12話 魔王、ちびっ子を泣かす

 ◇



「いたい……」


 俺は真っ赤な手形がついた頬を摩る。ヒリヒリする。


「レディに向かって失礼な事言ったんだから罰を受けるのは当たり前よ!むしろその程度で済んだ事を幸運に思いなさい」


 俺の胸くらいまでしか背のない子供の姿で、ソルティがぷりぷり怒っている。

 貴族街に警備兵がいないと言っても、各貴族お抱えの兵士は居るので、さっきから近くの兵士にチラチラ見られている。場所を変えた方が良さそうだ。


「そうかい。ちょっと目立ってるから場所移さないか? このままだとお前の目的も果たせないだろ」


 俺は目線で背後の人影を示す。私兵の何人かが近寄ってきていたのだ。


「……あんたのせいで台無しよ。いいわ、出直しましょう」


 ということで、二人で貴族街を後にする。


 ソルティと共に一度南部地区の裏路地まで戻った。私兵が中部地区まで尾けてきたので、二人で撒いたところだ。


「……なんなのよあんた。私に何の用なの?」

「お前が調べている件について聞かせて欲しい」

「名乗りもしない男には話せないわ」


 ソルティが腕を組んでそっぽを向く。小さい子供が拗ねてるように見える。


「俺はロス。冒険者だ。裏組織のことでちょっと調べてる事があっ…」


 最後まで言おうとして、ソルティの目が見開かれていることに気がつく。


「ロス……?」

「そうだが……?」


 次いで、その目に溢れんばかりの涙が溜まって、今にも声を上げて大泣きしそうな顔に…ちょっ、なんで?!


「ろ、ロスさまぁ〜〜〜っ」


 ちびっ子が俺に飛びついてきた。反射的にその頭を手で押さえて近づけないようにしてしまう。短い手足がブンブンと振り回されるが、俺の方が腕は長いので届かない。


「いっ、一体今までどこにいらしたのですかぁ〜〜っ!! じんばいじだんでずよぉ゛〜〜っ」


 やばい涙だけじゃなくて鼻水とか出てきてる。さっきのセクシーな女性の姿が見る影もないくらい醜態を晒している。


「待て待て声がでかいって」

「お会いじだがっだでずぅ〜〜!!」


 ついにはわーんわーんとさらに大声を上げて泣き出した。

 近くの人たちがなんだなんだと集まってくる。

 さっきから注目を集めすぎじゃないか?!


「おい、あれ……」


「子供を泣かせてるのか? 警備兵呼んだ方が……」


「もう通報した!」


 やっべ。


 市民たちがざわついている声が聞こえた。


 俺は風の速さで泣きじゃくるちびっ子を抱えて壁ジャンプで屋根に登る。そのままつったかたーのスタコラサッサと退散退散…。

 まだ日は高いが、一足先に安宿へ逃げ込むことにした。


「………」

「………さ、三人泊まれる部屋は空いてるか?」

「一泊銅貨六百枚。夕食は別料金で銅貨百五十枚。入浴込みならさらに銅貨百五十枚」

「は、はい」


 俺は小銀貨一枚をぺちっと台に置く。

 宿屋の店主にとても懐疑的な視線を向けられている。何せ俺の頭に齧り付く勢いでしがみついているちびっ子(ギャン泣き)を肩車しているのだ。通報しないでね、誘拐じゃないですから!やましいこととか一切ないですから…!


