は怪我が無いようです。しかし言語や土地に順応性が高いのも、容姿に関しても、やはり身体能力が高い為のようです。」


「成程、流石舞桜!口説い説明だが、分かりやすくて助かったよ〜」


「これでも噛み砕いて説明したのですが。どうもお役に立てて光栄です」




「あ、あの」

熾火に連れてこられた少女が不安そうに口を挟んだ。舞桜は少女へ目を見やる。


「あなたは私の存在が怖くないのですか?ほら、見た目とか…。」


「まったく怖くないです」


「わ、私はこの国の人間でも無いのに、勉学もしていないのにこの国の言語がスラスラ話せるんですよ?怖く無いんですか」


「それだけこの国に対して順応性が高い身体能力をしている。ということです。怖がる要素はありません」


舞桜があっけらかんと言うと、檸檬色の髪をした少女は目を見開いた。萌葱色の瞳が綺麗だ。

「そんなに瞳を開いたら、綺麗な瞳が落っこちちゃいますよ」と言うと目の前の少女は涙目で言った。


「私の生まれた土地の周りの子は、茶褐色の髪に千歳茶(せんざいちゃ)色の瞳が普通の容姿でした。

それなのに私は生まれてきた時から親の遺伝も相まってこの姿でして。違うんです!

親はだいすきです!ですが、今まで沢山の人に怖がられたりしてきたので、貴方の反応に驚いてしまって…。すみません。」


「謝らないでください。それに美人が泣きそうな顔をしていると勿体無いです。」


舞桜が怒涛の早口に驚きつつ内心慌てていると、近くで笑いを堪えている熾火が耐えきれなくなったのか、ブッと吹き出すと笑いながら言った。


「折角だからこの子も連れてったら?」


「え?」


「舞桜、何か悩んでいるんだろう?きっと京羅(きょうら)を連れて行けば何かと役に立ってくれるさ。京羅は順応性も高く、何より人間らしいからね。それに同郷は一人くらいいた方が心強いだろう?」



「熾火先生、また何か視えたのですか…。勝手に見ないでください」


「あはは、ごめんごめん、この歳になっても未だ残ってたりするんだよ。」


熾火はにっこりと口角を釣り上げた。

そうなのだ。この熾火という中々に喰えない男、身体に神様を宿して産まれてきたことがある。

その神様は少し特殊で、目の前の人物の『少し先の未来』が視えたそうな。


しかし熾火が20になる頃、国の国宝、熾火の実姉である巫女を転落事故で亡くして以来、熾火の体内にいた神様も突然居なくなって、現在は普通の人間に戻ったのだとか。

しかし、齢40を迎える今でも、若い見目をしているのも、元より神さまを体内に宿して産まれてきたことが影響しているというのも、その話を聞けばある程度納得出来るのだから末恐ろしい話だ。

事実この話は舞桜が寺院に来てすぐ話してくれたことだった。


『神様がいなくなった原因は分からない。けれど極稀に、たまーに、未だ視えるんだよ。だから舞桜を拾った時、舞桜の悲しい未来が視えて焦って拾っちゃった』


そう言って亀裂の入った湯呑みを片手に笑った熾火に内心でひっくり返るほど驚いたのは舞桜も記憶に新しい。

舞桜はまたもや内心でため息を吐くと、熾火に言った。


「わかりました。熾火先生がそう仰るのであれば私は修行に出ます」


「あ、やっぱり国の政府からの手紙だったんだね、わたしの力も未だ衰えてないってことだ!わたしってば未だ若い!」


「熾火先生調子に乗らないでください」


「あ、あの…」


「京羅と言いましたか。初めまして、改めましてわたしの名は舞桜(まお)これから人生の修行に都へ行きます。もしよければあなたも来てくださいませんか?」


「わ、私なんかが一緒に行っても良いのでしょうか?」


「京羅が嫌であれば、諦めますが…。」


「いっ行きます!!」


そうして舞桜は修行の名目で京羅とともに国政府の居る都へ旅立ったのだが、そんな二人を賑やかな子供達と共に笑顔で見送りながら熾火は呟いた。



「…いつでも帰っておいでね」


その顔には子供の成長が嬉しい、と共に、心配の表情が含まれて居るようでもあった。


END

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