side京羅


side 京羅(きょうら)


産まれた意味を自分に何度も問いかけた。


昔から忌み嫌われた檸檬を連想させる黄色い髪の毛に萌葱色の瞳。周りの同世代の子供より発育の早い身体。そんな容姿に加えて常人とは思えない丈夫な体を持つ身体能力。


周囲の子供たちや大人は京羅を一瞥して口々に言うのだ。『おまえは怖い』と。酷い時は買い物に行くだけで酷い言葉は勿論のこと、幼い子供には小石を投げられた。


この国での容姿は茶褐色の髪の毛に千歳茶(せんざいちゃ)の瞳が普通の容姿である。つまり京羅の様な容姿の子供がこの国で誕生すること自体が滅多無い事例で、世間様から見れば『恐怖』の存在であった。

そんな京羅は港町近くの、崖の上に立つ寂れた小屋の中で産まれた。


父親はこの国の男性で、茶褐色の髪の毛に千歳茶の瞳をした普通の容姿の漁師で、母親は違う国から来たという、女の人であり、京羅と同じ檸檬の様な、もう少し色素の薄い黄色い長髪と萌葱色の瞳をしていた。


二人がどういった経緯で出会ったのかは、京羅が7歳の頃、母親が疾患の病で亡くなったあとに知ったことであった。

崖の近くにもう動かない母を泣きながら父と京羅で埋葬した。

そのあと、父親が鼻水をすすりながら手に土塗れたまま話してくれた。


「この国は昔は奴隷制度といって、違う国から身体能力が高い人間や容姿が綺麗な人間が男女問わずに連れてこられてた。そのとき、船から出て来たのが京羅の母さんだった。」


「じゃぁ、お父さんがお母さんを助けたの?」

「ちがうよ。母さんが役人に足枷を外された一瞬の隙にあろう事か、役人を蹴り飛ばしたんだ。しがない漁師の父さんは黙ってその光景を見ることしかできなかった…。んだが、あの御転婆な母さんは、何故か群衆の中からお父さん…僕を見つけると、手を引いてその場から逃走した。」

「なんで父さんまで!??」

「うん、お父さんもパニックになったさ、それで強い力で手首を掴んで走る彼女に『どこに行くんだい』と慌てて問いかけたら彼女は『私の匂いが隠せる場所』と言った。今思えば彼女は嗅覚と言語に優れてたよ。直ぐにこの地の言語も話せて、やり取りできたしね。」

「じゃぁ、無関係だった父さんを無理矢理連れて行ったのも…」

「あの群衆の中で一番魚の匂いが身体にまとわりついていたからだろうね。父さんの魚の匂いで自分の匂いも隠せると思ったんだろう。『木を隠すなら森の中』というでしょう!』と彼女は咲って、父さんの寂れた家まで息切れもせず走って…。今思えばおっかないひとだったよ」


そう言って困った様に笑う父さんはきっと亡くなった母に想いを馳せているのだろう。声にはどこか覇気がない。


「そのあと、彼女の乗って来た船にいた奴隷たちはそれぞれ各自で主人に向かって反乱を起こしてね。ある雇い主は殺されそうになって…。結局奴隷制度はなくなったんだ。安堵すると同時に、僕は何か引っ掛かりを覚えて『君が何か彼らたちにけしかけたのか』って問いかけたよ。そうしたら、彼女は『身体能力が高いからって異常と見るあなた達には分からないでしょうけど、普通と違っても私たちは人間よ』って怒りを持った眼差しで言うから、僕はそんな彼女に惚れてしまったんだよね」