 怪しまれつつのっそりと出されたお釣りの大銅貨十枚と、部屋の鍵を掴んで階段を上がる。

 さっさと部屋に入って、ソルティを頭から剥がして寝台に投げた。べしゃあとダイブするソルティ。

 どうでもいいが、ベッドは四つ、椅子二脚とテーブル一台。窓は不透明な磨りガラスで、木製の簡素な部屋だ。


「あのな、言っておくが、お前がなんでそんなに泣いているのか、俺にはわからない。わからないが、街中で泣かれると色々やばい。やめてくれ」


 動揺からなのか早口になってしまう。


「ひっぐ……はぃ……ろすさま……」

「そのサマって呼び方もやめてくれないか?!」

「何故ですか!? ロス様はロス様です! 偉大なる魔のくにっ!?」


 とんでもないことをまた大声で口走りそうだったので、速攻でその口を手で塞ぐ。勢いが良かったので、意図せず寝台に押し倒したような姿勢になってしまう。


「ろ、ロス様……大胆すぎます……私、まだ心の準備が……」


「『ショックブレイク』」


「ぎゃあ!?」


 頬を染めながら変なことまで口走りだしたので思わず電撃を流してしまった(スタンガン程度)。


「……とにかく。誰と間違えてるか知らないが人違いです」


 俺は掛け布団でソルティを簀巻きにするとさっさと寝台を降りる。


「え? でも、魔王様で「人違いです」」


「親愛なる我が君「誰のことだかわかりません」」


「………」


「………」


 見つめ合う二人。簀巻きロリと仁王立ちの俺。やばい図である。


「まさか……私のこと、覚えていらっしゃらないのですか……?」

「すまん。記憶がない」


 ソルティがじっと俺の目を見る。本当に記憶がないので俺もじっと見返した。


「……そうですか……記憶が……わかりました。ロス様がそう望まれるのであれば、全て仰せの通りに致しますわ」


 ソルティが一度目を閉じると、いつの間にか拘束していた掛け布団が花弁のように舞い散る。寝台に落ちたところで、再び元の布団に戻った。寝台に立つソルティは幼女の姿ではなく、セクシーな女性の姿をしていた。その登場は幻想的で、とても綺麗な魔法だと思った。


「………はぁ。とにかく、"今"の俺は駆け出し冒険者のロスだ。それ以前のことは記憶にない。お前とも初対面だ。それで? 名前は?」


 ステータスを見ていたので名前を知っていたが、再度尋ねた。

 それを受けて、ソルティが寝台の上から降りて恭しく礼をする。が、すぐに顔を上げて


「私はソルティ。ソルティ・レグスノヴァよ。よろしくね、駆け出し冒険者さん?」


 と妖艶に微笑むのだった。


 閑話休題。


 ソルティ曰く、大人の姿だとその辺の魔導師に魔力の高さを気取られるため、普段は幼女の姿で過ごしているらしい。色々消耗も少ないので燃費が良いのだとか。

 省エネモードというわけだ。


「それで? 酔っ払い捕まえて何を聞いていたんだ?」


 部屋に備え付けられている椅子に座り、尋ねると、ソルティは谷間から地図を取り出してテーブルに広げた。最も、今は幼女の姿なので谷間というか服の隙間からだが。幼女の時はローブ姿だ。肩まわりなんかは大きめサイズだが丈は短い。


「この街にいるって言う組織のことよ。そいつらのアジトが知りたいの。もっと言えば、そいつらが持ってると思われる"お宝"に用があるのよ」

「お宝? 財宝か?」

「いいえ違うわ。人の身には余るものよ」


 ソルティは真剣な表情で俺を見る。


「私は、私の"身体"を探しているの」


 この世界の吸血鬼は、人の生き血を啜り、永遠の命を持つと言われる種族だが、正確には生き血ではなくて魔力(生命力)を吸って生きている。吸血鬼は不老不死というわけではなく、老いが表に出にくいだけで、死はきちんとある。ただ、死後に力の根源を別の器に移し変えることで、生前と同じ人格を持ち続けることができる。それが、吸血鬼族の不老不死の真実である。

 また、魔力を吸っての延命はある意味魔法なので、その根源を分け与えられた者も吸血鬼族と呼ばれるようになる。その中の最古の五人の吸血鬼を"真祖"と呼び、派生した吸血鬼族を"眷属"と呼ぶ。

 ソルティはその五人の真祖のうちの一人、第二真祖である。


「その、根源を移し替えた後の死体の方が、人間の世界に流れてしまったの」


 真祖が使用していた死体は特殊な肉体に変容してしまっているため簡単に破壊できない。その器は膨大な魔力の器として使えてしまうため、それだけでSS級の魔石に匹敵してしまうのだとか。


