side八千代
Side 八千代(やちよ)
この国の未来は暗いと、神は無慈悲にも僕に告げた。
金色に輝く髪に青空のような瞳、陶器のような真っ白できめ細やかな肌。八千代の見目は麗しいと、この国の誰もが口にする。
「美しい八千代さまは神さまからの賜りものだ」
「麗しい八千代さまがいらっしゃれば、この国の未来は安泰だ」
知るか。そんなもの。
八千代ははしゃぐ何も知らぬ民衆を横目に見て、内心で溜息を吐いた。
八千代は自分の見目が嫌いであった。
理由は簡単。八千代が体内にひとつの神を宿して産まれた異質な人間であるからだ。
そんな八千代は未来が視える神さまと夢を通して話すことが出来る。
聞けば八千代が産まれる直前に「この国の未来を視る」巫女が事故で死んだと言うではないか。
巫女が死ねば「未来が視える神さまと話すことが出来る新たな神さま」を体内に宿す巫女か覡がまたこの世に産まれる。というのはこの国では有名な話だ。
未来を予知出来る人間は先程も述べた通り「異質」である。さすれば見目も周囲とは少しばかり違いが出てくる。
八千代は貧困な一般市民の出であるが、齢3にして親に政府へ売り飛ばされたようなものだ。そんなのだから親の顔なぞ覚えていない。が、確か彼等は黒い髪に黒い瞳をしていてツギハギだらけの衣を身に纏っていた気がする。記憶力の良さに長けているのも神さまを体内に宿しているからであった。のでやっぱり、八千代は異質であり特別であると実感せずにいられない、この見目が嫌いであった。
閑話休題。
多額な値で幼いながらも国政府へ売り飛ばされた八千代であったが、国家政府の待遇はそれは良かった。まるでたいせつな宝物、神を崇めるように、彼等は八千代を大切に扱った。
八千代は何せ「覡(げき)」なのだから。
齢10になった八千代が仕事場の椅子の上へ座れば、一人の中年の男がへこへこと首を垂れ、床に視線を落として八千代へ訊ねる。
「お教えください。八千代さま。次くる年は何が起きますか」
八千代は男を一瞥すると口にする。
「次の年は梅が熟す雨降る中頃に、山の麓にある大きな川が氾濫すると神は仰っている。秋には山の毒蛇から発症した菌が退廃した村の人間へ繁殖し、村から街中へ菌が持ち込まれ、街中で疫病が流行り大きな混乱を招く。災害に注意すべし、今年度、今からでも遅くはない。動物細胞の研究を進め医学を発展させておけば被害は多少に留まる。…と神が申しております。」
「ハッ有難き予知の力、感謝致します」
予知の力なんて、大層な名前である。ぼくは夢の中で、神さまとお話しして、聞いた情報をお偉いさんである君達に伝えただけで、感謝される筋合いはないし、感謝するなら神さまにして欲しいんだけどなぁ。
あぁ、そういえばぼくが神さまみたいなもんだっけ。
一応神さまを体内に宿してるからなぁ。
そんなことをボンヤリ思いながら八千代は与えられた待遇の良い環境の中で仕事をする。
夢の中で神さまと話し、神さまから聞いた未来を人間へ伝える。常日頃、青い空へ祈りを捧げ、平和を祈る。
八千代は人間に、お仕事で嘘をつくと、神さまが怒って話を当分の間、未来の話をしてくれなくなることが、もう分かっていたので、それ以来人間に嘘をついたことはない。
本当に八千代は何の為に生きているのだろうか。伝えるためだけ?ぼくのしたいことは?