「え、それで、もしかして結婚したの?」

「うん。僕が彼女を好きになったから」


まぁ、彼女は奴隷廃止制度を作った張本人みたいなものだから、この国では心よく思われなくって、病院にすらかかれなかったんだけどね。

そう言って彼女…埋めたばかりの母の墓を父は優しく撫でた。


「…なぁ、京羅、容姿なんかに負けるな。きみは強い。」

彼女と僕の子なんだから、引け目を感じずに生きろ


そう泣きそうな顔をして笑う父は京羅を助けて死んだ。




あの酷い嵐の日に。

「京羅ぁ!!無事かっ!?」

「と、さん」

今日は久々の出航の日で、この時期を逃したら販売値が高い旬の魚は獲れなくなる。ただでさえ京羅の家は貧乏だ。仲間の船員の家庭もだ。だから私たちは普通の人よりもっとたくさん働かなくてはならない。


昨晩、音質の悪いラジオで天候の気象情報を聴いて今晩は出航に出向くか父は悩んでいた。どうやら悪天候になる可能性が少しあるらしい。

父は運が良いのに変なところで気弱になる、と心の中で小さく呟いて、そんな父の背中を軽く押したのは最近12歳になったばかりの京羅であった。

「あの頃より私も強くなったよ。どうせならその晩は私も連れていってよ!」

「うぅん、否…リスクが高くなる。何より京羅が危険に晒される…」

「大丈夫!危険なんてないよ!お父さん変なとこで運がいいし!なんなら私がお父さんを守るから!」

「なんだそれ」

「大丈夫、きっと明日は晴れるよ。気象情報なんてアテになんないよ」

そうして次第に擽ったそうに吹き出した父親の顔には疲労が見える。最近睡眠も良くとれておらず、咳き込む姿を見ることも増えた。きっと疲れているのだろう。ならば若い京羅がそれを支えなければいけない。


そう思っていたのに。


「父さん!今急ぎで帆を下ろすよ!!」

「京羅!外に出るな!!」

「でも、このままじゃ船が沈む!」

見事に、最悪な方向に、気象情報は当たってしまった。それも気象情報で聞いていた天候よりも酷い。波が荒れるだけと聞いていたのに、予想は大きくハズれ、風は冷たいし、大雨の粒が降り注ぎ、古びた船はガタガタと不規則に揺れる。大波が迫り古びた船を何度も飲み込もうとする。

京羅は焦る。『私が出港を勧めないで止めておけば…こんなことにはならなかった!何が守るだ!!』と焦る中、自責する。

生き残れるかもわからない。船の狭いコテージ、京羅は急いで帆を下ろし、今度こそ船の中に入ろうとした。数少ない船員も皆避難していた。父もその中だ。運が良ければ皆助かるし、悪ければ船は沈む。正に死なば諸共だ。京羅も覚悟はしていた。雨溜まりをしぶきを上げて蹴飛ばし、中に入ろうとした。


その直前、中にいた父が急に出てきて扉を開けて京羅の肩を押した。ぐらり、と視界が傾く。風で扉が吹き飛ぶのが見えた。


京羅は信じられない表情で父を見る。


「どうして」

「この船は沈む」


京羅の心臓が大きく跳ねる。



そんな結末はもう既に分かっていた。

帆を下げた時から京羅は覚悟していた。

このオンボロ船は如何あがいても沈む。

だからせめて最期は父と数少ない船員と、船の中で最期を共にしようと思っていたのに。


「京羅だけは胸張って生きろ!!」


目を細めて咲った父親に、押された肩が波に飲まれる。

これが父との最期の別れだと悟るには反応が遅れた


「とうさ」


京羅の全身が、傾いた船に跳ねて、船の手すりに思い切り頭を打つ。大波に飲まれる。意識が遠のく



『何で 私 産まれてきたんだろう』


酷い言葉を言われる度に、石を投げられる度に、今ままで何度も問いかけた産まれた意味を自分に問いかけた。



『ごめんなさい でも やっぱり しにたくない 生きたい』


そう叫びながら、京羅は頭の痛みにとうとう意識を失った。





最初に感じたのは、砂の感触。波打ち際で放たれる波の穏やかな音。次に感じたのは自分の心臓の音。

「生きてる」

ぼんやりした目を徐に開けて、手で弱々しく砂を掴んで、思わず涙をこぼす。


ここはどこだろう。どこかの海の海岸のようだけれど…。

京羅がむくり、と起き、きょろり、と首を軽くまわすと、頭がまだ何処か痛む。誰かに、とても暖かい人に助けられた気がする。自分の父親だというのはわかっている。

でも、顔が、思い出せないのだ。どんな顔だったか、そこだけ記憶が抜け落ちている。京羅はそれがすごく悔しく思えて、ひとりまた泣いた。


そんな時、ざり、と砂浜を踏みしめる音が聞こえた。勢いよく振り返ると一人の青年が京羅を優しい瞳で見ていた。


男の見目は29歳くらいに見えた。黒髪が艶やかで、若々しく麗しい様をしている。

男が口を開いた。

「身体も衣服も水浸しの泥だらけじゃないか。風邪をひいてしまうよ」

「いいんです。私の身体なんて、幾ら冷えても」

「うそつき、きみは絶対に今そんなことなんて考えていないだろう」

凄く悲しそうな表情をしているね、何かあったのかい?

そう訊ねる青年の声が想像以上に優しくて、安堵して、京羅は思わず涙をぼろぼろこぼしてしまった。

塩辛い涙を喰いながら、懸命に話す。


「私は、きっと海外から来ました。昨晩の嵐で、出港した船が大波に飲まれたんです。私だけが、父親に突き飛ばされて、助かりました。私だけが生き残りました。みんなきっとなくなりました。なんで私なんでしょう。私がなくなればよかったのに」



お父さん、お父さん、おとうさん



顔も思い出せないお父さん

こんな娘でごめんなさい。

砂浜の上で泣きじゃくる京羅に青年は腰をかがめて、掌を京羅の砂を掴む掌の上に乗せた。

「きみは、お父さんを愛してたんだね。そしてきみもお父さんに愛されていた。」

愛されていたきみは幸せ者で、なくなるなんて言わないでおくれ。


京羅は狼狽る

「それでは、私はどうすれば良いのですか」

青年は応える

「きみの鼓動をきみ自身が愛してあげる。それがきみを守ったお父さんへのお返しだと思うよ」

「うう」


京羅はまた泣いた。青年は京羅が落ち着くまで隣に座っていたが、「海辺にも散歩にくる人がいるかもしれないから、そろそろ行こうか」と言って京羅の手を引いた。「どこへ?」と京羅が問いかけると、「取り敢えずわたしの家だよ。貧乏だけど孤児院をやっていてねぇ、ああ、とても賑やかな場所だよ」と優しく笑った。

「わたしの名前は熾火(おきび)、きみはなんていう名前なんだい?」


青年は問いかける。京羅は勢いにつられるように、緊張で上ずったような声で続けた。

「きょ、きょうら!」

「如何言った字を書くんだい?」

「えっと、こんな字だった気がします。」

そう言って京羅は熾火の手を取り、大きな掌の上で幼い頃、父親に教わった文字を書く。そうしたら熾火はまた優しく咲った。

「うん、『京羅』ちゃんか。この国の字だ。ご両親のどちらかはこの国の人だったのかな?」

「お母さんが海外の人だったと幼い頃に父から聞きました。母がこの国の人だったのかもしれません…。あの、…熾火さん、私、さっきから思っていたのですが、私はこの国出身の人間でも無いのに、勉学もしていないのにこの国の言語がスラスラ話せるんです。何故でしょうか?」

「うーん、お母さんの遺伝とかなんじゃない?例えば京羅のお母さんが言語や嗅覚に長けていた人なら、尚更。元より身体能力が高い人だったのなら京羅の見た目も、そのお母さんの遺伝と考えれば頷けるし。」