「魔力を与えないで百年も放置すればその機能も失われるから、真祖の死体はそれぞれ悪用されないように秘密の保管場所に安置するものなの」

「つまりそれが盗まれたってわけね。そんで人間の国に流れたと」

「そう……私の管理ミスだわ」


 ソルティはシュンと項垂れる。幼女の姿だと居た堪れなくなるので手が勝手にその頭を撫でてしまった。ソルティが顔を赤くして身悶える。しまった、ついやってしまった。


「その器を≪アポカリプス≫が持っているってことか?」


 彼女の変態的反応は置いといて、話を進める。


「本当にその組織が持っているかはわからないわ。私は器に残った私の魔力の残滓を辿って昨日この街に来たの。そしたらリッチキングの封印が解かれたっていうじゃない? あの封印を解くためには、高位の魔人の魔力……それこそSS級の魔石がないと解けないはずよ。私の器が使われた可能性は極めて高いわ」


 ソルティは自分の頭に手を置いて、すでにそこにない手の感触を惜しみながらも質問に答える。


「俺は封印が解けた時の様子を映像で観たが、それっぽいのは近くになかったぞ? その場に見えたのはリッチキングが入っていたクリスタルと、封印を解く魔法陣と、リッチの少女とアムゼルって言う冒険者だけで……」


 俺は覚えている限りを伝える。


「リッチの少女……? どんな子なの?」


 ソルティがリッチの少女に反応した。


「あぁいや、なんでもアムゼルの知り合いらしくて。そのリッチはアムゼルが浄化したらしいけどな。その後すぐ意識失って映像も途切れたからよくわかんなかったけど。……そういやその子の遺体が別の場所で見つかったな」

「リッチが浄化されたのなら、遺体は残らないわ。別の場所でというのもおかしい……その遺体、見られないかしら?」


 ソルティが考え込む仕草をする。俺も腕を組んで唸った。


「遺体ならアイテムボックスに収納してるが……勝手に出して良いかな……見せるならアムゼルに一言断ってからにしたいな」


 たとえ調べる為とはいえ、大切な元メンバーの遺体が悪戯に人の目に晒されるのは嫌だろう、と顎を掻く俺。


「そのアムゼルって子は会えるのかしら?」

「夜にここで落ち合う予定だから、待ってたら来るよ」

「そう……ロス様はご存知ないかもしれないけど」

「そこだけの敬称も敬語も要らないから!」

「嫌よ、ロス様のことはロス様と呼ぶわ。呼び捨てた日には他の柱から何を言われるか……私の為と思って許して?」


 どさくさに紛れて大人の姿に戻って擦り寄ってくる。豊満な身体をこれでもかと俺に押し付けてくる。椅子もいつの間に寄せたんだ。


「……わかったから話を続けろ」


 拉致が開かないので様付けは許した。ソルティは腕に絡み付いたまま話を続ける。


「ロス様が施した封印が、リッチ如きに破れるはずがないのよ。たとえ魔力が足りていて、高度な魔法陣が引けたとしても、あの封印が解かれるほどの魔法をリッチが発動できるわけがないわ。その映像でご覧になった少女は、リッチではなくて、アムゼルという子の知り合いの姿を借りた別の存在だと思うわ」


 今ツッコミ所があった気がする。なんだ? 俺が施した封印? 覚えがないぞ。


「リッチキングって魔王が封印したのか? たしか封印されたのって百年は昔だって聞いたが」

「ええ。今から百二十年前にロス様が封じられたわ。消すには惜しい魔力だということで、遺跡の要石として利用するために」

「……魔王って何歳だ?」

「あら、ロス様、ご自身の年齢までお忘れになったのね? 今年で御歳六百五十五歳のはずよ」


 俺は思わず頭を抱えた。

 すんごい歳じゃん俺!十六って、サバ読みすぎでしょう?!

 俺がショックでフリーズしたので、ソルティはいつの間にか幼女の姿になって、胴体にがっしり抱きついて堪能していた……俺を。

 しかも調子に乗って俺の膝に乗ってきて、俯いて呆然としてる俺の顔を覗き込んだり、顔の造形を触ったり髪を軽く引っ張ったりして遊んでいる。

 なんだ? 姿だけでなく中身まで幼児返りか? そんな子供の姿でうっとりとした顔を向けられてもな……。


「……ロス、その子は誰だい?」


 放心状態だったので好きにさせていたところで、間の悪いことに、アムゼルが帰ってきてしまった。

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