否、見つからない。分からない。
仕事が終わり、部屋へ帰る半ば、外の空気がふと吸いたくなって、八千代は縁側に座った。そういえばここ最近は雨が降る時期が長らく続いて晴れた日が少なかったな。そんなことを思いながら雨が滴る紫陽花を眺める。
ぽつりとひとつ呟いた。
「ぼくは何の為に生きているのかな」
「それは貴方の幸せの為です」
ハッと意識を戻せば傍らに、縁側に静かに少女が立っていた。歳は八千代と近いのだろうか。10つくらいに見える。幼いながらも凛と背筋を伸ばしたその姿は八千代にとって、初めてこの世で美しいものだと感じた。
「君は誰だ?」
「私の名は舞桜(マオ)、嘘か誠かを見抜く真偽の妖を右目に宿しています。昨年の冬頃、此方の屋敷へ修行と共に参りました。」
「真偽の妖?そんな話、神さまからも聞いていないけど」
「それは残念です。」
そう言って八千代の隣にさりげに座る彼女、舞桜は不思議な雰囲気を身にまとっていた。
「本当に嘘とか本当とか見抜けるの?」
「実際に見てみますか?」
「やれるものならやってみなよ」
売り言葉に買い言葉。幼いながらも八千代も舞桜も真面目で頑固者で未だ幼い子供であった。
八千代は久々にわくわくした気持ちで人と話した気がした。いつも仕事で媚び諂う大人としか話していなかったからだろう。神さまは人ではないから此処ではカウントしない。
「実はぼく、人参がきらいなんだ」
「嘘ですね。あなたは人参が好き」
「じゃぁ、実はぼくは星が嫌いなんだ」
「嘘ですね。貴方は星がとても好き」
嘘がつけなくなってきた。
「…ぼくは大人が好き」
「嘘か微妙な線ですが、貴方は一部の大人を嫌っています」
「…ぼ、ぼくはこの見目が」
心臓がバクバクと物音を忙しないくらいにたてている。しまった。本当にこの人間は嘘を見極める妖を宿しているのかもしれない。
言ってもいいのだろうか。この人間には本当のことを。意を決して八千代が口を開こうとしたその時だった。
「お腹空きましたね」
ズルッと肩の力が思い切り抜けた。
この舞桜とかいう女は空気が読めないのだろうか。
「難しいことを考えるとお腹が空きます。あなたが自身の見目に引目を感じているのは、分かります。神を祀り、神に仕え、神意を世族の人々へ伝える役割を担っているだけでなく、未来を知ることができる覡という特殊な立場なのですから、心労が見えても仕方ありません。しかし、覡として産まれた自分の見目やすべてを否定したら、自分が人間として産まれてきて存在している理由が分からなくなる。」
「…なんで君がそこまで分かるんだ」
「勘違いでなければ、私も貴方と立場が似ていますから」
八千代は目を見張った。確かに目の前の少女もこの国では滅多ない見目をしている。マゼンダを暗くしたような髪色に薄桃色の瞳、白い肌はか弱そうなほど白く、質の良さげな紫と薄桃色で仕上げられた着物でやけにそう見える。
もしかしてほんとうに彼女もそうなのだろうか。
「私の修行は産まれてから、ずっと一緒の真偽の妖と一緒に、罪人の言葉から嘘や真実を見抜くこと。だから私は私が嫌い。正しい修行の筈なのに、私の発言で罪人といえど、人を殺してしまうから。かといって私が妖に背き、嘘をつくと反動で脳味噌が握り潰されたかのように頭が痛む時間が長く続く。ですが、本当のことを言えば、私の妖の発言で、冤罪を被った罪人も、助かる人も、少なからずいる。だから私は精一杯生きてから、自分の存在を否定したいです。」
「…辛くないのか?」
「それが私の生き方ですから」
舞桜の薄桃色の右目に薄い桜が映って、一瞬泣いているように見えた。
だから咄嗟に八千代は舞桜の右目に手を伸ばしてこう言った。
「ぼくは!自分の見目が、大嫌いだ!だけど、舞桜みたいに強くなりたいから、好きになる努力をするよ」
「はい。ほんとうですね。ありがとうございます」
舞桜が笑う。優しく笑う。罪人の嘘を見抜くなんて残酷な宿命に立ち向かう彼女。
ぼくも舞桜みたいに強い人になりたい。八千代は切実にそう思った。
◇
この国の未来は明るいと、神は慈悲深くにも僕に告げた。
金色に輝く髪に青空のような瞳、陶器のような真っ白できめ細やかな肌。八千代の見目は麗しいと、この国の誰もが口にする。
「美しい八千代さまは神さまからの賜りものだ」
「麗しい八千代さまがいらっしゃれば、この国の未来は安泰だ」
知っている。そんなもの。
ぼくがいれば
この国はこんなにも明るいのだから。
end
それがぼくらの世界 雪乃 空丸 @so_nora9210
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます