13話 お前が聖剣を手にすれば、俺たちは対等になる

「っ?! あ、アムゼル、お帰り」


「うん? ただいま。もしかして僕、お邪魔だった?」

「違うわ! 何を勘違いしてるんだ何を!!」


 俺はソルティを再びベッドにぶん投げアムゼルを迎える。するとアムゼルの後ろにも、見知らぬ少女が立っていた。


「お前こそ、その子は誰だ? 協力者か?」


 二人の雰囲気から浮ついた話ではない気がしたので、ちゃんと本題の方で聞いてみた。


「うん。ギルドが派遣してくれた冒険者で、メルさん。若いのにBランクなんだよ」

「はじめまして! メルと申します。あなたがロスさんですか?」

「ああ。ロスだ。よろしくな」


 俺はにっこり笑って答えて彼女のステータスをチェックする。


 ―――

 メルヴェイユ・フェレス・ヴァルカン

 年齢:15

 ジョブ:冒険者(B) Lv41

 HP2508/2508

 MP3240/3240

 スキル:風59 土45 精霊魔法64 弓60

 探知68 魔力探知65 回避65 諜報60

 罠34 地図作成40 鑑定53

 アイテムボックス15

 称号:≪情報屋≫≪勇者候補≫

 備考:ヴァルカン王国王位継承権第五位・第三王女

 ―――


 ……俺は固まった笑顔をアムゼルに向ける。

 アムゼルは笑顔で首を振った。

 ステータスについては何も言うなと…おけおけ。


 また濃いのが来たなぁ…勇者候補、やっぱ複数いるのね…。


「まあなんだ、座るか? ちなみにあいつはソルティ。さっき知り合ったんだが、俺たちと同じものを追ってるみたいだ」


 そういえばメルは「鑑定」持ちじゃないか。ソルティのステータスを見られたらやばいぞ。


 ―――

 ソルティ・レグスノヴァ

 年齢:8

 ジョブ:魔導師 Lv20

 HP1756/1756

 MP2698/2698

 スキル:火57 爆50 風15 土12 時空15

 封術12 魔力探知24 幻13 魔眼

 称号:

 ―――


 と思ったが、幼女の姿はステータスごと偽れるらしい。便利だが「改竄」スキル以外にも、偽る方法はいくつかありそうだな。


 俺がベッドで悶えていた変態を指差すと、アムゼルが一瞬息を呑んだのがわかった。アムゼルのスキルの場合、見たい方を見るといったコントロールは出来なさそうだし、おそらく素のステータスの方を見せられているんだろうな……。


「……そっか。じゃあ夕食がてら情報を共有しようか」


 アムゼルが笑顔で提案するので、俺たちは皆それに乗った。


 宿屋の一階にある食堂で夕食を取る。ワイルドボアのワイン煮込みやワーラビットのシチュー、オーク肉のステーキなど、肉メインの料理ばかりだ。味はまあまあ。


「そういやソルティ、一人でこの街に来たのか?」


 メルはともかく、アムゼルは笑顔ながらも緊張しているように見えるので、俺が適当に話題を振ることにする。

 ソルティは、見た目は幼女だけどお育ちの良さがわかってしまうような、上品な所作で食事を進めている。

 吸血鬼だが、食事が摂れないわけではないらしい。魔力の方が良いというだけで。


「そうね。一人で来たわ」

「街へはどうやって入ったんですか? グレイブは入場審査が厳しいので、カードを持ってない一般市民となると、子供でもきちんと調べられると思うのですが」


 とメル。ソルティはきょとんとして首を傾げる。


「北門で、お父さんお母さんに黙ってこっそり街の外に抜け出してきちゃったのって言ったら通れたわよ?」


 メルとアムゼルが唖然とする。見え透いた嘘を門兵が見逃したことになる。相手が子供なので大した問題にならないとされたのだろうか。ソルティのことだし何かの魔法を使った可能性もあるのだが、ソルティの様子からして本当にそのままの意味っぽい。


「そういえば、北門は他にも私みたいにカードを持ってない大人がいたけど、顔パスで通ってる人たちが居たわね」

「なんですって?!」


 ソルティの言葉に、メルが駆け出してしまった。


「貴族用の門の方……って、もう聞いてないわね」


 ソルティが口元を布巾で拭いながら肩を竦めた。


「貴族なら、領主の紹介状が有れば入れるけど、その人たちは貴族だったのかな?」

「どうかしら? 紹介状が有ったとしても、その時その人たちは何も見せていないように見えたけど。その人たちも門兵もしきりに辺りを見回していたし。私は小さいし隠れられたから見つからなかったのだけど」


 アムゼルの問いに答えたソルティは、食事に満足したのか俺の膝の上に乗ってきた。俺も食事は済んでいたので好きにさせる。

 その行動にアムゼルがヒクッと頬を痙攣らせる。なんだ? 何かあったのか?


「ひとまず部屋に戻るか。ここで続ける話でもない」

「……そうだね」


 いちいち退かすのも面倒なのでソルティを小脇に抱えて部屋に戻る。ソルティは嬉しそう…うん、嬉しそうってことにしよう。ニヤケすぎてて顔がやばい。

 部屋に戻って、三度ソルティをベッドに投げ捨てる。


「……会ったばかりなのに随分と仲が良いんだね? まさかロスが子供好きとは」


 うんうんと笑顔で頷いて見えるが、顎に当てる手は若干震えている。

 俺はそれで合点がいった。


「ああ……そっか。いきなり本物の魔人が現れたら普通怖がるよな」

「っ、あはは……ステータス見ちゃったのもあるけど、彼女の雰囲気が底知れなくて……ごめんね、ソルティちゃん」


 アムゼルはソルティに向かって謝る。


「気にしなくて良いのよ」


 ソルティは、幼い顔つきながらも妖艶な笑みを浮かべ、次の瞬間には大人の女性の姿に戻った。


「ッ!!!」


 アムゼルが身体を硬直させて後退る。確かにこの姿の時のソルティは、高すぎる魔力の気配が漏れている。普通の人間であれば、底冷えするような恐ろしさを感じるらしい。

 昼間のオジサンたちが恐れなかったのは、ソルティが魔力の気配を操れるので、自分を魅せるための気配に変えていたためだ。チャームという相手を魅了する魔法なのだとか。


 今は素の気配を垂れ流している。

 俺は、そっと部屋を囲うようにバリアを張っておいた。魔導師なら桁違いの魔力の気配に気づいてしまうからだ。

 あと、盗聴防止の効果もある。


「改めて、私はソルティ。ソルティ・レグスノヴァよ。偉大なる魔王様の十二柱が一柱。吸血鬼族第二真祖、≪爆炎の吸血鬼≫とは私のことよ。よろしくね? 坊や」


 言いながらウィンクをかますソルティ。アムゼルはゾワーッと目に見えて鳥肌が立っていた。


 めっちゃ怖がられてるじゃん……がんばれソルティ。


「あーその、ソルティ。アムゼルもその一柱です」


 俺が視線を明後日の方向に向けながら伝えると、ソルティが驚愕の表情を浮かべてアムゼルを見る。アムゼルに駆け寄ってその顔を両手で掴んで目を覗き込んだ。ソルティは大人の姿だとアムゼルと同じくらいの背丈だ。つまり俺より背が高い。


 ソルティは魔眼というものを持っているので、相手の目を見るとステータスが見えるらしい。

 俺みたいなスキルで見るのとは違って、魔眼は発動しっぱなしなので、目を見てる限り見え続けるらしい。相手の瞳の中に文字が見えるのだとか。疲れそうだなぁ〜とぼんやり二人の様子を眺める。


 アムゼルは固まりきっているのでソルティの独壇場だ。


「……なんてこと。確かに十二柱と言っても、いくつか空席はありましたが……この者は勇者ではありませんか! ロス様、今すぐ解約なさってください! 危険すぎます」

「勇者"候補"な。魔王の手先になってもその資格が剥奪されなかったのには俺も驚いてるが、別にいいんじゃないか?」

「どこがですか!! 何がですか! よくありません! しかもこの者はロス様のパーティメンバーなのですよね?! 自分を倒せる可能性のある者を側に置き続けるだなんて……正気の沙汰ではありませんよ!」


「敬語、やめろって言ったよな?」


 俺は笑顔でそれだけ言う。ソルティがハッとしてアムゼルから離れ、片膝を突いて俺に礼を取る。


「畏るなって言ったんだが、伝わらなかったか?」


 俺は冷めた目をソルティに向ける。

 ソルティは慌てて立ち上がり、幼女の姿に戻って俺に抱きついてきた。あれ? 抱きつく意味ある?


