プロポーズ
三題噺トレーニング
プロポーズ
小生、終小路聖(ついのこうじ ひじり)、40歳男性、独身の身であります。
趣味はインターネット、漫画、アニメという少々マニアックなものであります。
その小生に、人生最大の危機が訪れてしまいました。
先日、小生の唯一の肉親である母が亡くなりました。
母は小生の手を握り、最後にこう言いました。
「終小路の名前を、あの人の名前を、残して欲しい」
あの人とはつまり母の夫、幼い頃に亡くなった小生の父のことでありました。
終小路は武士の時代から続く名家でしたが、次第にその数を減らし、残る人間は母と小生だけだったのであります。
そして、母が亡くなることで、小生が最後の一人となってしまうのでした。
小生は母のことが大好きでありました。
幼少のころから人と関わることが苦手で、部屋に閉じこもっていた小生を、それでも母は「自慢の息子だ」と言い続け、女手ひとつで小生を育ててくれました。
まぁ、40歳になるまで一度も社会に出たことがない人間になるとは思わなかったかもしれませぬが……。
終小路の名前を残す、ということは、小生が結婚し、子供をもうけなくてはなりませぬ。
しかし小生、恥ずかしながら女人と最後に会話をしたのは中学校の図書委員以来のこと。結婚なるものができようとは思えませんでした。
小生は20年来、Googleを活用しております。
卓越した検索技術から、結婚をせずとも子供を持つ方法を見つけ出したのであります。
孤児を引き取り、里親となる。これしか方法はないと結論いたしました。
里親となるためには様々な研修、書類の提出などがありましたが、そこはそれ、無限の時間がある小生、問題なくこなしてみせました。
なにより小生、家の遺産がたくさんありますので、お金の心配が全くないという点が大きなポイントになったと言えましょう。終小路はやはり名家であったのであります。
一番の課題は、保護施設のスタッフとの面談でありました。
なにせ小生は父親というものがよく分かりませぬ。
しかし、こちらも切れ者な小生の機転により乗り越えてみせました。
つまり、理想の父親を演じればいいわけですから、これは先人の知恵を借りるしかないと考えたのであります。
「それでは、引き取った子供が悪さをした場合、どうしますか」
「……バカな息子を、それでも愛そう」
こんな具合であります。
偶然90巻分無料だった某海賊漫画に「父親」の答えは載っておりました。
その他、嵐を呼ぶ園児や錬金術師の父たちの言葉を借りて、面談を乗り切ったのであります。
そしてついに、一人の男の子を引き取るお話にまでこぎつけました。
里親作戦を開始して、一年程が経とうとしておりました。
***
「……なんで喋り方そんなにキモいの?」
保護施設で出会った少年、怜太くんは十歳。初対面の小生にちょっとばかし攻撃的ではあるものの、素直そうな男の子でありました。
ちなみに小生、中学二年生のころからこの喋り方であります。かっこいい喋り方と自負しております。子供には分かりますまい。
怜太くんは事故でご両親を亡くされたということで、施設に保護されておりました。
小生にとって、怜太くんは理想的な条件でありました。
余りに小さい子供ですとしつけなどができませぬし、女子は子供とはいえ恐ろしいです。かつ、小生とは違い運動も得意ということで、将来女性から好かれそうでありました。
やはり後々の終小路家のことも考えれば、お嫁さんをもらいやすそうな子が良いでしょう。
小生と怜太くんの定期的なコミュニケーションは上手くいっているように思えました。
怜太くんは漫画やアニメもお好きということで、小生の書斎やホームシアターをとても喜んでくれました。
小生、友達と呼べる人もおりませんでしたし、母は漫画などに興味がありませんでしたゆえ、同じ趣味を共有できる人間がいることが、こんなに楽しいことであるとは知りませんでした。
怜太くんも、「聖さん、キモいけど面白いね」と言ってくれました。
しかし、小生は勘違いしておりました。忘れてしまっておりました。
オタクという人種は、人との関わり合いが不得手だからこそ、オタクなのだということを。
図書委員の彼女はあの時、小生にこう言いました。
「あのさ、私はあなたじゃない。他の人がいつも自分と同じ気持ちだなんて思わないで」
***
その日、いつものように怜太くんは我が家でアニメを鑑賞しておりました。
小生はお菓子を出してあげていたのですが、なんと、怜太くんがポテトチップスを食べた手を拭かずにリモコンを触ったのであります。
小生もこれから父親となる身、きちんと注意をせねばと思いました。
しかし怜太くんにも嫌われたくはありませぬ。
こういう困った時には海賊の出番であります。
精一杯の愛嬌を込めつつ、しかし悪いことだとは分かるように、軽く、軽く……。
「この、バカ息子がぁーっ!」
小生はゲンコツをつくり、コツン、と怜太くんの頭を叩いたのであります。
「なんだよもーっ!」
という、小生の予想した反応は返ってきませんでした。
怜太くんはスイッチが切れた機械のように俯いたまま動かなくなってしまいました。
「……あれ」
「……今日、帰る」
怜太くんはそう言って荷物をまとめると、玄関へと足早に向かって行ってしまいました。
帰り道、怜太くんは一言も話しませんでした。
それから1ヶ月、怜太くんとの時間を作ってもらおうと保護施設に連絡をしても、全て断られてしまいました。
明らかに、あの日のことのせいでありました。それくらいは小生にも分かります。
しかし納得はいきませんでした。最初にいけないことをしたのは怜太くんですし、小生も強い力で叩いたわけではありませぬし。
とにかく、直接もう一度、怜太くんと話をしたいと思ったのであります。
「研修で言いましたよね。子供にもそれぞれ過去の体験があって、何がきっかけで関係性が壊れるとも限らない。まして本当の親御さんを失っている子ならなおさら繊細です。子供のことを第一に考えてください」
小生はめたくそに怒られておりました。
小生には他人が考えていることなど分かりませんでした。
怜太くんが何を考えているかなんて、分かりませんでした。
でもそれでは、ダメなのだそうでありました。
図書委員の女の子の言葉が何故か頭をよぎりました。
「他の人がいつも自分と同じ気持ちだなんて思わないで」
ではあの日、怜太くんは何を考えていたのでしょうか。
スタッフの女性の前で頭を机に擦り付けて頼み込むと、小生と会ってもいいか、怜太くんに聞いてくれることになりました。
面会用の小部屋で縮こまっていると、ドアが開き、怜太くんが顔を覗かせました。
怜太くんが向かい側に座りましたが、やはり小生には彼が何を考えているのかは分かりませんでした。
「ごめんなさい、この前、ちょっと怖くなっちゃって」
「いっ、いえ小生こそ突然申し訳ありませんでしたっ!」
「声でっか」
「うぅ、申し訳ない……」
フフ、と怜太くんは笑ってくれました。
「あの、怜太くん、小生、怜太くんといるのが、楽しいと思っておりました。しかし、怜太くんは楽しいのか、それを聞いたことがありませんでした。怜太くんは、小生といて、楽しかったでしょうか」
「うん」
小生、とても嬉しい気持ちになりました。
「でもちょっと、たまに別の人みたいになるのが怖い、かも」
小生、ショックを受けました。苦労して編み出したキャラクタートレースが、まさか怜太くんにとって恐怖だとは思いもしなかったのであります。
「聖さん、キモいときの聖さんは、楽しい」
「小生はこの口調をかっこいいと思ってやっておりますが……」
「うっそだぁ!!」
「このカッコよさはオトナになったら分かるんであります!」
「ぜ〜ったいウソ!他の先生たちそんな喋り方しないもん」
「く、くぬ〜〜!!」
単純な話でありました。
キャラクターの力なんて借りずに、きちんと怜太くんと話をしようとすることが大事なのでありました。
「怜太くん、小生、名前を継いでもらうために、養子を探しておりました。しかし今は名前のことより、怜太くんと暮らしていきたいと思っておりまする」
「恥ずかしいんだけど……」
「小生と、暮らしませぬか。同じ名前になって頂けませぬか」
「なんか、プロポーズみたい」
怜太くんは……失礼、小生の息子は、そう言ってから、いいよ、と微笑んだのであります。
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