side蓮疾
side蓮疾(れんと)
蓮疾には腹違いの兄弟がいる。
父親は同じ、身体能力がズバ抜けた忍術も一流の、所謂出来る男で、母親はお互い違うだけ、といったものだ。
関係性を名前で表すならば、異母兄弟というやつである。
その異母兄弟が誰だか幼い蓮疾は未だ知らない。でも、空気の読むのが上手い蓮疾にとって、自分の兄弟が誰かはもう既に粗方察しがついていた。
そいつの名前は風疾(ふうと)。
どこか不思議な方言を使って話す少年、太陽のように笑っていて、いつも周囲に人が絶えない。しかし時折、里の人間に飄々とした子供らしからぬ表情も見せる。そんな風変わりな子供が風疾であった。
風疾の人格は基本明るく人懐こかったので、御金にも周囲の人間にも恵まれていた。母親はとうの昔に他界しているらしかった。
風疾には父親の身体能力はあまり遺伝せず、どちらかというと本妻の母に似たのか、忍術の覚えの方がよく、行動に於いても頭の回転が早いやつ、という印象であった。
初めて蓮疾が風疾を目にした時、『嗚呼、此奴がおれの血の繋がりのあってないような兄弟か』と冷めた心で思ったものだ。
蓮疾にとって風疾は、もっとも憎むべき存在であった。
何故ならば、蓮疾は父の不倫相手との間に生まれた子供であったからだ。
蓮疾の母も既に病で他界しており、蓮疾の初めての忍術が成功しようが、褒めてくれる人間は忍びの里では、存在しなかった。
生活は仕事に依頼にと、忙しない父から金だけを受け取って生活していたが、周りを寄せ付けない雰囲気と、何よりも異常とも呼べる身体の丈夫さ、怪我をしてもすぐ治る治癒の早さから化け物と呼ばれていた。こんなところだけは父親に似てしまったらしい。
そんな蓮疾は何をするにおいても無表情だった。父親の遺伝とはいえ、身体能力も化物地味ており、不倫の女との間に出来た子となれば、忍の里の中で忌み嫌われるのも当然であった。
ある日、蓮疾が水いっぱい入った桶を竿掛けて、肩に置いて、家へ水を運んでいた時であった。
「なぁ、ソレ重ないんか?」
「…」
「俺の質問に口開かんの、珍しい子供やっちゃな〜!」
蓮疾は思い切り顰めっ面をした。何だこいつ。風疾ではないか。話しかけないで欲しい人物一位だった。
そんな蓮疾の心情も露知らず。目前の風疾はくるりら、と一つまわって、にししと笑った。
「俺の名前は風疾!おまえさん名前は何ていうん?」
「どうしてあんたに教えないといけねーんだよ」
「俺が知りたいからや!仲ようなるんはお互いの名前知らんと何も始まらんやろ?」
「俺はお前と仲良くなりたくない。じゃぁな」
「ちょい待ちい!」
此の期に及んでまだ何かあるのか。と蓮疾が睨み付けると、風疾は何を思ったのか蓮疾の肩に掛かっていた竿を、風で持ち上げたのだった。
そして目の前の地面を見れば、里の子供が作ったまま放置したのであろう落とし穴があった。どうやら蓮疾はこの男に助けられたらしい。
何気に行方が気になって、後ろを振り向くと、空中に、先ほどまで肩にかけて持っていた水の入った桶と、竿が宙を舞っていた。風疾の忍術だろう。高難易度な術だ。どうやっているのだろう。その異様な光景に蓮疾は思わず瞳を瞬かせた。
「おぉ」
そう思った蓮疾が素直に、思わず感嘆の声を漏らすと、風疾は苦悶に満ちた顔で「よう笑ったな!」と言った。
「おまえさんが鳥曇りみたいな瞳しとったから、つい笑顔見たさにやってもうた。まぁ、落し穴が偶々其処にあったっちゅうんもあるけどなあ」
頭の回る此奴の事だ。里の子供が作ったのかと思った落し穴は、実は風疾が蓮疾を待ち伏せする為の仕業だったのかもしれない。
そう考えた蓮疾は溜息をつきながら水桶を降ろしてもらうように言う。
「苦しいんなら水桶、降ろしてくれよ」
「おまえさんの名前聞くまで降ろさへん!!」
「落し穴つくってまで人を待ち伏せするような奴に教えるか!」
「じゃあ返さへん!もういっぺん、わろてみぃや!」
「なんだ!?それ!!」
二人でギャンギャン騒ぐ。まるで子供の攻防だ。
「「あ」」
時すでに遅し、風疾の術への集中力が切れたのだろう。桶が落ちて地面に水たまりができた。風疾はサァッと青ざめた顔になって「堪忍!」と言って凄い勢いで頭を下げた。蓮疾は何だかソレがすごくいたたまれない気持ちになって、空になった水桶と竿を引っ掴むと、風疾の腕を引っ張った。
「俺の名は蓮疾な。ついてこい。」
「え?え?急に自分どないしたん?え?どこ行くん?」
「水汲み場だ。誰かさんのせいで、水汲み直さなきゃいけなくなったからな。一緒に来い」
「い、一緒に行ってもええんか?」
「…人がいた方が楽できるからな!」
ぷい、とそっぽを向きながら蓮疾が告げれば、風疾はニンマリと笑って「蓮疾は素直じゃない可愛い奴なんやな!」と満面の笑みを見せてきたので、蓮疾は何だか心がどこかくすぐったい気持ちに駆られて「うっせ」と笑ったて誤魔化した。
その後、二人が少しだけ成長したあと、風疾と蓮疾が異母兄弟である事を父親から直に聞き、二人とも知ることになるのだがー…。
何となく父親の事情を知っていた風疾と蓮疾は、特に喧嘩にも騒動にもならず、二人とも既に兄弟のような友人のような関係であったため「何方が兄で弟か」という何ともどうでもよい議題で揉め、父親の方が逆に驚きで目を丸くしたのだとか。
□
そんなこんなで時は流れ、風疾が齢17となり、蓮疾が齢15になった春。二人は忍びの里を離れて都へと訪れていた。
「蓮疾、はよう行くぞ!」そう言って手を招いて急かす兄の風疾に蓮疾は「待てよ!」と声をかけた。
「はようせんと、噂の『ぱれぇど』とやらが始まってまうやろ!」
「おれはそんなん興味ねぇ!」
蓮疾は顔を反らすと唇を拗ねたように尖らせた。そんな蓮疾に苦笑しながら風疾はいつもより少し賑やかな都を指差した。
「いいか、蓮疾!今日あそこへ此の御国のお偉いさんのオヒメサマがお通りになるんや。俺らみたいな下級忍びが、お目にかかれる機会なんて滅多ないんやぞ?」
「そんなん興味ない。それより忍としての依頼をこなそうぜ。ソレに時間を割いた方がよっぽど金になる。」
蓮疾は腕を組んでため息をついた。すると風疾はそんなつまらなそうな様子の蓮疾を見て、「お前はわかっとらんなぁ」と目を細めた。少し頭にきたので蓮疾が言い返そうとしたら、風疾が途端に真面目な表情になったので、蓮疾は咄嗟に口をつぐみ、大人しく風疾の意見に耳を傾けることにした。
「俺らは忍の里から依頼を受けて此の土地へ来た。それは間違うておらん。『都の様子を見て、外の世界を見て勉強して来い』言うたんは里の長や。」
「そうだけどよぉ…。」
「なら、都のぱれぇどとやらの催しを観ていくのも立派な勉強やないと思わへんか⁉︎しかもオヒメサマはえらい美人と聞いとる!なんなら攫ってもええ!」
「風疾は本当にそういうの好きだよな」
興奮する風疾を横目に眺めながら、げんなりしつつ蓮疾は都の往来を見渡せるいちばん高い木の上へ登った。
風疾はニンマリと口角を上げながら蓮疾よりも高い場所へ腰掛けた。
「言うて自分もノリノリやんなぁ?蓮疾?」
「違う。おれも観ないと後で風疾が拗ねるだろうって思ったから、おれは今ここに居るだけで…」
「嗚呼!俺は拗ねてまうなぁ!いやぁ、兄想いのいい弟を持ったわぁ、兄ちゃん、ほんま嬉しいわぁ」
「うっせ、いいから観ようぜ」
軽口を叩き合っていれば『ぱれぇど』とやらが始まる。何でも御国政府のオヒメサマが都の見回りと言う名目で普段行商を行っている往来を役人を引き連れて歩くらしい。
オヒメサマはどうやら美しいと巷では有名らしく、往来を見れば既に献上物を渡そうと手にする民たちで溢れかえっていた。
「へぇ、随分民に慕われてる様子じゃねぇか。富に名声、どんなオヒメサマなんだろうな」
「蓮疾が忍びと金以外の事に興味を持ってくれて、お兄ちゃん嬉しいわぁ」
「兄貴面すんな。風疾、なんだかいつもに増して気色が悪いぜ?」
「あ!蓮疾!来た!出てきよったで!!」
「風疾!背中いきなり叩くな、いてぇ!!」
バンバンと蓮疾の背中を叩きながら興奮したように風疾は鼻息を荒くする。風疾の視線の先に蓮疾が何となしに視線をやれば、そこにはとても美しい薄桃色の衣を身に纏った紫色の髪をした少女が役人に囲まれて馬車から出てくるところであった。
本当に美しい。でも
「...風疾、おれ、あの子を何とかしなきゃ」
オヒメサマの瞳が曇っている。
「蓮疾?急に立ち上ごうて、どないしたん?」
「風疾、おれ、忍の里には帰らない」
「お前さん突然何言うとるん!?理由はあるんか⁉︎」
「うん。やらなきゃいけない事が見つかったからよ」
「なんやねん、そのやらなあかんことって」
「…風疾兄がスゲー昔におれにしてくれたこと」
「はて、そないなことあったけなぁ〜」
「あのオヒメサマの瞳!『鳥曇りみたいな瞳してた』から、風疾が俺を笑顔にしてくれたように、今度はおれがあの子を笑顔にするんだよ!」
そう言い切って、蓮疾は風疾をまっすぐに見つめた。
風疾は暫し無言であったが、蓮疾の本気を見たのだろう。はぁ、とため息をひとつ。帰って来た返答は「やるからには必ずやり、そんで帰りたくなってきたら必ず帰ってきい」と言う簡潔な言葉であった。
「ありがとうな。じゃあ、行ってくる!」
そう言って蓮疾は手を二つほどふると木の下へ兎の如く跳ねて降りて行った。民家の屋根の上を飛躍して跳ぶ姿は、兎か、まるで行くべき場所を見つけた鳥のようにすら見える。飛んで行く背中を見送りながら風疾は『長になんて説明すべきやろか』などと口を尖らせ呑気に考えていた。
「取り敢えず、あの馬鹿弟に幸あれってなぁ、それが蓮疾の幸せなら、ずぅと、わろていてくれや」
鳥曇り眼に戻ったら、また兄ちゃんが笑かしたるさかい。
風疾はそう言うと、自身も木の影に紛れるように林の中へ跳躍したのだった。
END
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