「心配してるの……! 魔界からロス様がいなくなられたとき、魔の国は大混乱に陥ったんだから……!」


 ホールドしながらぐりぐりと俺の腹にヘッドスクリューをかましてくる。


 はぁ、とため息を漏らしながら、ソルティの頭をぽんぽんと撫でた。やれやれ、この姿はずるいな。


 子供の姿に戻ったので、アムゼルが動けるようになったらしく、俺の方に近づいてくる。


「ロス、魔王を倒せる可能性って? 僕はまだ聖剣も手にしていないけど……」

「聖剣がないと完全には倒せないかも知れないが、俺がお前を蘇らせたときに、お前はこの世界で唯一魔王に対抗できるやつになったんだよ」

「え……?」


 アムゼルは気付いてないようなので説明しよう。


「魔族は総じて闇属性を持っているんだが、それは魔界が瘴気に満ちているからなんだ。瘴気に耐えるために得たのが闇属性な。これがないから、人間は魔界で生きられないんだ。なんでだかは知らないが、魔界生まれでないと闇属性は得られないからな。聖剣があれば多少は瘴気から守られるが、魔王城の辺りでは流石に影響が出る。それほど濃い瘴気の中にあるんだ。でもお前は俺の手先になったので、俺から闇属性を分け与えられて瘴気にも耐性が付いたってわけだ」


「瘴気……初めて聞いたよ。魔界が瘴気に満ちているだなんて」


「まあ瘴気は人間が一度浴びると一刻も保たずに死に至らしめるから。伝わってないのも無理はない。加えて闇属性は光属性が弱点で、魔族はなんでだか知らないが光属性を得られないので、どっちも持ってるお前はある意味チート状態というわけだ。魔界で自由に動ける上に魔族への有効手段を持っているんだから」


 ただ、と俺はアムゼルの心臓を指差す。


「十二柱の命は、魔王が握っている。俺が殺そうと思えば指先一つで十二柱の命を奪えてしまう。つまり、俺からすれば殺られる前に殺ってしまえばいいのさ」


 アムゼルの喉がごくりと鳴った。


「ま、やらないけどな」


 俺は手をぱっと広げてヘラヘラと笑う。

 隙を突けばアムゼルはロスを殺せる。隙を突けなければ、ロスはアムゼルを殺せる。聖剣があれば、の話だ。


「今は対等じゃないが、お前が聖剣を手にすれば、俺たちは対等になる。それはそれで面白いだろ? 魔王と対等になれる奴なんてそう居ないぞ」

「そんなの……その前に殺してしまおうとは思わないの……?」


 アムゼルが絞り出すように問う。


「それこそ、そんなのつまらないだろ」


 俺はニカッと笑って見せた。

 放っときゃ良いのに、お前を蘇らせたのは俺だろ、と。


 そう、俺の望みは俺が生き延びることじゃない。

 魔王が消えて本当に世界に平和が訪れると言うのではあれば、この命を捧げるのも悪くはない。


 だが、現実はどうだろうか?


 世界は瘴気によって、二分されている。

 人族と魔族は互いを侵略していない。


 つまり、現状がすでに平和なのだ。


 今更命を捧げても意味がないのである。

 それなら、平和を楽しんだって良いじゃないか。


「今の俺は、何で俺が記憶を失ったのか、それが知りたいだけなんだよ。ついでに、人間の世界を観光しようかなって」


 そう言って笑った行楽気分の俺に、アムゼルもようやく警戒を解いて、頷くのだった。

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