この男はどこまで見えているのだろうか。

京羅は少しゾッと鳥肌を立てた。が、あまりにも熾火の周りにお花が飛んでいたので、詳しくは考えない事にした。


ケロリと冗談すら言ってのけて咲う熾火の背後に、長い檸檬色のボサボサな髪の毛と萌葱色の瞳をした不安げな12歳の子供が忙しなく歩く。


それが6月の初夏のことだった。



その後、すぐに京羅は舞桜(マオ)という美しい少女を目の当たりにする。京羅は修行へ旅立つ舞桜の用心棒として、熾火の推薦により舞桜の隣にいることになった。京羅の新しい生きる意味が出来た瞬間であった。


旅発つ早朝になる前に京羅は孤児院の外に落ちていた錆びついた小刀を手に取った。そして長くボサボサであった髪をザリ、ザリ、と適当に切っていく。

裏庭で切っていると、そこに舞桜が通りかかった。

内心驚きつつも京羅がこんな時間に如何したのですか、と舞桜へ訊ねれば、厠へ行っていたという。


「京羅、髪を切っていたのですか」

「はい。この国も、容姿で弱そうとか、強そうとか判断する人がいそうだと思うので!」

「ふふ、だからといって粗雑に切りすぎですよ。長さがバラバラです。私に相談してくだされば良いのに。京羅は以外にズボラなのですね」


もう、錆びついた小刀なんかで切ったら髪が痛みますよ。そう言って舞桜は京羅の檸檬色の髪を愛おしげに眺め、櫛と通して錆のない小刀を自身の服の懐から取り出し、綺麗に切ってゆく。なんでも小刀は普段から護身用に持っているらしい。まったくもって舞桜とは不思議な少女である。

「こんな綺麗な髪をお持ちなのですから、京羅はもう少し自信をお持ちになってください。」

「否否!私なんかが恐れ多いです!」

「京羅、あなたは自分に自信がないようですが、私はあなたが付き人となってくれて嬉しかったんですよ」

本当は一人で修行へ赴くのは少し怖かったもので。

そう小さく零した舞桜はまだ幼い少女そのもので。


京羅が産まれた理由はきっと。

屈強な心臓の持ち主に見えて、本当はとても繊細な心を持つ優しい少女、舞桜を守るため。

それが京羅の生きる意味なのだと、なんとなくそう思った。


「舞桜様…」

「様呼びはおやめください。国政府内の公の場ならばわかりますが、今は未だそういった場でもないのですから。それに京羅は12歳とお聞きしました。私も10歳で歳も近いですし、何なら呼び捨てにしてください。」

「よっ呼び捨て!?ななな、なんて!?恐れ多いです」

「じゃあ、好きな時にお好きにお呼びください。私は呼びますが。愛しい京羅」

「舞桜様ってば私の反応を楽しんでいらっしゃるでしょう!」

「ふふ、それはどうでしょう?」

そう言って軽口を叩いていれば京羅の散髪はあっという間に終わってしまった。

髪を洗い流す前に、桶に水を張って自らの姿を見れば、男のように髪の短い京羅がそこに映っていた。

「気に入らなかったら申し訳ありません」

「否、もう嬉しすぎて髪の毛洗えません」

「せめて洗ってください」

京羅は自分の短くなった髪を摘みながら満面の笑みで自らがこれから従う心優しい主に言うのだ。


「ありがとうございます!舞桜様!」


純粋な笑みを向ける檸檬色は、まるで美しく咲う向日葵のようで。


「…京羅は美しいですね」

舞桜もつられて咲ったのだった。




京羅が産まれて来た理由。

これからきっと、もっと増えるであろう。


でも、今ひとつ、あげるとするならば


京羅はきっと幸せになるために産まれてきたのだ。

熾火に出会い、舞桜と出会えたように。


別ればかりではない人生、騒々しい未来の幕開けはこれからなのだから。


「ね、お父さん、お母さん」

愛してる。

私、まだまだ頑張るからどこかで見ていてね。





END


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